2008年1月23日 (水)

「放課後保健室」完結→名作棚直行

Hohoke10 雪が舞う東京の空の下、
ついに最終10巻が出た

水城せとな
放課後保健室


を買ってきました。

「セックス(身体的性別)とジェンダー(文化的・役割的性別)」を扱った漫画として、この「放課後保健室(略称・ホーホケ)」と、よしながふみ「大奥」が、いま現在書き続けられている漫画の双璧だったんですが、そのひとつがついに完結。

——その学校では、「卒業」するために、誰もがいつか、保健室での特別授業に誘われる。そこで眠りに落ちた生徒は、夢のフィールドで、自分自身が抱えた問題を映した姿になって、相手を傷つける血みどろの戦いに手を染めることになる。なぜなら「卒業」するための「鍵」は、倒した相手の体の中から出てくるものだからだ。主人公の真白は上半身男で下半身女の特異な身体をもちながら、ずっと男として生き、これからも男でありたいと思っていた。しかし、保健室の授業で与えられる姿は、女子の制服を着た自分自身だった——

こんな幕開けから「放課後保健室」は、
それぞれの弱みを抱えた生徒たちがからみあい、
それぞれの内面をかき乱しあいます。

この作品の良さは、
主人公の真白がすごくタチの悪い人間だということ抜きには
語れないような気がします。

普通の人には真白が優しげな人に見えるんですが、真白に好意を抱いていたり、力になりたいと考えている人に対して、真白がナチュラルに気遣いだと思って返す行為や言動が、ことごとく相手を傷つけたり振り回したりする最悪のチョイスになっているというところが、読んでいて心に刺さりまくるんですよ。

もちろん、さまざまな謎をちりばめた作品世界も大きな魅力なのですが、いまそれについて語ると、ものすごいネタバレになってしまうので控えます。

しかし、ちゃんと1巻の1ページ目の意味が最終巻で解るようになろうとは!
隠すことで謎にするのではなく、
すべては最初から示されていたんですね。
読者の自分が気づかなかっただけ……
まるで、現実に生きるなかで何度も遭遇する
「何でこんな簡単なことに気づかなかったんだろう」
という驚きに似た感慨があります。

最近「なんとなく思わせぶりな謎設定」を提示しておきながら、まったく回収しようともせず、中途半端な終わり方によってファンの解釈合戦を釣り上げ、ありもしない作品の深みを他人任せで捏造するタイプの作品が(エヴァンゲリオン以降?)増えてきたような気がしますが、「放課後保健室」は世界構造もストーリーの着地点も考え抜かれた上で最初の礎石を置いて、予定通り10巻で築き上げたスキのない建築みたいなすがすがしさがあります。

完結したので自信をもって言えます。
「少女漫画って面白い?」
と問われたら

「竹宮惠子の『風と木の詩』
 吉田秋生の『吉祥天女』
 水城せとなの『放課後保健室』

 の三つを読んで判断してくれ!
 もしこの三作がつまらなかったら、
 少女漫画とは縁がないと思って
 二度と本屋で少女漫画の棚は見なくていい。
 人生は有限なんだから」

と。

- - - - - - -

良い作品の良い場面には付箋をつけるクセがあるんですが、
上の写真の通り、ケーホケに付箋つけまくりですね、僕(汗)

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2008年1月 5日 (土)

【実家で発掘】庵野カントクを「あんのう」と読み違える元凶

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実家の魔窟から発掘シリーズ
第二弾。



風の谷のナウシカ
ロマンアルバム

この本自体はナウシカ映画版のムック本で、さして珍しいものではありません。僕が中学生だった頃に買ったものです。

 が、

ここに、僕が
庵野秀明カントクの名字を「あんのう」と読み違える

というクセがなかなか抜けなかった元凶があったのです。

原画マンインタビューページをご覧ください。

Annou02

ルビに「あんのう」……

巨神兵の作画に震え、その担当者としてここで名前を知ったのが、僕にとって庵野秀明の名を意識するファーストインパクトになりました。

以来、ずっとアンノさんのことを
「あんのうひであき」だと思い込んでたわけですね。
刷り込みされたヒナみたいに。

教訓は——というと、まぁ、
「校正の仕事は大切だよね」ってことです……

- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

というわけで、前のエントリにも書きましたが
そろそろ北海道の実家を出る準備のために回線切ります。
東京の自宅のネットがひかり電話もろとも死んでるので、
しばらく消失します。というわけで、

「青木ケイシの消失」のあいだ、ニコ動で
「初音ミクの消失」を眺めているのもいいかもしれません。

あえてこのバージョンを紹介して消えますよ、と。

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2008年1月 4日 (金)

【実家で発掘】銀河鉄道大時刻表

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実家というのは概して魔窟なわけですが、本棚をあさっていてこんなもの発掘してしまいました。

銀河鉄道

時刻表

近年、行き着くところまで行ってしまって「戻ってこれなくてもいいからオレを宇宙に行かせてくれ」と心の叫びを漏らすほど迷走気味の松本零士御大と比べるのも気が引けるほど、表紙の御大は柔和で健康そうですね。ホント誰でもいいから御大を機械の体をタダでくれる星まで打ち上げてやってください!

いつ出た本なんだろうとあちこち見てるんですが、どこにもリアルでの発行年月日がありません。あくまでも2966年版なんだと主張してるんでしょうか?

