2008年1月23日 (水)

「放課後保健室」完結→名作棚直行

Hohoke10 雪が舞う東京の空の下、
ついに最終10巻が出た

水城せとな
放課後保健室


を買ってきました。

「セックス(身体的性別)とジェンダー(文化的・役割的性別)」を扱った漫画として、この「放課後保健室(略称・ホーホケ)」と、よしながふみ「大奥」が、いま現在書き続けられている漫画の双璧だったんですが、そのひとつがついに完結。

——その学校では、「卒業」するために、誰もがいつか、保健室での特別授業に誘われる。そこで眠りに落ちた生徒は、夢のフィールドで、自分自身が抱えた問題を映した姿になって、相手を傷つける血みどろの戦いに手を染めることになる。なぜなら「卒業」するための「鍵」は、倒した相手の体の中から出てくるものだからだ。主人公の真白は上半身男で下半身女の特異な身体をもちながら、ずっと男として生き、これからも男でありたいと思っていた。しかし、保健室の授業で与えられる姿は、女子の制服を着た自分自身だった——

こんな幕開けから「放課後保健室」は、
それぞれの弱みを抱えた生徒たちがからみあい、
それぞれの内面をかき乱しあいます。

この作品の良さは、
主人公の真白がすごくタチの悪い人間だということ抜きには
語れないような気がします。

普通の人には真白が優しげな人に見えるんですが、真白に好意を抱いていたり、力になりたいと考えている人に対して、真白がナチュラルに気遣いだと思って返す行為や言動が、ことごとく相手を傷つけたり振り回したりする最悪のチョイスになっているというところが、読んでいて心に刺さりまくるんですよ。

もちろん、さまざまな謎をちりばめた作品世界も大きな魅力なのですが、いまそれについて語ると、ものすごいネタバレになってしまうので控えます。

しかし、ちゃんと1巻の1ページ目の意味が最終巻で解るようになろうとは!
隠すことで謎にするのではなく、
すべては最初から示されていたんですね。
読者の自分が気づかなかっただけ……
まるで、現実に生きるなかで何度も遭遇する
「何でこんな簡単なことに気づかなかったんだろう」
という驚きに似た感慨があります。

最近「なんとなく思わせぶりな謎設定」を提示しておきながら、まったく回収しようともせず、中途半端な終わり方によってファンの解釈合戦を釣り上げ、ありもしない作品の深みを他人任せで捏造するタイプの作品が(エヴァンゲリオン以降?)増えてきたような気がしますが、「放課後保健室」は世界構造もストーリーの着地点も考え抜かれた上で最初の礎石を置いて、予定通り10巻で築き上げたスキのない建築みたいなすがすがしさがあります。

完結したので自信をもって言えます。
「少女漫画って面白い?」
と問われたら

「竹宮惠子の『風と木の詩』
 吉田秋生の『吉祥天女』
 水城せとなの『放課後保健室』

 の三つを読んで判断してくれ!
 もしこの三作がつまらなかったら、
 少女漫画とは縁がないと思って
 二度と本屋で少女漫画の棚は見なくていい。
 人生は有限なんだから」

と。

- - - - - - -

良い作品の良い場面には付箋をつけるクセがあるんですが、
上の写真の通り、ケーホケに付箋つけまくりですね、僕(汗)

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2008年1月 5日 (土)

【実家で発掘】庵野カントクを「あんのう」と読み違える元凶

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実家の魔窟から発掘シリーズ
第二弾。



風の谷のナウシカ
ロマンアルバム

この本自体はナウシカ映画版のムック本で、さして珍しいものではありません。僕が中学生だった頃に買ったものです。

 が、

ここに、僕が
庵野秀明カントクの名字を「あんのう」と読み違える

というクセがなかなか抜けなかった元凶があったのです。

原画マンインタビューページをご覧ください。

Annou02

ルビに「あんのう」……

巨神兵の作画に震え、その担当者としてここで名前を知ったのが、僕にとって庵野秀明の名を意識するファーストインパクトになりました。

以来、ずっとアンノさんのことを
「あんのうひであき」だと思い込んでたわけですね。
刷り込みされたヒナみたいに。

教訓は——というと、まぁ、
「校正の仕事は大切だよね」ってことです……

- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

というわけで、前のエントリにも書きましたが
そろそろ北海道の実家を出る準備のために回線切ります。
東京の自宅のネットがひかり電話もろとも死んでるので、
しばらく消失します。というわけで、

「青木ケイシの消失」のあいだ、ニコ動で
「初音ミクの消失」を眺めているのもいいかもしれません。

あえてこのバージョンを紹介して消えますよ、と。

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2008年1月 4日 (金)

【実家で発掘】銀河鉄道大時刻表

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実家というのは概して魔窟なわけですが、本棚をあさっていてこんなもの発掘してしまいました。

銀河鉄道

時刻表

近年、行き着くところまで行ってしまって「戻ってこれなくてもいいからオレを宇宙に行かせてくれ」と心の叫びを漏らすほど迷走気味の松本零士御大と比べるのも気が引けるほど、表紙の御大は柔和で健康そうですね。ホント誰でもいいから御大を機械の体をタダでくれる星まで打ち上げてやってください!

いつ出た本なんだろうとあちこち見てるんですが、どこにもリアルでの発行年月日がありません。あくまでも2966年版なんだと主張してるんでしょうか?

表紙に「映画が999倍楽しめる」とあるので、劇場版999が公開された年に出たのでしょう。とすると1979年あたりのものかと。——30年近くたつとは驚き。そりゃ御大も自分も歳とるってもんです。ちなみに自分は当時9歳。

中をめくってみます。
あれ? あの駅がない。

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銀河鉄道の停車駅って、

地球の次は大泉学園じゃなかった?

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2008年現在、西武池袋線で急行すら停まらない駅ですが、松本御大の家の最寄り駅として、銀河鉄道ではメガロポリス地球駅の次の停車駅は大泉学園になるはずなんですが……

ちょっと銀河鉄道ローカル線の時刻表も見てみますね。

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Σ(゚д゚|||)ガーン  ローカル線なのに
大銀河本線より小さい駅通過してるよ。

なんというカオスなダイヤ。

ちょっと路線図確認してくる……

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( ゚д゚ ) 終着駅が……

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機械の体をタダでくれる星=惑星メーテルって

オチゆーな!!

