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2006年5月31日 (水)

VIP系ブログ連合炎上の「しっくりこない感じ」

ネットのセカイは広大だわ
というわけで、
巨大掲示板の面白スレを見つけるためだけに、肉眼で何十分もかけてスレッドタイトルをチェックしまくるのは時間のムダのような気がしてきます。そこで「ニャー速」「ワラタ2ッキ」などの2ちゃんねる面白スレ紹介(というか転載)ブログは便利な存在でした。

ところが、この転載ブログと、転載元の2ちゃんねるVIP板住人(VIPPER)とのあいだでネット上の全面戦争が勃発し、5月末の1週間で戦火は拡大、5/31の時点でほとんどの大手転載ブログは消滅しています。

用語と詳しい経過についてはこちらのWikiなど参考にしてください
VIP板とは→■こちらをクリック
VIPPER vs ブログ連合まとめ→■こちらをクリック


2ちゃんねる(VIP)転載系ブログに対しては、板の雰囲気すら読めない新参者の大量流入を招いたことや、アフィリエイト(そのブログからAmazonなどへの購入誘導クリックでお金が入る仕組み)で稼ぐために使われているという理由で、かねてからVIPPERの不信感が蓄積されていたようです。

その悪感情が最終的に爆発したのが、
「アフィリエイト金儲けの為に、ハルヒブーム(皆で『ハレ晴れユカイ』を買ってオリコン1位に!祭り)は作り上げられたのではないか?」という疑惑です。

また、強制クッキー(これを仕込むことで、ブログを見ただけで、その後のAmazon購入がブログ主のアフィリエイト収入につながる。もちろん規約違反)疑惑も浮上し、紛糾の末、ついにVIP板にこのようなローカルルールが設定されました。

 お金儲け目的、アフィサイトへの転載は禁止だお
 違反サイトはVIPPERみんなで遊びにいきます

うーむ……

「たとえ世の中の常識やルールからは外れていたとしても、とにかくおバカなことを考えて実行し、いかにしてVIPPERたちの共感と熱狂を得られるか」ということに価値を見いだし、面白さのみを正義としてきたVIP板住人。

それがアフィリエイト利益脱税疑惑などの「法を盾にした正義」で転載ブログを叩くという今回の祭りは、なんか「しっくりこない」のです。

もちろん、人間の感情として、面白さを追求した自分たちの書込みの集大成を、勝手にコピペして「個人の」稼ぎに利用している、というのが腹立たしいのはよく分かります。だから、大手転載サイトが一切のアフィリエイトを外すという決着だったら、後味の悪さはなかったのですが、さすがにそれで収まりがつく状況ではなかったというのが現実でしょうか。

なんとなく、
あの「日本のアニメキャラ造形を引用した作品で(←ここ重要)世界に認められた」現代美術家の村上隆が、DOB君のキャラクターを無断使用されて著作権侵害を受けたと子供服メーカーを訴えたときの脱力感と同じものを覚えるんですよ、僕は。

記事引用しておきましょう

現代美術家でルイ・ヴィトンのデザインなどで知られる村上隆さん(44)が、自らのデザインと類似したキャラクターを勝手に使用され著作権を侵害されたとして、大手子供服メーカーの「ナルミヤ・インターナショナル」(東京都港区)に損害賠償などを求めた訴訟は24日、東京地裁で和解が成立した。ナルミヤ側が遺憾の意を表し、数千万円の和解金を支払う。
 村上さんは92年、ネズミをモデルにした「DOB(ドブ)君」を発表し、のちに代表的なキャラクターとなったが、04年7月、ナルミヤ側のキャラクター「マウスくん」4種類が似ているとして、使用差し止めや賠償を求めて提訴。東京地裁は4種のうち現在使われている1種類を除いて類似性を認め、和解を勧告した。(毎日新聞2006.4.25)

で、そのキャラはこちら。上が村上隆のDOB君、下がナルミヤのマウスくん
Dob

このDOB君に、ミッキーマウスやドラえもんからの引用を感じられない人はいないと思います。しかしそれを僕はツッコミどころにはしません。

ウォーホルのキャンベルスープの缶やマリリン・モンローを引き合いに出すまでもなく、もはや既成の作品の引用や模倣なしには何も作れない、っていうのがポップアートの到達した「悟り」であるような気がするんですが、どうなんでしょう? そうして作り出した自分の作品さえ、どんどん他者によってリミックスされていくことこそ、ポップアートの真髄でしょう。