表紙に「映画が999倍楽しめる」とあるので、劇場版999が公開された年に出たのでしょう。とすると1979年あたりのものかと。——30年近くたつとは驚き。そりゃ御大も自分も歳とるってもんです。ちなみに自分は当時9歳。

中をめくってみます。
あれ? あの駅がない。

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銀河鉄道の停車駅って、

地球の次は大泉学園じゃなかった?

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2008年現在、西武池袋線で急行すら停まらない駅ですが、松本御大の家の最寄り駅として、銀河鉄道ではメガロポリス地球駅の次の停車駅は大泉学園になるはずなんですが……

ちょっと銀河鉄道ローカル線の時刻表も見てみますね。

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Σ(゚д゚|||)ガーン  ローカル線なのに
大銀河本線より小さい駅通過してるよ。

なんというカオスなダイヤ。

ちょっと路線図確認してくる……

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( ゚д゚ ) 終着駅が……

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機械の体をタダでくれる星=惑星メーテルって

オチゆーな!!

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この時刻表、絶対に銀河鉄道株式会社から発禁回収の憂き目にあうと思います。

発禁回収したいといえばもうひとつ、
実家に自分が9歳の時の「コスプレ写真w」が、
それもご丁寧に写真立てにいれて飾られていて……

星野鉄郎……オレ\(^o^)/28年前からハジマッテタ orz

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2007年9月 7日 (金)

ヱヴァンゲリヲン新劇場版・序

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上の写真は、先日(8/26)コルビュジェ展のついでに見た
六本木ヒルズ最上階の「スカイアクアリウム」なのですが、
これを見て反射的に

「綾波…」と思ってしまう人は

もはや行かざるを得ない……


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観てまいりました
「ヱヴァンゲリヲン新劇場版」

シネマとしまえんは、観終えたあと1階に降りるエスカレータが、NERV本部の長ーーいエスカレータとかぶって、余韻を噛みしめるのにいい感じです。エヴァ観るなら、日本で一番雰囲気が出る映画館なのではないでしょうか。

基本的にテレビ版の1〜6話をなぞっているのですが、
何を話してもネタバレになりそうなので

自分が持っている模型で表現してみました(笑)

10年前に作った零号機のプラモと
NゲージのDD51+シキ(変圧器搭載)+ヨ8000

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帰ってきてからテレビ版のDVDを見返したのですが、
今回の新劇場版にあたる1〜6話の展開は神がかってますね。
当然のように総時間数はテレビのほうが長いのに、
見せ場の時間は逆に短く濃縮されてるんです。

もちろん新劇場版の、動きも含めた美麗な絵は
映画館の大スクリーンで観て、もはや
「すげぇ」という感嘆しか出てこないのですが、

見せ場の時間を切り詰めたことによる
決戦シーンの息もつかせぬテンポと、
時間軸を分解して再構成した場面展開は
テレビ版のほうがはるかに上。
これだけは断言できます。

ぜひテレビ版を見返してみてください。
10年前にハマった人も
新規の人も

やっぱり凄いアニメだったんだなぁ……

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

新劇場版次回「ヱヴァンゲリヲン新劇場版・破」
の予告がラストにありましたが
カヲル君とゼーレのモノリスがいる場所……

「2001年宇宙の旅」で
モノリス発掘した月面基地のオマージュですよね?


あと、あの眼鏡っ子だれよ?(笑)

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2006年11月29日 (水)

秘技・Acrobatコタツ返し

コタツの設計ミスがあまりにも型破りなものだったので、
「これが間違いだとしたら、いくらなんでも途中で誰かが指摘しているだろう」と思って全員がスルーしてしまい、テーブルの上に熱源がついたコタツが生産ラインまで進んじゃって……
という話が『課長バカ一代』にありました。

Kacyobaka69


じつは僕の手元に、逆コタツ並みのミスを見逃した雑誌のデータがあって「これをひとつずつ手作業で変換か……」と途方に暮れていたのですが、なんとか

インデザインPDFアクロバットでポストスクリプト書き出し色変換PS生データディスティラーで、もう一度PDFに戻す

——という、アクロバットの名の通り曲芸的なゾンビ召還術をあみ出して光明が見えたので、このところ水曜日は所沢校舎に行ってスキルのある学生(彼も本当は江古田組なのだけど)と一緒に、コタツの天板をひっくりかえす作業にいそしんでいました。

ゴールが見えだしたところで彼がうわ言のように

「焼き肉食べたい」

とつぶやきはじめたので、完成後、一緒にいた彼のサークル後輩も含めて焼肉をふるまうことにしました。もちろん、課長バカ的コタツトップ焼肉なんかじゃなくて(笑)ちゃんと江古田の「牛角」を目指します。

今回のリカバリー功労者の彼はちょっとハチクロの真山っぽい雰囲気があるのですが(せっかくなので以下、真山と表記)、11/5、芸祭あとの飲み会で僕がいた公沁舎と彼のサークルが隣り合わせになり、酔っぱらった僕は仕切りのパーティションの上から顔を乗り出して、こういう趣旨の発言をしたらしいです。

「真山! 山田泣かせるなよ!」と。

その後、僕は真山に反撃され頭をひっつかまれる花本先生を演じたあげく、
近くに僕の四年ゼミ生I君もいるのを発見して
飲みの席で卒論指導を始めるという傍若無人ぶりだったそうで……