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この時刻表、絶対に銀河鉄道株式会社から発禁回収の憂き目にあうと思います。

発禁回収したいといえばもうひとつ、
実家に自分が9歳の時の「コスプレ写真w」が、
それもご丁寧に写真立てにいれて飾られていて……

星野鉄郎……オレ\(^o^)/28年前からハジマッテタ orz

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2007年9月 7日 (金)

ヱヴァンゲリヲン新劇場版・序

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上の写真は、先日(8/26)コルビュジェ展のついでに見た
六本木ヒルズ最上階の「スカイアクアリウム」なのですが、
これを見て反射的に

「綾波…」と思ってしまう人は

もはや行かざるを得ない……


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観てまいりました
「ヱヴァンゲリヲン新劇場版」

シネマとしまえんは、観終えたあと1階に降りるエスカレータが、NERV本部の長ーーいエスカレータとかぶって、余韻を噛みしめるのにいい感じです。エヴァ観るなら、日本で一番雰囲気が出る映画館なのではないでしょうか。

基本的にテレビ版の1〜6話をなぞっているのですが、
何を話してもネタバレになりそうなので

自分が持っている模型で表現してみました(笑)

10年前に作った零号機のプラモと
NゲージのDD51+シキ(変圧器搭載)+ヨ8000

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帰ってきてからテレビ版のDVDを見返したのですが、
今回の新劇場版にあたる1〜6話の展開は神がかってますね。
当然のように総時間数はテレビのほうが長いのに、
見せ場の時間は逆に短く濃縮されてるんです。

もちろん新劇場版の、動きも含めた美麗な絵は
映画館の大スクリーンで観て、もはや
「すげぇ」という感嘆しか出てこないのですが、

見せ場の時間を切り詰めたことによる
決戦シーンの息もつかせぬテンポと、
時間軸を分解して再構成した場面展開は
テレビ版のほうがはるかに上。
これだけは断言できます。

ぜひテレビ版を見返してみてください。
10年前にハマった人も
新規の人も

やっぱり凄いアニメだったんだなぁ……

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

新劇場版次回「ヱヴァンゲリヲン新劇場版・破」
の予告がラストにありましたが
カヲル君とゼーレのモノリスがいる場所……

「2001年宇宙の旅」で
モノリス発掘した月面基地のオマージュですよね?


あと、あの眼鏡っ子だれよ?(笑)

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2006年11月29日 (水)

秘技・Acrobatコタツ返し

コタツの設計ミスがあまりにも型破りなものだったので、
「これが間違いだとしたら、いくらなんでも途中で誰かが指摘しているだろう」と思って全員がスルーしてしまい、テーブルの上に熱源がついたコタツが生産ラインまで進んじゃって……
という話が『課長バカ一代』にありました。

Kacyobaka69


じつは僕の手元に、逆コタツ並みのミスを見逃した雑誌のデータがあって「これをひとつずつ手作業で変換か……」と途方に暮れていたのですが、なんとか

インデザインPDFアクロバットでポストスクリプト書き出し色変換PS生データディスティラーで、もう一度PDFに戻す

——という、アクロバットの名の通り曲芸的なゾンビ召還術をあみ出して光明が見えたので、このところ水曜日は所沢校舎に行ってスキルのある学生(彼も本当は江古田組なのだけど)と一緒に、コタツの天板をひっくりかえす作業にいそしんでいました。

ゴールが見えだしたところで彼がうわ言のように

「焼き肉食べたい」

とつぶやきはじめたので、完成後、一緒にいた彼のサークル後輩も含めて焼肉をふるまうことにしました。もちろん、課長バカ的コタツトップ焼肉なんかじゃなくて(笑)ちゃんと江古田の「牛角」を目指します。

今回のリカバリー功労者の彼はちょっとハチクロの真山っぽい雰囲気があるのですが(せっかくなので以下、真山と表記)、11/5、芸祭あとの飲み会で僕がいた公沁舎と彼のサークルが隣り合わせになり、酔っぱらった僕は仕切りのパーティションの上から顔を乗り出して、こういう趣旨の発言をしたらしいです。

「真山! 山田泣かせるなよ!」と。

その後、僕は真山に反撃され頭をひっつかまれる花本先生を演じたあげく、
近くに僕の四年ゼミ生I君もいるのを発見して
飲みの席で卒論指導を始めるという傍若無人ぶりだったそうで……

はっきり憶えてないぞ(汗)

今日、江古田の牛角で楽しく飲み食いした時の話によると、どうやら日芸版ハチクロの真山は本家ハチクロとは違う選択をしたみたいですが、それはあの場にいた人だけの秘密ということで。

なんのタイミングか焼肉の最中、花本先生の携帯にもむかーしワケありだった人からのメールが入ってたりしたのですが、これは伏線のまま放置され、終電をとっくになくした真山と藤田工房の店主は花本先生を巻き込んで江古田でI君が経営する土田工務店を襲撃するというオチです。もはや内輪ネタとハチクロネタが攪拌されて「何が何だかわからない」

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2006年11月14日 (火)

G戦場の赤い戦車

富野由悠季監督の講演をまのあたりにした帰り道で買った日本橋ヨヲコ『G戦場ヘヴンズドア』の続きが気になってしかたない日々を最近過ごしていたのですが、発行から数年たっているせいか近所の本屋は在庫全滅。

今日はなんとか所沢の授業の帰りに練馬駅近くの本屋で2巻を発見しました。

しかし、連載中のものならいざ知らず、これはすでに完結している漫画。2巻を読んだら続きへの渇望感はさらに高まるばかりで、結局電車で池袋のジュンク堂まで出て買ってきてしまいました。

 

いやもう、なにも言えない。
鉄男が久美子の背中に描いた絵、震えた。
というか、なんで僕は
こんなに久美子の絶望感にシンクロできるんだ?