なぜ村上隆は、
マウスくんに対して気のきいたジョークのひとつも返せなかったのか

ポップアートの死とはいかなるものか見せつけられた気分です。
まったく惜しい人を亡くしてしまいました。

村上隆にしてもVIPPER対ブログ連合祭りにしても

 踊っているのでないなら
 踊らされているのだろうさ
(これ、神林長平『狐と踊れ』のエピグラフですね)

——って感じに、自分が食いものにされていても
そのことすら「OKと把握」しながら
踊りそのものを楽しんでいくスタイルが
一番しっくりくる気がするんですけど。

……うん、まぁ、
飼われていることをよしとするのは
生き方としてロックではない。
しかしポップだ。

いいじゃないですかポップで。

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2006年5月30日 (火)

次の発車と今度の発車はどちらが先?

次の発車と今度の発車はどちらが先?
……というタイトルなのに話題としては投げっぱなしです。表示を「先発/次発」に改めれば済む話なわけで、実際にしようとしてるのはすごく個人的な起床時の話です。スイマセン。

今朝目覚めのきわで見た夢に「前の」恋人が出てきて

……なんて書くと「今の」恋人がいるみたいな感じだけど、
実際そうじゃないし

こんなどうでもいいささいな言葉のニュアンスに気づくと
ふと、文章の「言外」とか「行間」の効能ってものについて
妙に真剣に考えだしてしまったりするのです。

答えなんて出ないんですけどね(苦笑)

忘れないうちにメモった夢の内容はこんな感じです。

つげ義春の漫画に出てくる目医者ばっかりの街みたいに
どこもかしこも、店という店がすべてパスタ屋の街で
恋人とお昼を食べる店を探してるんだけど、どこも満員。
ぜんぜん店に入れないんだけど、なんか気分が楽しく浮き立っていて
その人ともう年単位になる過去に別れていることは
目覚めるまで、すっぽり記憶から抜け落ちたままで……

こんな象徴に満ちた夢をみてしまうと
学生時代フロイドに傾倒していた僕は
すぐさま次のような分析をしてしまいます。

 全部同じ店、そのうえ入れない
  
 選択しようがない or 自分では決定済みの状況だが、
 その選択肢ではうまくいかない。

 別れた恋人だけどその認識がない
  
 姿を借りてるだけで無意識が別人の役を割り振っている

これはまるで新しい恋に落ちたばかりの人間の無意識だなぁ
と思うのですが、現実にそんな気配はまったくなくて (ノ∀`)

ああ、今日は所沢に講義に行く前に練馬の税務署に寄って
江古田文学の青色申告してこなくちゃなぁ……
で、授業が終わったら互助会の会議のために江古田に戻らなくっちゃなぁ、と
相変わらず仕事に追われている日々だったりします(´・ω・`)ショボーン

ぐあー 小説書く時間が欲しい。
先週遅ればせながら、小川一水『老ヴォールの惑星』を読んで強い感銘を受け
やべー、自分もこういう小説が書きてぇー、と
ものすごく創作欲が高まってるところなのです (`・ω・´) シャキーン

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2006年5月28日 (日)

うおっ!GUN道まぶしっ!

昨日5/27(土)、日芸では新入生歓迎行事(通称「春祭」於・所沢校舎)が行われていたはずですが、あいにくの雨でかなりハードな一日になったのではないでしょうか?——と、どこまでも推量で言ってるのは、江古田での仕事組だったからです。見に行けなくて残念。

ただ、春祭で配布される雑誌「文芸人」を前日にいただいていたので、自分が取材受けた記事などはちゃんと見ています。編集お疲れさまでした。

取材は授業直後だったので、顔写真は、その日みせた「ブレードランナー」のレーザーディスクと一緒に写ってます(下に一部転載)。

Misashiaokikc_1

「ブレードランナー」のジャケットどころか、別のもの(笑)も写っていますが、それは、今日、まったりとした日曜の朝っぱらから、GyaOで毎週土曜に新しい回がアップされる「MUSASHI -GUN道-」をチェックしてしまったからです。