はっきり憶えてないぞ(汗)

今日、江古田の牛角で楽しく飲み食いした時の話によると、どうやら日芸版ハチクロの真山は本家ハチクロとは違う選択をしたみたいですが、それはあの場にいた人だけの秘密ということで。

なんのタイミングか焼肉の最中、花本先生の携帯にもむかーしワケありだった人からのメールが入ってたりしたのですが、これは伏線のまま放置され、終電をとっくになくした真山と藤田工房の店主は花本先生を巻き込んで江古田でI君が経営する土田工務店を襲撃するというオチです。もはや内輪ネタとハチクロネタが攪拌されて「何が何だかわからない」

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2006年11月14日 (火)

G戦場の赤い戦車

富野由悠季監督の講演をまのあたりにした帰り道で買った日本橋ヨヲコ『G戦場ヘヴンズドア』の続きが気になってしかたない日々を最近過ごしていたのですが、発行から数年たっているせいか近所の本屋は在庫全滅。

今日はなんとか所沢の授業の帰りに練馬駅近くの本屋で2巻を発見しました。

しかし、連載中のものならいざ知らず、これはすでに完結している漫画。2巻を読んだら続きへの渇望感はさらに高まるばかりで、結局電車で池袋のジュンク堂まで出て買ってきてしまいました。

 

いやもう、なにも言えない。
鉄男が久美子の背中に描いた絵、震えた。
というか、なんで僕は
こんなに久美子の絶望感にシンクロできるんだ?

うまく言葉にできません……

さらに追い討ちをかけるように
作品を読み終えたあとの作者のあとがき——
ここでYAPOOS(戸川純)の『赤い戦車』を持ち出すとは

反則ですよ(涙)

ただちに脳内再生できる(つまりハマってた)人にとって
『赤い戦車』はこの世に存在する
どんな戦車よりも強力な兵器なのですから。

やわらか戦車なんてお呼びじゃないのですよ(汗)

若い頃にあの歌に引っかかってしまう人って
きっと本当におびやかされた経験をしたけれど
それで(死を選ばなかった、ではなく)
死を選べなかった人だと思うんです。

Gsen

手前が『赤い戦車』収録アルバム YAPOOS「ダイヤルYを廻せ!」

iTunesが入ってるパソコンなら
『赤い戦車』冒頭の30秒

♪水彩画より油絵の凝固した色味にも似た
 迷いなく確固たる動かぬ血の色の野望
 Red Bloody The Will Is……

までなら無料視聴できます→ 【[Click] iTunes URL】
150円でダウンロード購入すればサビの

♪傷を染める清冽な赤 凝視するほど傷は癒える
 ペインティングス 赤く輝く血は源泉
 死人じゃないってこれほどまでに確信する色

 突き上げるあつい想いが描きなぐった血の色の

 ペインティングス まるでキューブな自己実現
 生きるために生まれたんだと確信する色

まで思う存分聴けますが、
あえて他人に、聴け! とは押しつけたくない曲ですね。
気づかないでいられるほうが、きっと健康——
そんな感じです。

最近はやりごとのように、いじめ自殺が連鎖してますが
どうもね、出会ってないような気がするんですよ
『赤い戦車』みたいな存在にね。

誤解のないように書いておくと
『赤い戦車』にしろもっと即効性のある何かにしろ、
外野の思いこみで押しつけたってダメ。
弱ってるガキが自分で出会わなきゃ意味がない。

面倒をみるってのと育てるってのは
似ているようでまったく別のことですから。
過剰サポート抜きに「自分で出来た」という実感がないと、
成長なんてありえないでしょうに?

……いかん、なんか説教臭くなってきたので
  ここらへんで強制終了。

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2006年11月10日 (金)

バトルオブシリコンバレーとライセンス料の甘い罠

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パーソナルコンピュータが世界を変える力になると直感した二人の青年、スティーブ・ジョブズとビル・ゲイツ。アップルとマイクロソフトを立ち上げた二人のライバル関係を描く再現ドラマ
『バトル・オブ・シリコンバレー』
を今年も文芸特殊講義IXで学生に観てもらっています。

二日前にナマ富野由悠季カントクの講演を観たばかりなので、どうしてもジョブズのキレたカリスマっぷりにカントクの姿がダブります。

一方、ビル・ゲイツは、開発したソフトをまるごと高額で大会社に買ってもらうことよりも、版権は渡さずソフト一本ごとに小額のライセンス料をいただく方式にこだわりました。

もし富野カントクがビル・ゲイツのように「ガンダム」の商標権を自分で所有していたとしたらどうでしょう? ガンダムのプラモデル一個につき5円のライセンス料だったとしても、恐ろしいほどの小銭が集まって山と積まれるはずです。

一昨日「60歳でようやく家が建ちました。おめでとう」とカントク自身が自嘲気味に話していましたが、逆にオモチャ屋にしいたげられた逆境がなかったら、65歳の現在までバリバリ現役でやっている富野カントクは存在しなかったんじゃないでしょうか?