うまく言葉にできません……

さらに追い討ちをかけるように
作品を読み終えたあとの作者のあとがき——
ここでYAPOOS(戸川純)の『赤い戦車』を持ち出すとは

反則ですよ(涙)

ただちに脳内再生できる(つまりハマってた)人にとって
『赤い戦車』はこの世に存在する
どんな戦車よりも強力な兵器なのですから。

やわらか戦車なんてお呼びじゃないのですよ(汗)

若い頃にあの歌に引っかかってしまう人って
きっと本当におびやかされた経験をしたけれど
それで(死を選ばなかった、ではなく)
死を選べなかった人だと思うんです。

Gsen

手前が『赤い戦車』収録アルバム YAPOOS「ダイヤルYを廻せ!」

iTunesが入ってるパソコンなら
『赤い戦車』冒頭の30秒

♪水彩画より油絵の凝固した色味にも似た
 迷いなく確固たる動かぬ血の色の野望
 Red Bloody The Will Is……

までなら無料視聴できます→ 【[Click] iTunes URL】
150円でダウンロード購入すればサビの

♪傷を染める清冽な赤 凝視するほど傷は癒える
 ペインティングス 赤く輝く血は源泉
 死人じゃないってこれほどまでに確信する色

 突き上げるあつい想いが描きなぐった血の色の

 ペインティングス まるでキューブな自己実現
 生きるために生まれたんだと確信する色

まで思う存分聴けますが、
あえて他人に、聴け! とは押しつけたくない曲ですね。
気づかないでいられるほうが、きっと健康——
そんな感じです。

最近はやりごとのように、いじめ自殺が連鎖してますが
どうもね、出会ってないような気がするんですよ
『赤い戦車』みたいな存在にね。

誤解のないように書いておくと
『赤い戦車』にしろもっと即効性のある何かにしろ、
外野の思いこみで押しつけたってダメ。
弱ってるガキが自分で出会わなきゃ意味がない。

面倒をみるってのと育てるってのは
似ているようでまったく別のことですから。
過剰サポート抜きに「自分で出来た」という実感がないと、
成長なんてありえないでしょうに?

……いかん、なんか説教臭くなってきたので
  ここらへんで強制終了。

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2006年11月10日 (金)

バトルオブシリコンバレーとライセンス料の甘い罠

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パーソナルコンピュータが世界を変える力になると直感した二人の青年、スティーブ・ジョブズとビル・ゲイツ。アップルとマイクロソフトを立ち上げた二人のライバル関係を描く再現ドラマ
『バトル・オブ・シリコンバレー』
を今年も文芸特殊講義IXで学生に観てもらっています。

二日前にナマ富野由悠季カントクの講演を観たばかりなので、どうしてもジョブズのキレたカリスマっぷりにカントクの姿がダブります。

一方、ビル・ゲイツは、開発したソフトをまるごと高額で大会社に買ってもらうことよりも、版権は渡さずソフト一本ごとに小額のライセンス料をいただく方式にこだわりました。

もし富野カントクがビル・ゲイツのように「ガンダム」の商標権を自分で所有していたとしたらどうでしょう? ガンダムのプラモデル一個につき5円のライセンス料だったとしても、恐ろしいほどの小銭が集まって山と積まれるはずです。

一昨日「60歳でようやく家が建ちました。おめでとう」とカントク自身が自嘲気味に話していましたが、逆にオモチャ屋にしいたげられた逆境がなかったら、65歳の現在までバリバリ現役でやっている富野カントクは存在しなかったんじゃないでしょうか?

『バトル・オブ・シリコンバレー』上映後、このドラマのエンドでは負け組のジョブズが現在iPodで気を吐いていることに関連して、正当なリスナーを頭からコピー泥棒扱いしてる現在の音楽利権ゴロに対する怒りをぶちまけてしまいました。自分としては冷静に話していたつもりなんですが、思いきり長くなって途中でチャイム鳴っちゃいましたね(汗)

そうそう、余談ですが、ネットで見つけたビル・ゲイツのスピード違反逮捕画像を見せて、一緒にシド・ヴィシャスの画像が出たときにも言ったんですが、『NANA』が好きなのにシドって何者?という人がいたら、いますぐにでも映画『シド・アンド・ナンシー』を借りてきて観るべきです。

ピストルズのファンには不評だったり、いろいろ映画としてどうなのよ、という声はよく耳にするけど、若い頃に観ておくべきっつーか、若い頃に観ないとつまらない映画というのがあって、『シド・アンド・ナンシー』は確実にそのたぐいの映画です。

ちなみに僕も観たのは19歳の時。
見終わったあとの空虚感が満たされなかったら、
漫画『デトロイト・メタル・シティ』でも読んで笑えばいいと思うよ(笑

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2006年11月 8日 (水)

富野由悠季カントク日芸来襲

『もてはやされる時代にどのように対処すべきか?』
—結果を見ても始まらない。未知なるものを求めるしかない—

という演題で富野由悠季監督の特別講義があるというので、自分の授業がないのをいいことに、江古田での仕事を午前中でキッチリ上げて所沢校舎に向かいました。

富野さんのキャラとか武勇伝はいろいろ耳にしているので

(きっと地球にコロニー落としそうな勢いで「演説」するんだろうなー
 ガンダムのカントクが来るっていうんで教室にもぐった
 物見遊山気分の学生はビビるだろうなー)

とワクワクしながら僕ももぐりました。すぐこの枠担当の先生に発見されて、青木先生はむしろスタッフ側でしょ、とプリント配りなど手伝うことになりましたが、そのくらいいくらでも買って出ますよ。トミノ節が好位置でまのあたりにできるなら(あはは)

トミノ節は冒頭から炸裂。
いきなり学生に「この一年で先生からなにか創作の確かな方法論を学べたか?」という趣旨の質問をし、200人教室を埋める学生たちから確かな声が一つも出ないのをみるや

「大人から教えられることなんてなんにもない」
 と唐突に絶叫(キター!)

 いきなり大学教育全否定\(^o^)/

「フィギュアスケートなんて二十歳前のやつが世界一。ほんとうに才能があるヤツは、いまこんなところで教室に座って人の話を聞いてなんかいない」

 いきなり聴衆を愚民扱い\(^o^)/

「ギャラをもらってオリジナルを作る練習ができるのは、当時はロボットアニメだけだった」という話は、なるほどと思いましたね。

よく知られた話ですが、ロボットアニメはスポンサーであるオモチャ屋の言いなりな部分が多々あるわけです。そして、富野さんは「含羞の人」なんですよね。たとえオモチャ屋が関与してきても、アニメ製作者として自分の名前が出る以上、恥ずかしくないものにしたいという気持ちが、結果的にスポンサーと闘いつつ空前の作品を生む原動力になったという流れは、すんなりと飲み込めました。

富野さんが「含羞(はにかむ、恥じらうの意味)の人」だというのは、わざと聴衆をアジるように突然絶叫して、学生たちがちょっと引き気味に静まり返ったあと、普通の口調に戻る瞬間かすかに現れるおもはゆい表情から、ふと僕の頭に浮かんだ言葉です。

富野語録は他でも目にすることができるけど、こういう、その人だけが持つ「間」みたいなものは、やっぱりナマじゃないとわかりません。いやー、来てよかった!