すっかりアテられて、僕も「うおっ!まぶしっ!」ビームを撃ってしまいました(汗)

MUSASHI -GUN道-

それは2丁拳銃で闘うミヤモトムサシの活躍を描く、モンキー・パンチ構想12年のスーパーアクション時代劇。

あまりにも崩壊した低レベルの作画が、逆にネタとして高度な「クオリティ」を発揮している「MUSASHI -GUN道-」ですが、なんとなくこのメチャクチャさは、モンキー・パンチの漫画の雰囲気に忠実なのでは? とさえ感じ始めました。

ぼくらが「モンキー・パンチ原作」と思っている「ルパン三世」にしても、もはやキャラクターのみを使ったオリジナルに進化し、いまや宮崎駿が制作した「カリオストロの城」が基準になってしまった感さえあります。そこで原作回帰しようという実験的試みが……なんてマジメに語ろうと思ったけど、作中で「なんてムダのない動きだ」と言われている動きを実際に絵で見せられると、やはり、

笑い殺す気か!

とツッコミを入れずにはいられません。

しかし、斜め下を行っていますが話題作であることは確かです。

mixiの「MUSASHI -GUN道-」コミュの、メンバー一覧アイコンも凄いことになっていますね。みんなビーム吹いてるし(笑)

いやはや

ひとつ前のエントリで話題にした「ハルヒダンス」に
ムリヤリ「MUSASHI -GUN道-」の絵をはめこんだ
クオリティの高いFLASHまで作られる始末。
どこの職人さんかは存じませんが、いい仕事してます。

■ここをクリック(FLASH形式 約5.4MB)

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

え〜 日曜日っぽくグダクダとお送りしています
「世界はゴミ箱の中に」ですが、
たまには視聴者?サービスも、というわけで

「PC起動するたびにここ覗いてます」という、
ウホッ! うれしいこと言ってくれるじゃないの!……なMさん、

お誕生日おめでとうございます。

何歳になったかは聞きません(笑)

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2006年5月26日 (金)

ブレードランナーへの片想い

今日の文芸特殊講義IXは、先週から引き続き
『ブレードランナー』(1982年)を上映しつつ
本物そっくりなものが生む不安についての講義です。

いちおう初期公開版を見せておきたかったので
なつかしのレーザーディスクで、今日はちょうど裏返すところから。
映画配給会社の要求で、とってつけたようなラストシーンがある版です。

ディレクターズカット版では削除されたそのラストによって
「本当はデッカードもレプリカントなんじゃないか?」
という邪推を、受けつけやすくなっているのか、それとも逆なのか

もはや繰り返し見過ぎた僕には判断がつきません。

ただ、なぜレプリカントのロイが
敵であるデッカードを落下死から助けたのか?
それについてのデッカードの独白は、
カットされて正解でしょう。

「命が大切に思ったのだろう
 それが他人のものであれ」

そういうことじゃないな、と思うわけです、僕は。

講義でも話しましたが、

あそこにあるのは「片想い」の構造ですね。

デッカードは、社会を「見分けのつかないニセモノ」から守るために
レプリカントを「処分」します。
けっして「殺害」するわけではないのです。

レプリカントのロイは、仲間を殺された復讐として
圧倒的優位のうちにデッカードを殺さず、
指を折ったあと再び拳銃をその手に握らせ
ゲームのようにデッカードを泳がせます。

それは、デッカード(=人間)に
やるなら「人間を殺す」つもりで自分を殺してほしい
というロイ(=レプリカント)の願いではないでしょうか?
その自覚がデッカードのなかに芽生えるまでいたぶり続け

「恐怖の中で生きるのはどんな気分だ?」

と挑発的に問うロイ。
たぶんその言外にこめられているのは
人間もレプリカントもそれは同じだというメッセージでしょう。

ここで僕は気づくわけです。

ああ、これはまるで片想いだ、と。

相手を唯一のものとして強く恋い慕っていても
相手にとって自分はその他大勢の一人にすぎない。
文字通り、まったく相手にされていない。
二人が違う層の現実に立っているのが片想いというものです。
そこで、相手に振り向いてほしい、同じ層の現実に立脚してほしい
——と渇望すること。