『バトル・オブ・シリコンバレー』上映後、このドラマのエンドでは負け組のジョブズが現在iPodで気を吐いていることに関連して、正当なリスナーを頭からコピー泥棒扱いしてる現在の音楽利権ゴロに対する怒りをぶちまけてしまいました。自分としては冷静に話していたつもりなんですが、思いきり長くなって途中でチャイム鳴っちゃいましたね(汗)

そうそう、余談ですが、ネットで見つけたビル・ゲイツのスピード違反逮捕画像を見せて、一緒にシド・ヴィシャスの画像が出たときにも言ったんですが、『NANA』が好きなのにシドって何者?という人がいたら、いますぐにでも映画『シド・アンド・ナンシー』を借りてきて観るべきです。

ピストルズのファンには不評だったり、いろいろ映画としてどうなのよ、という声はよく耳にするけど、若い頃に観ておくべきっつーか、若い頃に観ないとつまらない映画というのがあって、『シド・アンド・ナンシー』は確実にそのたぐいの映画です。

ちなみに僕も観たのは19歳の時。
見終わったあとの空虚感が満たされなかったら、
漫画『デトロイト・メタル・シティ』でも読んで笑えばいいと思うよ(笑

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2006年11月 8日 (水)

富野由悠季カントク日芸来襲

『もてはやされる時代にどのように対処すべきか?』
—結果を見ても始まらない。未知なるものを求めるしかない—

という演題で富野由悠季監督の特別講義があるというので、自分の授業がないのをいいことに、江古田での仕事を午前中でキッチリ上げて所沢校舎に向かいました。

富野さんのキャラとか武勇伝はいろいろ耳にしているので

(きっと地球にコロニー落としそうな勢いで「演説」するんだろうなー
 ガンダムのカントクが来るっていうんで教室にもぐった
 物見遊山気分の学生はビビるだろうなー)

とワクワクしながら僕ももぐりました。すぐこの枠担当の先生に発見されて、青木先生はむしろスタッフ側でしょ、とプリント配りなど手伝うことになりましたが、そのくらいいくらでも買って出ますよ。トミノ節が好位置でまのあたりにできるなら(あはは)

トミノ節は冒頭から炸裂。
いきなり学生に「この一年で先生からなにか創作の確かな方法論を学べたか?」という趣旨の質問をし、200人教室を埋める学生たちから確かな声が一つも出ないのをみるや

「大人から教えられることなんてなんにもない」
 と唐突に絶叫(キター!)

 いきなり大学教育全否定\(^o^)/

「フィギュアスケートなんて二十歳前のやつが世界一。ほんとうに才能があるヤツは、いまこんなところで教室に座って人の話を聞いてなんかいない」

 いきなり聴衆を愚民扱い\(^o^)/

「ギャラをもらってオリジナルを作る練習ができるのは、当時はロボットアニメだけだった」という話は、なるほどと思いましたね。

よく知られた話ですが、ロボットアニメはスポンサーであるオモチャ屋の言いなりな部分が多々あるわけです。そして、富野さんは「含羞の人」なんですよね。たとえオモチャ屋が関与してきても、アニメ製作者として自分の名前が出る以上、恥ずかしくないものにしたいという気持ちが、結果的にスポンサーと闘いつつ空前の作品を生む原動力になったという流れは、すんなりと飲み込めました。

富野さんが「含羞(はにかむ、恥じらうの意味)の人」だというのは、わざと聴衆をアジるように突然絶叫して、学生たちがちょっと引き気味に静まり返ったあと、普通の口調に戻る瞬間かすかに現れるおもはゆい表情から、ふと僕の頭に浮かんだ言葉です。

富野語録は他でも目にすることができるけど、こういう、その人だけが持つ「間」みたいなものは、やっぱりナマじゃないとわかりません。いやー、来てよかった!

それにしてもコミュニケーション能力ってこういうところにあらわれるんですね。短気ですぐ怒鳴り散らす危ない人と富野さんの決定的な違いは、素早い気持ちの切り替えと、その際、人に対して心のドアをちょっとだけあける「間」と見ました。

これですかね?
数々の危機に潰されず
支持されてきた富野カントクの秘密は!? 

……まあ、含羞の人というわりには、90分の講義のあいだ、10回くらい「おまんこ」って叫んでましたけど、そこも偽悪家ぶってるみたいで可愛らしいじゃないですか! むしろ含羞のトッピングみたいなものだと思えば新しい世界はすぐそこですよ
(´∀`) '`,、

「45歳までは君たちも挽回できる。
 人間の基本は9歳までの、
 当時は解決方法が見えなかった欲求で、
 それからは逃れられない。
 それが何だったか思いだせ!」

(ちなみに富野さんは「宇宙旅行」と、
 そのころ目にしてしまった
 「女の人がいじめられてるようなエロ本」だそうで…)

という終盤の富野さんの言葉を反芻しながら帰りの電車に揺られ、9歳の頃の叶わなかった欲求をつらつら思い返して「ああ、ホントそうだわ、オレ、書いてる小説そんなんばっかりだ」と納得しつつ、所沢で乗り換えずに新宿まで買い物に出たので、そこから家路につく電車内で読もうと、紀伊国屋フォレストでマンガを物色しました。前々から「面白い」という声を耳にしていたのもあったけど、日本橋ヨヲコ『G戦場ヘヴンズドア』の帯に