それにしてもコミュニケーション能力ってこういうところにあらわれるんですね。短気ですぐ怒鳴り散らす危ない人と富野さんの決定的な違いは、素早い気持ちの切り替えと、その際、人に対して心のドアをちょっとだけあける「間」と見ました。

これですかね?
数々の危機に潰されず
支持されてきた富野カントクの秘密は!? 

……まあ、含羞の人というわりには、90分の講義のあいだ、10回くらい「おまんこ」って叫んでましたけど、そこも偽悪家ぶってるみたいで可愛らしいじゃないですか! むしろ含羞のトッピングみたいなものだと思えば新しい世界はすぐそこですよ
(´∀`) '`,、

「45歳までは君たちも挽回できる。
 人間の基本は9歳までの、
 当時は解決方法が見えなかった欲求で、
 それからは逃れられない。
 それが何だったか思いだせ!」

(ちなみに富野さんは「宇宙旅行」と、
 そのころ目にしてしまった
 「女の人がいじめられてるようなエロ本」だそうで…)

という終盤の富野さんの言葉を反芻しながら帰りの電車に揺られ、9歳の頃の叶わなかった欲求をつらつら思い返して「ああ、ホントそうだわ、オレ、書いてる小説そんなんばっかりだ」と納得しつつ、所沢で乗り換えずに新宿まで買い物に出たので、そこから家路につく電車内で読もうと、紀伊国屋フォレストでマンガを物色しました。前々から「面白い」という声を耳にしていたのもあったけど、日本橋ヨヲコ『G戦場ヘヴンズドア』の帯に

「こいつらの情熱には背筋が凍り付く!
 漫画界が怖くて
 なんか逃げ出したくなってくるぜ」

なんていう煽り文がついていて
しかもその言葉を寄せたのが島本和彦だった日には、
手に取らずにはいられないでしょう。

昼間の富野さんの熱さが残る手に
この本はものすごくしっくりくるような気がしたのです。
山手線→西武線の車内で読んでいくと、
それは確信に変わりました。
シンクロニシティってのはあるもんだね。
あまりにも出来過ぎてるけど、でもホントなんだよなぁ

 人気マンガ家の父親に反発して小説家を目指す町蔵は、
 逆にマンガだけを心のよりどころにしている鉄男と
 原作+マンガ描きの「戦友」として結びつく。

 いよいよ作品を応募する時になって、町蔵は  
 忌み嫌う父の世界の編集者である、鉄男の父と出会う。
 彼から町蔵はこんな言葉を浴びる。

「こう育ったか。かわいそうになぁ。
 気づいちゃったんだよなぁ、
 誰も生き急げなんて言ってくれないことに」

「見ろよこの青い空 白い雲。
 そして楽しい学園生活。
 どれもこれも君の野望を
 ゆっくりと爽やかに打ち砕いてくれることだろう。」

「君にこれから必要なのは絶望と焦燥感。
 何も知らずに生きていけたらこんなに楽なことはないのに、
 それでも来るか?
 君はこっちに。」


    日本橋ヨヲコ『G戦場ヘヴンズドア〈1〉』より


確かにウチ(日芸)も、
アートっぽい雰囲気の中で
充実したキャンパスライフをおくりながら
ナチュラルにじわじわと現実を教えられ、結果的に
芸術家への夢をあきらめさせられる場所だったなぁ…

……と述懐する卒業生が、
  きっと数えきれないほどいっぱいいるはずです。

  で、そのことを当人たちが悔いてるわけではない。
    

首根っこをつかむ勢いの富野さんは、
その対極にありましたね。

終盤では「45歳まで挽回のチャンスはある」といいながら
序盤を思い返せば
「もうおまえらは出遅れてる」
「才能があったら今こんなところで時間をつぶしてない」
つまるところ、生き急げ!とアジりまくり。

まさしく
逆襲のシャアのように
いますぐ愚民どもすべてに英知を授ける勢い
でしたよ。

熱かった。

関連エントリ→「逆襲のシャア」

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2006年8月22日 (火)

【高校野球】これが地元紙クオリティ・島本登場

夏の帰省で苫小牧に滞在している時に、
駒大苫小牧が決勝戦に進むのが恒例になるなんて、
事実はマンガより奇なり、って感じでしょうか?

惜しくも三連覇はなりませんでしたが、
決勝戦同点のまま延長15回で再試合って、それなんて逆境ナイン?

しかも再試合のクライマックス、最終打席は
ピッチャー早実の斎藤 VS バッター駒苫の田中というエース対決。

最高の見せ場として出来過ぎなくらいです。

8月22日の北海道新聞朝刊は見ての通り地元シフト。
「早実初V」のサブ見出しの小さいこと(笑)

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そして第一社会面にて、しっかり

島本和彦のコメントゲットを外さないところは

さすが北海道新聞クオリティ!

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2006年8月13日 (日)

ニンテンドーDSを貰い、ブライトの訃報を知る

3/7「インターフェイス…そのボタンの意味は?」のエントリで話題にしたデジタル一眼レフE-300なのですが、その後、お貸ししたd女史はE-300で撮ることの心地よさに開眼し、自分で一眼レフを買おうかと思うくらいカメラ熱が高まっていました。そして再び貸しだすことになったのが4月下旬の話。

貸すためにメンテナンスしている時に悲劇(というより人災)は起きました。

フォーカシングスクリーンについたゴミがどうしても取れず、レンズを外して掃除機で吸い出そうと(←馬鹿)したらよけい埃がついたので、取ろうといじってたらスクリーンごと外れて機械の内臓がはみ出す重大事故発生……

アホですね。
すぐさま貸しだすはずだったd女史にメールで連絡。

「E300のメンテナンスしてて逆にやばいとこに手を入れて壊してしまった(涙)ごめん〜 オリンパスのサービスセンターに持っていって修理費かければ直ると思うけど…… ジャンク品でよければもうタダで譲りますよ(涙)少なくともレンズは完璧なので使えます」

というわけで、E-300は内臓がはみ出たままd女史に引き取られて行ったのでした。
少なくとも修理費2万円以上かかるだろうなぁ……と思っていたら、見積もりしてもらったら4000円くらいで直るとの話。「意外と修理費安かったからちゃんとお金払うよ〜」というd女史に、

僕は冗談のつもりで
「じゃあニンテンドーDSに〈えいご漬け〉つけて誕生日にくれ(笑)」
と言ったら真に受けてくださり(恐縮)今日、ちょっと早めの誕生日プレゼントとしていただいてしまいました。

ちっちゃいiBookみたいな質感のDS Liteは
アップル製品とデザインの親和性が高いですよね。

Dsliteapple

今年「ネットの力で「わらしべ長者」になった男
というトピックスがありました。1個のペーパークリップを物々交換サイトに出した男性が、物々交換で念願の家を手に入れたという話です。そのレベルまでには越えられない壁がありますが、

