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2006年3月 5日 (日)

継母継子モノとしてのエウレカと普通の恋

ニルギリスの「sakura」を4クール目、
最終クールの主題歌に据えたエウレカセブン。
なるほど、
ちょうど東京で桜が咲くころに最終回を迎えることが織り込み済みですね。

さて、今朝の「交響詩篇エウレカセブン」ですが、僕がずっと気になっていた

エウレカを"ママ"とまで慕っている三人の戦災孤児の親を殺したのが、他ならぬエウレカ自身であるということを、よもやスルーしたまま最終回を迎えはしないだろうな?——という危惧にちゃんと答える回になりました。

というか、三人の子のひとり・モーリス、やっぱり気づいてたんだよね。

「忘れてないよね。ママは本当のママを殺したくせに。取りあげたくせに。ぼくたちにはママしかいないのに、一人で逃げださないでよ。勝手にぼくじゃないヤツを好きにならないでよ」

継母継子、あるいは母親再婚モノの
基本と言いますか王道と言いますか、ちゃんと突いてますよねぇ

とにかく

「戻せよ、全部もとに戻してよ」

と「ママとオトコ」にライフルを向けてつぶやくモーリスの言葉は、
直球で本質に届いていて
それしか真の解決はないけど、絶対不可能ということもわかっている
そういう種類の叫びなんですね。

モーリスのキャラ造形はガンダムのカツ・コバヤシのパクリじゃないか? という心の声に負けちゃダメですよ(笑) その手の心の声にうなずき過ぎると、なんでも過去の名作に収斂してしまって、純粋に新しく出会う作品を楽しめなくなっちゃいますから。

と書いていたら、アタマの中で連想回路が起動し、
菊地成孔 Feat. 岩澤瞳の名曲「普通の恋」が鳴りだしました。


♪ 11歳でドストエフスキー
♪ 15歳でエヴァンゲリオン 
♪ 最悪のコースに溺れていたの

♪ 半端に高いIQがいつでもいつでも邪魔になって
♪ 革命ばかりを夢見るけれども何もできない
♪ 悶々として暮らすうちに いつのまにか憶えたことは
♪ 自分の手首をちょっと切ること


……あ、一部だけ抜きだすと、こんな酷い歌詞ですけど、
8分44秒という長めの曲のなかに
ちゃんと物語があって

「人類が決してやめようとしない
 そこらにころがる普通の恋」

に帰着する救済があります。

B面(って言わないよもう。CDだからカップリング)の曲「フロイドと夜桜」も
すごくヘンだけどヨイ曲で、オススメの一枚です、コレ。

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