「こいつらの情熱には背筋が凍り付く!
 漫画界が怖くて
 なんか逃げ出したくなってくるぜ」

なんていう煽り文がついていて
しかもその言葉を寄せたのが島本和彦だった日には、
手に取らずにはいられないでしょう。

昼間の富野さんの熱さが残る手に
この本はものすごくしっくりくるような気がしたのです。
山手線→西武線の車内で読んでいくと、
それは確信に変わりました。
シンクロニシティってのはあるもんだね。
あまりにも出来過ぎてるけど、でもホントなんだよなぁ

 人気マンガ家の父親に反発して小説家を目指す町蔵は、
 逆にマンガだけを心のよりどころにしている鉄男と
 原作+マンガ描きの「戦友」として結びつく。

 いよいよ作品を応募する時になって、町蔵は  
 忌み嫌う父の世界の編集者である、鉄男の父と出会う。
 彼から町蔵はこんな言葉を浴びる。

「こう育ったか。かわいそうになぁ。
 気づいちゃったんだよなぁ、
 誰も生き急げなんて言ってくれないことに」

「見ろよこの青い空 白い雲。
 そして楽しい学園生活。
 どれもこれも君の野望を
 ゆっくりと爽やかに打ち砕いてくれることだろう。」

「君にこれから必要なのは絶望と焦燥感。
 何も知らずに生きていけたらこんなに楽なことはないのに、
 それでも来るか?
 君はこっちに。」


    日本橋ヨヲコ『G戦場ヘヴンズドア〈1〉』より


確かにウチ(日芸)も、
アートっぽい雰囲気の中で
充実したキャンパスライフをおくりながら
ナチュラルにじわじわと現実を教えられ、結果的に
芸術家への夢をあきらめさせられる場所だったなぁ…

……と述懐する卒業生が、
  きっと数えきれないほどいっぱいいるはずです。

  で、そのことを当人たちが悔いてるわけではない。
    

首根っこをつかむ勢いの富野さんは、
その対極にありましたね。

終盤では「45歳まで挽回のチャンスはある」といいながら
序盤を思い返せば
「もうおまえらは出遅れてる」
「才能があったら今こんなところで時間をつぶしてない」
つまるところ、生き急げ!とアジりまくり。

まさしく
逆襲のシャアのように
いますぐ愚民どもすべてに英知を授ける勢い
でしたよ。

熱かった。

関連エントリ→「逆襲のシャア」

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2006年8月22日 (火)

【高校野球】これが地元紙クオリティ・島本登場

夏の帰省で苫小牧に滞在している時に、
駒大苫小牧が決勝戦に進むのが恒例になるなんて、
事実はマンガより奇なり、って感じでしょうか?

惜しくも三連覇はなりませんでしたが、
決勝戦同点のまま延長15回で再試合って、それなんて逆境ナイン?

しかも再試合のクライマックス、最終打席は
ピッチャー早実の斎藤 VS バッター駒苫の田中というエース対決。

最高の見せ場として出来過ぎなくらいです。

8月22日の北海道新聞朝刊は見ての通り地元シフト。
「早実初V」のサブ見出しの小さいこと(笑)

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そして第一社会面にて、しっかり

島本和彦のコメントゲットを外さないところは

さすが北海道新聞クオリティ!

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2006年8月13日 (日)

ニンテンドーDSを貰い、ブライトの訃報を知る

3/7「インターフェイス…そのボタンの意味は?」のエントリで話題にしたデジタル一眼レフE-300なのですが、その後、お貸ししたd女史はE-300で撮ることの心地よさに開眼し、自分で一眼レフを買おうかと思うくらいカメラ熱が高まっていました。そして再び貸しだすことになったのが4月下旬の話。

貸すためにメンテナンスしている時に悲劇(というより人災)は起きました。

フォーカシングスクリーンについたゴミがどうしても取れず、レンズを外して掃除機で吸い出そうと(←馬鹿)したらよけい埃がついたので、取ろうといじってたらスクリーンごと外れて機械の内臓がはみ出す重大事故発生……

アホですね。
すぐさま貸しだすはずだったd女史にメールで連絡。

「E300のメンテナンスしてて逆にやばいとこに手を入れて壊してしまった(涙)ごめん〜 オリンパスのサービスセンターに持っていって修理費かければ直ると思うけど…… ジャンク品でよければもうタダで譲りますよ(涙)少なくともレンズは完璧なので使えます」

というわけで、E-300は内臓がはみ出たままd女史に引き取られて行ったのでした。
少なくとも修理費2万円以上かかるだろうなぁ……と思っていたら、見積もりしてもらったら4000円くらいで直るとの話。「意外と修理費安かったからちゃんとお金払うよ〜」というd女史に、

僕は冗談のつもりで
「じゃあニンテンドーDSに〈えいご漬け〉つけて誕生日にくれ(笑)」
と言ったら真に受けてくださり(恐縮)今日、ちょっと早めの誕生日プレゼントとしていただいてしまいました。

ちっちゃいiBookみたいな質感のDS Liteは
アップル製品とデザインの親和性が高いですよね。

Dsliteapple

今年「ネットの力で「わらしべ長者」になった男
というトピックスがありました。1個のペーパークリップを物々交換サイトに出した男性が、物々交換で念願の家を手に入れたという話です。そのレベルまでには越えられない壁がありますが、