壊れた壊した(汗) オリンパスE-300 ニンテンドーDS Lite

のレベルでもめっちゃラッキーです。
d女史殿、ありがとうございます。

話題はうってかわって……

某雑誌の仕事でd女史がテープおこしを担当した、某ロボットアニメT監督の対談から、結局カットされてしまったけど、メチャクチャ面白かった亀田ばりの挑発大言壮語(僕もSF作家K氏のファンなのでウケた)について裏話をうかがったりしている流れで、僕は初めてこの悲報を知りました。研修旅行に行っている間、ネットやニュースから離れていたせいか、情報にエアポケットが生じていたようです。

 声優の鈴置洋孝さん死去
 「ガンダム」のブライト艦長役


 鈴置 洋孝さん(すずおき・ひろたか=声優)が6日、肺がんで死去、56歳。葬儀は近親者のみで済ませた。後日しのぶ会を開く予定。連絡先は東京都渋谷区桜丘町29の10の賢プロダクション。「機動戦士ガンダム」のブライト艦長などを演じたほか、舞台のプロデュースも手がけた。
( 2006年08月10日19時17分 asahi.com )

ブライトさんは、アクの強い名キャラクターを多く輩出したガンダムにおいて「普通の人」であるがゆえに、僕にとって強く印象に残るキャラクターです。普通の人じゃない(笑)シャアに「やるなブライト」とつぶやかせるような働きをしたときに、思わず心の中で「グッジョブ!」とエールを送らずにはいられない愛すべきキャラ。

そんなブライトさんの一番好きなシーンは、
あの「殴ったね 親父にもぶたれたことないのに」というアムロの有名なセリフを引きだしたシーンです。(機動戦士ガンダム・9話「翔べ!ガンダム」)

アムロを勢いで殴ってしまい、一瞬しまった!という顔を見せるも、すぐに居直るブライト——

「殴ってなぜ悪いか!
 貴様はいい、そうして喚いていれば
 気分も晴れるんだからな!」

そうだ、その通り! でもアムロから顔をそむけて目を見据えることなく言い放つさまに(ブライト弱っ!…でも、そこがたまらない!)と、僕の心はキュッとつかまれてしまうのです。本当は二十歳そこそこの若者なのに、父親役を背負わなければならなかった彼の切なさがいい。

鈴置さんの声とともに、
あのシーンを忘れることはないでしょう。

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2006年8月11日 (金)

インダストリアルなメカフェチ的帰路

職場の研修旅行(現地集合)のため、伊香保を目指して関越道を疾走。
ボンネビルのジェントルな二気筒エンジンのリズムも、
高速では連続音のうなりとなって、
ハンドルに伝わる振動でビリビリと手を痺れさせます。

お盆の帰省渋滞は前倒しされなかったようで、意外と快調な流れ。
……だというのに、すいてる道中で、
わざわざ僕の直後にピタリとつけてくるスカイラインが!?

なんだコイツ?……と思ったら、学科主任のY教授でした(笑)

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

そして研修(というよりは懇親)の会がつつがなく終了した翌朝——
現地解散なので、帰り道は好き勝手に寄り道ができます。

まずは榛名湖をめざしてヒルクライム。陽射しを浴びているというのに峠の空気は冷たくて、東京までずっとこのままでお願いしたいくらいの心地よさ。
お約束の『頭文字D』スタート地点での一枚。

20060811_akina

榛名湖からは榛名神社へ下る道を行き、そのまま南下。
国道18号に出て、東京とは逆方向へ。
碓氷峠鉄道文化むらに立ち寄ります。

以下、人目をはばからずメカフェチ趣味全開。

Dml61
なんだか判らない写真でしょうが、DD53の機関室です。
(と説明しても、一般の人には  ハァ?(゚Д゚) って感じですよね)


親子連れが競うように機関車の運転席に座って記念写真を撮っているのを尻目に、僕は運転席の背後に開いた小窓から内部を覗いて(これがDML61Zエンジンか。実物を初めて見た。ありがたや〜 ラジエターが室内配置とは、これまた思いきった設計! 除雪車としての稼働環境を考慮しての設計か? すげー)と悦に入っていました。その陶酔度がどのくらいかというと……(読み飛ばし推奨↓汗)

ロータリー式除雪車の決定版として登場したDD53は、定評ある61,000ccのDML61Zをロータリー用に改良したDML61Z-R 12気筒エンジンを2基搭載。1基走行用・1基投雪用として自走も可能だが、補機DD20の後押しによる2機関フルパワー接続の2200馬力投雪は圧倒的で、新潟地区の山間部ではその力を遺憾なく発揮した。しかし、平野部では投雪によって線路際の民家を破壊するほどのパワフルさが災いし、量産は見送られることになった。わずか3両の生産にとどまったものの、オーナーにとって、この選ばれしシーンで際だつプレミアムな存在感は、エコノミークラスのDD14タイプでは決して味わえないステイタスであろう。

 

……とカーグラフィックTV」ばりの脳内解説が、
古谷徹の声で始まってしまいそうな勢いです。

ただ、さすがの僕も、この場において落語のように
「ひとり松任谷正隆&田辺憲一」を演じてしまうほど
危険な人物ではありません(汗)

しかし、あからさまな外車信仰で有名だったカーグラのこと、もし鉄道版カーグラTVがあったなら、故障続きで使い物にならなかったDD54のドイツ製機関さえヨイショするんだろうな……なんて妄想してしまいます。

Dmh17
こちらはキハ20の水平対向8気筒 17,000cc DMH17エンジン。
実物に触れて、エンジン自体より、ラジエターファンが推進軸と同軸のシャフトで駆動されるシンプルな構造に感心しました。それだと回りっぱなしで冬場はオーバークールしないのだろうか? もしかしてファン軸のほうにクラッチがついていて切れるのか?とか、興味は尽きません。

さて、

世の99%の人を ( ゚д゚)ポカーン  と突き放す勢いで、
次の目的地は安中です。

安中といえば東邦亜鉛!