まさしくこういう構造だと思うのです、
ラストの死闘に恋愛という要素はみじんも入っていませんけど。

余談ですが、
『ブレードランナー』の遠縁にあたる(かな?)『攻殻機動隊』が
バトーという孤独な男の片想いに終始するのも
もしかしたら無意識的オマージュなのかもしれませんね。

さて、

上映を終えて教室を明るくした時に
昨年度この授業をとっていたH川君とS藤君が
いつのまにか大教室の一番後ろに座っているのに気づきました。
( (・∀・)イイ!作品を出してくれたので二人ともA以上のS評価をつけたはず)

そして講義中
二人同時になんか小さく身振り手振りをしてるので、
(゚Д゚≡゚Д゚)エッナニナニ?と注視してみたら

( ・ω・)おまいら……

ハルヒダンスかよっ!
(♪BGM:「
ハレ晴レユカイ」

それはもしや、

 フィリップ・K・ディック
    
 現実崩壊不安

  ↓
 涼宮ハルヒの憂鬱

というアクロバティックな講義展開に持ち込んでください、という

ミステリックサインか(笑)

            ,ィュ-‐-、_
         /: : : : : : : : : :`ヽ
         /: : : : : : : : : : : : : : :ヽ
       イ : : : : ,ィ ./リ| ト、: : : : : ゝ
        !: :/: :,AZ__ |/' >r.、: :N
        !'ヽ: :! —-   ニ| .! .!ノ
         _人_l、u.   i .(ヾ| .! iヽ
    _,..-'´/:::::| ヽ 〜 ,.ネ、   ト、       
  r'´:::::::::::::く:::::::|  ノ` =く. .|::ヤ   .|:::`゙ー、
 /:!::::::::::::::::::/::::::.レ'^YニY/レ!:::ヽz='=i::::::::ヽ
/::::::!::::::::::::::::ヽ:::::::|  .〉-〈 /::::::〈:::::::::::::|:::::::::::!

……そこ、笑うところだぞ((C)キョン)

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2006年5月19日 (金)

清原はどんなふうにフェラーリから降りるのか?

その瞬間、僕の頭に二人の男の名が浮かびました。

F1レーサー(だった)カール・ヴェンドリンガー
プロ野球・西武の選手(だった)清原和博

二人の共通点はというと、背が高い。

余計なお世話だとは思いますが、
清原なんて188センチもあるのに
フェラーリみたいに屋根が低いクルマを愛車にして
さぞかし大変だろう、と心配になるわけです。

きっと清原が愛車から降りるときは、レーサーのヴェンドリンガーが予選を終え、ぺったらこい(注:北海道弁で平べったいの意味)F1マシンのコクピットから「にゅーっ」と擬音がつきそうな動きで立ち上がるように、

「その身体、どんなふうに降り畳まれてたんだよっ!」

とツッコミたくなるような動きをみせるに違いありません。


……あ、二人の男を連想した「その瞬間」が、
  どんな瞬間か言ってなかったですね。

すごく真剣なまなざしでMacに向かってバリバリと誌面制作していたなじみの女の子が、作業を終えて、席から立ち上がったその瞬間なんです。

頭の上昇率がいつもと違うような錯覚を覚えたのですが、それは錯覚じゃありませんでした。僕より身長が低いはずなのに上にある目線に驚いて、思わずそこから足元まで、ほぼ垂直落としの視線でスキャンしていました。

謎の理由は視点移動の終点にたやすく発見されるのですが、いつもと違う8センチのヒールひとつで、これほど鮮烈な印象を与えられる女性はいいな、と、ちょっと悔しい思いすら抱いてしまいます。その動きには、けっして「にゅーっ」なんて擬音はつかないわけですよ。

8cmのヒールといえば、
音楽嗜好の基本が80年代に出来上がっている自分にとって
ヤプーズの「ロリータ108号」が自動再生されるキーワードですね。
ブレーキを引きずったままアクセル全開という、
戸川純の危ういストイシズム。

そういうところまでを一瞬に凝縮させる女性の所作に対し、安直に礼賛して思考停止しないためには、清原がフェラーリから降りるさまを瞬時に連想してカバーするような、男性としての「自己批判・自己嫌悪・自己韜晦」能力を最高出力で発揮するしかないのです。

なんかやっぱり男って間抜けだなぁ、と思いますね。
自分を筆頭にして。

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