壊れた壊した(汗) オリンパスE-300 ニンテンドーDS Lite

のレベルでもめっちゃラッキーです。
d女史殿、ありがとうございます。

話題はうってかわって……

某雑誌の仕事でd女史がテープおこしを担当した、某ロボットアニメT監督の対談から、結局カットされてしまったけど、メチャクチャ面白かった亀田ばりの挑発大言壮語(僕もSF作家K氏のファンなのでウケた)について裏話をうかがったりしている流れで、僕は初めてこの悲報を知りました。研修旅行に行っている間、ネットやニュースから離れていたせいか、情報にエアポケットが生じていたようです。

 声優の鈴置洋孝さん死去
 「ガンダム」のブライト艦長役


 鈴置 洋孝さん(すずおき・ひろたか=声優)が6日、肺がんで死去、56歳。葬儀は近親者のみで済ませた。後日しのぶ会を開く予定。連絡先は東京都渋谷区桜丘町29の10の賢プロダクション。「機動戦士ガンダム」のブライト艦長などを演じたほか、舞台のプロデュースも手がけた。
( 2006年08月10日19時17分 asahi.com )

ブライトさんは、アクの強い名キャラクターを多く輩出したガンダムにおいて「普通の人」であるがゆえに、僕にとって強く印象に残るキャラクターです。普通の人じゃない(笑)シャアに「やるなブライト」とつぶやかせるような働きをしたときに、思わず心の中で「グッジョブ!」とエールを送らずにはいられない愛すべきキャラ。

そんなブライトさんの一番好きなシーンは、
あの「殴ったね 親父にもぶたれたことないのに」というアムロの有名なセリフを引きだしたシーンです。(機動戦士ガンダム・9話「翔べ!ガンダム」)

アムロを勢いで殴ってしまい、一瞬しまった!という顔を見せるも、すぐに居直るブライト——

「殴ってなぜ悪いか!
 貴様はいい、そうして喚いていれば
 気分も晴れるんだからな!」

そうだ、その通り! でもアムロから顔をそむけて目を見据えることなく言い放つさまに(ブライト弱っ!…でも、そこがたまらない!)と、僕の心はキュッとつかまれてしまうのです。本当は二十歳そこそこの若者なのに、父親役を背負わなければならなかった彼の切なさがいい。

鈴置さんの声とともに、
あのシーンを忘れることはないでしょう。

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2006年8月11日 (金)

インダストリアルなメカフェチ的帰路

職場の研修旅行(現地集合)のため、伊香保を目指して関越道を疾走。
ボンネビルのジェントルな二気筒エンジンのリズムも、
高速では連続音のうなりとなって、
ハンドルに伝わる振動でビリビリと手を痺れさせます。

お盆の帰省渋滞は前倒しされなかったようで、意外と快調な流れ。
……だというのに、すいてる道中で、
わざわざ僕の直後にピタリとつけてくるスカイラインが!?

なんだコイツ?……と思ったら、学科主任のY教授でした(笑)

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

そして研修(というよりは懇親)の会がつつがなく終了した翌朝——
現地解散なので、帰り道は好き勝手に寄り道ができます。

まずは榛名湖をめざしてヒルクライム。陽射しを浴びているというのに峠の空気は冷たくて、東京までずっとこのままでお願いしたいくらいの心地よさ。
お約束の『頭文字D』スタート地点での一枚。

20060811_akina

榛名湖からは榛名神社へ下る道を行き、そのまま南下。
国道18号に出て、東京とは逆方向へ。
碓氷峠鉄道文化むらに立ち寄ります。

以下、人目をはばからずメカフェチ趣味全開。

Dml61
なんだか判らない写真でしょうが、DD53の機関室です。
(と説明しても、一般の人には  ハァ?(゚Д゚) って感じですよね)


親子連れが競うように機関車の運転席に座って記念写真を撮っているのを尻目に、僕は運転席の背後に開いた小窓から内部を覗いて(これがDML61Zエンジンか。実物を初めて見た。ありがたや〜 ラジエターが室内配置とは、これまた思いきった設計! 除雪車としての稼働環境を考慮しての設計か? すげー)と悦に入っていました。その陶酔度がどのくらいかというと……(読み飛ばし推奨↓汗)

ロータリー式除雪車の決定版として登場したDD53は、定評ある61,000ccのDML61Zをロータリー用に改良したDML61Z-R 12気筒エンジンを2基搭載。1基走行用・1基投雪用として自走も可能だが、補機DD20の後押しによる2機関フルパワー接続の2200馬力投雪は圧倒的で、新潟地区の山間部ではその力を遺憾なく発揮した。しかし、平野部では投雪によって線路際の民家を破壊するほどのパワフルさが災いし、量産は見送られることになった。わずか3両の生産にとどまったものの、オーナーにとって、この選ばれしシーンで際だつプレミアムな存在感は、エコノミークラスのDD14タイプでは決して味わえないステイタスであろう。

 

……とカーグラフィックTV」ばりの脳内解説が、
古谷徹の声で始まってしまいそうな勢いです。

ただ、さすがの僕も、この場において落語のように
「ひとり松任谷正隆&田辺憲一」を演じてしまうほど
危険な人物ではありません(汗)

しかし、あからさまな外車信仰で有名だったカーグラのこと、もし鉄道版カーグラTVがあったなら、故障続きで使い物にならなかったDD54のドイツ製機関さえヨイショするんだろうな……なんて妄想してしまいます。

Dmh17
こちらはキハ20の水平対向8気筒 17,000cc DMH17エンジン。
実物に触れて、エンジン自体より、ラジエターファンが推進軸と同軸のシャフトで駆動されるシンプルな構造に感心しました。それだと回りっぱなしで冬場はオーバークールしないのだろうか? もしかしてファン軸のほうにクラッチがついていて切れるのか?とか、興味は尽きません。

さて、

世の99%の人を ( ゚д゚)ポカーン  と突き放す勢いで、
次の目的地は安中です。

安中といえば東邦亜鉛!