山の斜面に張りつくように安中駅の背後に迫る工場の姿は、
奥多摩鉱業とならんで関東地区の工場フェチ心をくすぐる逸品です。
最近では人気マンガ『ハチミツとクローバー』の竹本君の回想に

河が汚れるからと母はイヤがったが
夕暮れになると灯がともる
この山を覆う亜鉛工場が
父とボクは好きだった       (2巻 p.11)

……と登場するなど、少なくともDML61Z型エンジンの1万倍くらいメジャーな存在となりつつありますね。(たぶん)

とにかくこの東邦亜鉛安中工場は、以前軽井沢帰りの車窓からその偉容を見て以来、いつか改めて写真を撮りに行かねば、と思っていたのでした。

Tohozincannnaka_1

ちょっと本城直季ふうにいじってみました、Photoshopで。

本城氏はティルトレンズを使い、実際の風景をミニチュア風に写してしまう作風で知られています。■こちらにインタビューもあります。

Pgtakasaki_1

これは今回撮った写真ではなく、10年近く前に電車内からフィルムカメラで撮ったものです。高崎あたりで車窓に現れたナイスなフォルムの工場に、とっさに反応して撮ったのですが、その後、これが何の工場なのかわからないまま、ずっと
「未来派的感性をくすぐる姿だなぁ」と恋い焦がれていました。

だからでしょうか? ——安中での撮影を終えて、あとは心おきなく東京へ戻るだけとバイクを走らせていた僕の目が、街並みの向こうに突き出る煙突の形を見ただけで「あの工場だ!」 と確信できたのは。

その煙突を目指し、すぐさま脇道に入った僕は、
土地勘のなさから見事に迷路地獄にハマってしまいました。

やっと工場に近づけたかと思えば、近すぎて工場自体の倉庫に視界を阻まれたり、適度に離れていいポジションかと思えば民家が林立していて写真が撮りづらかったり、結局線路内からじゃないとカッコよい角度で眺めることができないのだと、さんざん走り回ったあとで悟りました。

そのため、新しい写真はナシですが、この工場が「P&G マックスファクター高崎工場」であるということがわかっただけでも収穫でした。

電車でよく見かける美少女の名前を
ようやく知ることができたような心境です。
(重症だな)

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

帰宅してから、写真を本城直季ふうに加工するのがだんだん面白くなって、昔、東京都の工場フェチの聖地・奥多摩鉱業で撮った写真もいじってみました。ここは、垂直の断崖に張りつくように工場が建てられていて、晴れた日の午前9時から10時くらいの間に、工場を逆光にしたまま向かいの河原だけに光が射す瞬間があります。

これは、その幸運に出会えた写真。
暗がりのなかで威圧感を放つ工場を背景に
当時の足・F650GSが光の中にたたずむ瞬間を捉えることができました。

2003年5月1日 午前9:57

20030501_okutamaco

■使用カメラたち 

SONY DSC F-88(今回)
RICOH GR DIGITAL(今回
 

Nikon E-5000(昔

Nikon F2 28mmF2.8(昔)

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2006年8月 9日 (水)

キノコ雲を美しいと感じるのはタブーなのか?

先月のこと——
絵を描く若い女性と話をしていて、なぜか広島の話になり、

「あー、ヒロシマ、昔行ったけどもう一回行きたいな、原爆記念館。
 
キノコ雲って、あの独特の形といい、色といい、
 人類がこんなスゴイものを作り出せるのか、って圧倒された

という彼女の屈託ない言葉に、ちょっとギョッとしたのでした。

そして次の瞬間、ギョッとした自分に対して「原爆に対して悪の属性以外を見てはイケナイという平和教育の刷り込みを通してしかモノを見ていないのでは?」と検証モードに入ったのです。

そういえば、『AKIRA』で圧倒的な都市崩壊のさまを描き出した大友克洋が、阪神淡路大震災でビルの中層階がつぶれてブラインドが整然と外側に垂れ下がっている映像を見て、『AKIRA』を描いている時には、ビルが崩壊した時にこんなふうになるとは想像していなかった。これを見ていたら描き方が変わっていたかもしれない、という旨の発言をしていて、

うわぁ。こんな素直に自分の興味が引かれたことについて発言してしまっていいのかよ。さすが大友克洋。やばーっ。——と思ったのですが、

実のところ、
キノコ雲に造形的美を見てしまった彼女も、
崩壊したビルに一段上のリアリティを見てしまった大友克洋も、
戦争讃美や被災者迫害という意図はまったくないわけです。

むしろ人間として正直に思ってしまったことを表現しただけ。
少なくとも、
イデオロギーのために黒を白と言うような危険性はない言葉です。

反戦平和活動家からはすさまじい批判を浴びそうですが、むしろ、感情の下地を考慮することなく言葉の表面だけをとらえて一緒くたに非難することこそ、ファシズム的と見ることもできます。

そう考えると、平和教育を刷り込まれた僕らのほうこそ、兵器=悪というルールでマスキングされた、まったく逆の意図を持つ操られ方をしてしまうかもしれません。

たとえば、ジブリアニメ『ゲド戦記』のCMで聞き飽きた

「命を大切にしないやつなんて大嫌いだ!」

ってセリフが、いつのまにか

「命を大切にしないやつなんて皆殺しだ!」

なんて矛盾したセリフになっても
うんうん、命を大切にしないやつは殺していいよね、
と納得しているかも知れません(汗)

だから兵器が悪だとか決めつけて安心する前に
自分の頭と言葉でちゃんと考えてみなきゃダメですね。
戦争のヤバいところは、実際どこなのかを。

というわけで、僕のバイアスがかかった見方を開陳しますよ(汗)   

戦争の何がヤバいって、自分一人がやめたいと思っても、個人の力ではどうしようもないほど大きな流れになってしまっているところ。

……と言えば「でも、そういう話なら戦争に限らず、企業組織などでもよくある流れじゃない?」という疑問が返ってくるでしょう。そう、これ、人間社会ではよくあること、なんです。

オウム事件を内側から取材した森達也は
組織の中で自らの判断力を喪失する信者たちを見て
「人は善人で優しいまま人を殺せる」という名言をつむぎました。
これは本当にいろいろな局面でおこりうることです。正直怖いです。

だから大きな流れとなって暴走が始まってしまっても、
兵器さえなければ戦争が起こせない。それが最大の予防なのではないか?
という意見にもうなずけるところがあります。

しかしまた、こういう事例もあります。

マグロ漁船などのフラストレーションがたまりやすい閉じた環境でケンカが起きると、カッとなって刃物を持ちだすやつもでてきます。そのとき、周りの人間はどうするか? ——なんと、刃物を向けられた相手にも包丁を渡してしまうらしいです(汗)    すると最初に刃物を握ったやつも、本能的にヤバイと感じるのか、不思議と冷静になれる場合が多いと聞きます。(このエピソード、誰のでしたっけ? もし知ってる方いらっしゃいましたら教えてください)

これはお互いに核兵器を持った抑止みたいなものですね。
こちらのほうが「人間を信頼したやり方」のような気がします。

だから僕は「核兵器は悪」とは言いたくても言い切れないんですよ。

少なくとも、この半世紀以上世界大戦を抑止できた「実績」は認めざるを得ないような気がするんです。核廃絶原理主義の人からは「そんな馬鹿な。核がなければもっと平和だった」と一笑に付される気がしますが。

結局のところ僕には
「なんでも危険なものを取りあげさえすれば問題が解決する」とは思えないってことですね。
むしろ悪魔のようなパワーを手にしたとて、それをコントロールできるのが人間だと。そう思いたい。

個人レベルでいえば、性欲だって悪魔のようなパワーです。
そのレベルなら、個人の力で対処できる。いや、むしろ他人とは交換不可能な「自分」の力で対処するところに面白味があるというべきでしょうか?