山の斜面に張りつくように安中駅の背後に迫る工場の姿は、
奥多摩鉱業とならんで関東地区の工場フェチ心をくすぐる逸品です。
最近では人気マンガ『ハチミツとクローバー』の竹本君の回想に

河が汚れるからと母はイヤがったが
夕暮れになると灯がともる
この山を覆う亜鉛工場が
父とボクは好きだった       (2巻 p.11)

……と登場するなど、少なくともDML61Z型エンジンの1万倍くらいメジャーな存在となりつつありますね。(たぶん)

とにかくこの東邦亜鉛安中工場は、以前軽井沢帰りの車窓からその偉容を見て以来、いつか改めて写真を撮りに行かねば、と思っていたのでした。

Tohozincannnaka_1

ちょっと本城直季ふうにいじってみました、Photoshopで。

本城氏はティルトレンズを使い、実際の風景をミニチュア風に写してしまう作風で知られています。■こちらにインタビューもあります。

Pgtakasaki_1

これは今回撮った写真ではなく、10年近く前に電車内からフィルムカメラで撮ったものです。高崎あたりで車窓に現れたナイスなフォルムの工場に、とっさに反応して撮ったのですが、その後、これが何の工場なのかわからないまま、ずっと
「未来派的感性をくすぐる姿だなぁ」と恋い焦がれていました。

だからでしょうか? ——安中での撮影を終えて、あとは心おきなく東京へ戻るだけとバイクを走らせていた僕の目が、街並みの向こうに突き出る煙突の形を見ただけで「あの工場だ!」 と確信できたのは。

その煙突を目指し、すぐさま脇道に入った僕は、
土地勘のなさから見事に迷路地獄にハマってしまいました。

やっと工場に近づけたかと思えば、近すぎて工場自体の倉庫に視界を阻まれたり、適度に離れていいポジションかと思えば民家が林立していて写真が撮りづらかったり、結局線路内からじゃないとカッコよい角度で眺めることができないのだと、さんざん走り回ったあとで悟りました。

そのため、新しい写真はナシですが、この工場が「P&G マックスファクター高崎工場」であるということがわかっただけでも収穫でした。

電車でよく見かける美少女の名前を
ようやく知ることができたような心境です。
(重症だな)

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

帰宅してから、写真を本城直季ふうに加工するのがだんだん面白くなって、昔、東京都の工場フェチの聖地・奥多摩鉱業で撮った写真もいじってみました。ここは、垂直の断崖に張りつくように工場が建てられていて、晴れた日の午前9時から10時くらいの間に、工場を逆光にしたまま向かいの河原だけに光が射す瞬間があります。

これは、その幸運に出会えた写真。
暗がりのなかで威圧感を放つ工場を背景に
当時の足・F650GSが光の中にたたずむ瞬間を捉えることができました。

2003年5月1日 午前9:57

20030501_okutamaco

■使用カメラたち 

SONY DSC F-88(今回)
RICOH GR DIGITAL(今回
 

Nikon E-5000(昔

Nikon F2 28mmF2.8(昔)

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2006年8月 9日 (水)

キノコ雲を美しいと感じるのはタブーなのか?

先月のこと——
絵を描く若い女性と話をしていて、なぜか広島の話になり、

「あー、ヒロシマ、昔行ったけどもう一回行きたいな、原爆記念館。
 
キノコ雲って、あの独特の形といい、色といい、
 人類がこんなスゴイものを作り出せるのか、って圧倒された

という彼女の屈託ない言葉に、ちょっとギョッとしたのでした。

そして次の瞬間、ギョッとした自分に対して「原爆に対して悪の属性以外を見てはイケナイという平和教育の刷り込みを通してしかモノを見ていないのでは?」と検証モードに入ったのです。

そういえば、『AKIRA』で圧倒的な都市崩壊のさまを描き出した大友克洋が、阪神淡路大震災でビルの中層階がつぶれてブラインドが整然と外側に垂れ下がっている映像を見て、『AKIRA』を描いている時には、ビルが崩壊した時にこんなふうになるとは想像していなかった。これを見ていたら描き方が変わっていたかもしれない、という旨の発言をしていて、

うわぁ。こんな素直に自分の興味が引かれたことについて発言してしまっていいのかよ。さすが大友克洋。やばーっ。——と思ったのですが、

実のところ、
キノコ雲に造形的美を見てしまった彼女も、
崩壊したビルに一段上のリアリティを見てしまった大友克洋も、
戦争讃美や被災者迫害という意図はまったくないわけです。

むしろ人間として正直に思ってしまったことを表現しただけ。
少なくとも、
イデオロギーのために黒を白と言うような危険性はない言葉です。

反戦平和活動家からはすさまじい批判を浴びそうですが、むしろ、感情の下地を考慮することなく言葉の表面だけをとらえて一緒くたに非難することこそ、ファシズム的と見ることもできます。