なんか回りくどい言い方になってしまいましたが、
つまるところ、信頼できる相手と良いセックスをしたあとに
戦争なんて面倒なことする気になれないでしょう? 
そういうことです。
ミクロの愛情不足が根本原因なのにマクロの視点から解決しようったって…ねぇ。

って、なんか村上龍の
『すべての男は消耗品である』みたいな結論になっちゃいましたね(汗)   

……いまや龍さんもすっかりマジョリティに受け入れられることで、イメージが説教オヤジくさくなってしまったので、ここは実際に思いつきを「実行」してしまったマイノリティな例を引きあいに出してシメましょう!

「私たちにできる平和活動」と銘打って、同時に一つの場所に集められた500人が、初対面ではじめましてからセックスに至るまでを克明に記録したアダルトビデオ

『人類史上初!!超ヤリまくり!イキまくり!500人SEX!!』

いやはや(笑)
現代日本以外にこんな映像を作れるところはないでしょうね。
こういうの見せられると、戦う気も失せます。
平和活動家のヒステリックな叫びのほうが
よほど戦争に近いと思っちゃいますよ。

さすがにリンクまでは張りませんので、興味のある人は自分の力で見つけてください。

え? メーカー? こんなこと思いついて、そのうえ実行してしまうなんて

「SOD」に決まってるじゃないですか(笑) 

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2006年7月13日 (木)

ゼーガペイン#15 リインカーネーション

今日のゼーガペイン——

やってこない夏休みの終わり。
「あなたは舞浜の夏を
100回以上生きているのよ」

で、

涼宮ハルヒを思いつくヤツはガキ

ビューティフルドリーマーを思いつくのはオヤジ

……え? 僕ですか?

神林長平マニアの僕としては
『甘やかな月の錆』早川文庫『言葉使い師』所収)
は外せませんね、やっぱり。

「ぼくのママはきれいなひとだ。」から始まるあの小説。

ほんとうに愛している人を腕の中にいだくため。
——ループから抜け出したからそう思えたのか?
——そう思えたからループから抜け出せたのか?
行き着く先にあるのは、錆びつくこと、汚れることを許された世界。
「コム、あなたはわたしの子供じゃないみたいよ」

神林は「雪風」と「海賊」しか読んだことがないなぁ、
という人にもぜひ触れてほしい、神林長平の別の顔です。

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2006年7月 7日 (金)

七夕

ものごとの基本をうっかり忘れていることが多くて

「織女と牽牛はどうして一年に一度しか会えなくなったんだっけ?」

と、このあいだゼミの学生に聞いてしまいました(汗

そうそう、もともと働き者の二人が色ボケで怠け者になったからでしたね。

実にいい話だ(えっ!?

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

所沢での講義の帰りに、所沢駅の本屋に寄って買いそびれていたコミックを何冊か購入しました。一口コメントを……

『デスノート』12(最終)巻
→△ ジェバンニに全部やらせて良かったんですか?

『放浪息子』5巻
→◎ あいかわらず心の小さなささくれを見つけてくれますね。痛くて素敵。

『NHKにようこそ!』5巻
→○ どんどんヤバくなりますね(汗) 本当にアニメ化できるの、コレ? …というか一番ヤバいのは、脱・ひきこもりしたら本当に小説を書くモチベーションが消えてしまった原作者の滝本さんか(汗

雑誌『マンガエロティクス[f]』
→山本直樹トリビュートだったので購入。

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2006年7月 6日 (木)

涼宮ハルヒの憂鬱を見届ける

うちで受信できるUHF放送は東京MXTVだけなので、他の局の視聴組から大幅に遅れて、この水曜深夜に、アニメ『涼宮ハルヒの憂鬱』の最終回を見届けたわけです。

これほど「最終回」という言い方がフィットするアニメはないですね。
なにしろ「最終話」ではないのですから。(最終話は14話中9話で放映)

ただ、時系列シャッフルなんて本来ありふれた技です。

最近の読書でいうと『スカイ・クロラ』シリーズなんて一巻目が一番未来だし、『STAR WARS』のエピソード1は何作目だったっけ?)逆に、回想などを入れず忠実に順列を守っているお話を探すほうが大変かも

しかし、ちゃんと順列にそった話数が準備されているのに、
放映時に放映順をシャッフルするというのは、さすかにハルヒが最初でしょう。

涼宮ハルヒの憂鬱 FAQより

【時系列について】
Q.なんか話がすっとんでるんですけど・・・。
A.どういう意図か、メインエピソード(涼宮ハルヒの憂鬱I〜VI)の最中に その後のサブエピソードが挿入されるという無駄にややこしい構成になっています。
ちなみに、予告でキョンが言う話数が放映順
ハルヒが言う話数が本来の時系列順になっています。
今までのエピソードを時系列順に並べると、以下の通りになります。


時系列  放映順
(ハルヒ)  (キョン)
第01話  第02話 涼宮ハルヒの憂鬱I
第02話  第03話 涼宮ハルヒの憂鬱II
第03話  第05話 涼宮ハルヒの憂鬱III
第04話  第10話 涼宮ハルヒの憂鬱IV
第05話  第13話 涼宮ハルヒの憂鬱V
第06話  第14話 涼宮ハルヒの憂鬱VI
第07話  第04話 涼宮ハルヒの退屈
第08話  第07話 ミステリックサイン
第09話  第06話 孤島症候群(前編)
第10話  第08話 孤島症候群(後編)
第11話  第01話 朝比奈ミクルの冒険 Episode00
第12話  第12話 ライブアライブ
第13話  第11話 射手座の日
第14話  第09話 サムデイ イン ザ レイン
 

この先10年は、

「時系列シャッフルしたアニメはハルヒのパクリ」
と言われちゃいそうです。

やれやれ。パクリ指摘って不毛ですよね。
エヴァの次はハルヒかい!

今回のハルヒ最終回を観ていて、
あ、ここで音楽にクラシックを使うことで、わざと「○○はエヴァのパクリ」病患者を釣りにかかったな——と、その皮肉にニヤリとしました。

ハルヒにはエヴァのような謎など存在していません。
エピソードは原作のライトノベルに忠実で、
僕らには「世界の行く末を知った上で観るか否か」
という選択肢が用意されていたのですから。

そういうメタ構造を「もうお腹いっぱい」と言わせるくらいに盛りつけたのがハルヒ現象だったわけです。

エヴァで庵野カントクが、物語の決着もついてない状態で登場人物に自己啓発問答を始めさせ、アニメなんか観てないで己の現実に(#・∀・)カエレ!と視聴者を突き放したムリヤリさとは質が違うんですよ。(リンゴとトマトは違う、というレベルの問題で、どっちが上、ということが問える質ではないです。)

結論としては、パクリ指摘厨はそろそろお休みください。ってことですね。

菊地成孔の名曲「普通の恋」の歌詞になぞらえて言えば「11歳でドストエフスキー、15歳でエヴァンゲリオン」っていうのは「最悪のコース」以外のなにものでもありません。すべてを計る万能の原器を手にした少年は、それを手放さない限りいつまでたっても少年なわけで、永遠の少年なんて響きはいいですが、リアルワールドにおけるそれがいかに醜悪なゾンビなのかは……

まぁいいや。(  ゚Д゚)っ < 『銀河鉄道999』
でも観て
さらば少年の日よ。マジオススメ。Dakara(笑

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2006年6月 6日 (火)

仮想現実ものとズゴックのツッコミの手

天気予報は夕方の雷雨を予想していたので、バイクじゃなく電車で所沢に出校することにしました。駅前の本屋で、学生から薦められたコミック・篠房六郎『ナツノクモ』の1,2巻を買い、電車内読書。

ネットゲームと、オンラインによるカウンセリングを融合させた世界が描写されていきます。けっこう夢中になって、所沢に着くまでに1巻は読了しました。

仮想現実ジャンルにおける、
「ちゃんと現実のほうに生身の肉体がある系」の作品ですね。
リアル肉体の死、キャラクターとしての死、データ消滅、という三つの死の形をちゃんと区別してストーリーに活かしているところがなかなか良い感じです。

一方「生身の肉体は存在しないor眠っている系」といえば、いま放映中の『ゼーガペイン』です。いわゆる日本のロボットアニメなのですが、データのみの存在となってしまった人類が、物理的な現実に干渉するためのマシン(幽霊の乗り物みたいなもの)として巨大戦闘ロボを使っているところが目新しいところです。

『ナツノクモ』と『ゼーガペイン』をアタマのなかで対比させながら、ふと、絵画盗作で最近話題の和田氏のことが浮かびました。和田氏がパクリ元のスーギ氏と一緒に写っている場面はありません。それは日本とイタリアだから、というもっともな理由からですが……

なりきり仮想現実的にいうと、
和田氏はスーギ氏のPC(プレイヤーズキャラクター)で
二人は同一人物だった——という衝撃のオチが一番面白いんじゃ?

で、じつはテレビのワイドショーも
「フェィクギャラリーVer.1.0」とかのネトゲ実況してるだけ。
裏で糸をひいてるのは文化庁。
それに感づいた公安9課が……

……なんておバカなことを妄想してしまいます。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

昼休みにゼミ雑誌ガイダンスを終えてからゼミII。

先週、参考に『村上龍料理小説集』からの抜粋を参考に渡して、
味や匂いや手触りなど、言葉で説明しづらいものを表現せよ
(ショートストーリー、エッセイ、評論など形式は問わない)
というちょっとやっかいな課題を与えたので、

何人やってこれるかな? とヒヤヒヤしていたのですが杞憂でした。

視覚を奪うことによって匂いを際立たせる話や
チョコレートの味から本来ないはずの汗や涙のしょっぱさを透析する詩や
自分を無意識に縛っていた人間に同じ匂いを帯びた人によって気づいた話や
姉的存在の皮肉に苦笑いを返す瞬間に百合の残り香でトリップする話や
『美味しんぼ』と『将太の寿司』にみるウンチク芸とリアクション芸の分析や
目的を限定しない、散歩という行為に匂いを重ねる散文や
言葉にしづらい感触を、文章ではなく漫画で表現してきた人までいました。

いつも思うんですが、
突拍子もない課題を出したとき、意外と答えがかぶらないのがすごい。
こちらが最悪の事態を想定しても、奴らは必ずその斜め上を行くのです(笑)
いい意味で。

H菜さんの漫画で、ツッコミの手がズゴックになってるところに、僕は少々訝りながら(最近偶然にしては周囲にガンダムねたが多すぎる…)と思ったのですが、その部分の作画に特別アシスタントとして「百式Tシャツ」のMさん(6/2のエントリ参照)が招かれていたということで納得しました(笑)

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2006年6月 2日 (金)

逆襲のシャア

DTP実習を終えたあと、とある学生さんから質問を受け、今日の文芸特殊講義IXの「ロボットが心や意識を持つというのはどういう状態を示すのか」というテーマについて、授業で語りきれなかったことを話していました。

話の流れから、彼女がかなり深いガンダムマニアであることが判明。
去年、僕の授業に「百式Tシャツ」を着てきたのは君だったのだな(笑

「『逆襲のシャア』のクェスはむかつきますよね」
と聞かれて、僕は反射的に
「うんむかつく」
と答え、
「ああ良かった。先生にクェス好きとか言われたらどうしようかと」
と安堵されたのですが……

帰宅してから、家に常備してある『逆襲のシャア』DVDをプレーヤに放りこみ
ひさしぶりに見返してみると……

好き嫌いが行動原理であるクェスのトラブルメーカーっぷりは
やっぱり神経にさわりますが、
ちょっと以前よりは余裕をもって見られるようになりました。

なんというか、クェスって、わがままを許された美しい少女特有の、
筋が通った純粋さを持ち合わせている気がするんですよ、
他人に自分を合わせることを学習すると消えてしまうたぐいの。

ただ、その「わがまま」を、両親が自分たちの不仲や放任してる後ろめたさの「代償」として許しているだけなのがクェスの不幸ですね。わがままだけど「天衣無縫」