そう考えると、平和教育を刷り込まれた僕らのほうこそ、兵器=悪というルールでマスキングされた、まったく逆の意図を持つ操られ方をしてしまうかもしれません。

たとえば、ジブリアニメ『ゲド戦記』のCMで聞き飽きた

「命を大切にしないやつなんて大嫌いだ!」

ってセリフが、いつのまにか

「命を大切にしないやつなんて皆殺しだ!」

なんて矛盾したセリフになっても
うんうん、命を大切にしないやつは殺していいよね、
と納得しているかも知れません(汗)

だから兵器が悪だとか決めつけて安心する前に
自分の頭と言葉でちゃんと考えてみなきゃダメですね。
戦争のヤバいところは、実際どこなのかを。

というわけで、僕のバイアスがかかった見方を開陳しますよ(汗)   

戦争の何がヤバいって、自分一人がやめたいと思っても、個人の力ではどうしようもないほど大きな流れになってしまっているところ。

……と言えば「でも、そういう話なら戦争に限らず、企業組織などでもよくある流れじゃない?」という疑問が返ってくるでしょう。そう、これ、人間社会ではよくあること、なんです。

オウム事件を内側から取材した森達也は
組織の中で自らの判断力を喪失する信者たちを見て
「人は善人で優しいまま人を殺せる」という名言をつむぎました。
これは本当にいろいろな局面でおこりうることです。正直怖いです。

だから大きな流れとなって暴走が始まってしまっても、
兵器さえなければ戦争が起こせない。それが最大の予防なのではないか?
という意見にもうなずけるところがあります。

しかしまた、こういう事例もあります。

マグロ漁船などのフラストレーションがたまりやすい閉じた環境でケンカが起きると、カッとなって刃物を持ちだすやつもでてきます。そのとき、周りの人間はどうするか? ——なんと、刃物を向けられた相手にも包丁を渡してしまうらしいです(汗)    すると最初に刃物を握ったやつも、本能的にヤバイと感じるのか、不思議と冷静になれる場合が多いと聞きます。(このエピソード、誰のでしたっけ? もし知ってる方いらっしゃいましたら教えてください)

これはお互いに核兵器を持った抑止みたいなものですね。
こちらのほうが「人間を信頼したやり方」のような気がします。

だから僕は「核兵器は悪」とは言いたくても言い切れないんですよ。

少なくとも、この半世紀以上世界大戦を抑止できた「実績」は認めざるを得ないような気がするんです。核廃絶原理主義の人からは「そんな馬鹿な。核がなければもっと平和だった」と一笑に付される気がしますが。

結局のところ僕には
「なんでも危険なものを取りあげさえすれば問題が解決する」とは思えないってことですね。
むしろ悪魔のようなパワーを手にしたとて、それをコントロールできるのが人間だと。そう思いたい。

個人レベルでいえば、性欲だって悪魔のようなパワーです。
そのレベルなら、個人の力で対処できる。いや、むしろ他人とは交換不可能な「自分」の力で対処するところに面白味があるというべきでしょうか?

なんか回りくどい言い方になってしまいましたが、
つまるところ、信頼できる相手と良いセックスをしたあとに
戦争なんて面倒なことする気になれないでしょう? 
そういうことです。
ミクロの愛情不足が根本原因なのにマクロの視点から解決しようったって…ねぇ。

って、なんか村上龍の
『すべての男は消耗品である』みたいな結論になっちゃいましたね(汗)   

……いまや龍さんもすっかりマジョリティに受け入れられることで、イメージが説教オヤジくさくなってしまったので、ここは実際に思いつきを「実行」してしまったマイノリティな例を引きあいに出してシメましょう!

「私たちにできる平和活動」と銘打って、同時に一つの場所に集められた500人が、初対面ではじめましてからセックスに至るまでを克明に記録したアダルトビデオ

『人類史上初!!超ヤリまくり!イキまくり!500人SEX!!』

いやはや(笑)
現代日本以外にこんな映像を作れるところはないでしょうね。
こういうの見せられると、戦う気も失せます。
平和活動家のヒステリックな叫びのほうが
よほど戦争に近いと思っちゃいますよ。

さすがにリンクまでは張りませんので、興味のある人は自分の力で見つけてください。

え? メーカー? こんなこと思いついて、そのうえ実行してしまうなんて

「SOD」に決まってるじゃないですか(笑) 

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2006年7月13日 (木)

ゼーガペイン#15 リインカーネーション

今日のゼーガペイン——

やってこない夏休みの終わり。
「あなたは舞浜の夏を
100回以上生きているのよ」

で、

涼宮ハルヒを思いつくヤツはガキ

ビューティフルドリーマーを思いつくのはオヤジ

……え? 僕ですか?

神林長平マニアの僕としては
『甘やかな月の錆』早川文庫『言葉使い師』所収)
は外せませんね、やっぱり。

「ぼくのママはきれいなひとだ。」から始まるあの小説。

ほんとうに愛している人を腕の中にいだくため。
——ループから抜け出したからそう思えたのか?
——そう思えたからループから抜け出せたのか?
行き着く先にあるのは、錆びつくこと、汚れることを許された世界。
「コム、あなたはわたしの子供じゃないみたいよ」

神林は「雪風」と「海賊」しか読んだことがないなぁ、
という人にもぜひ触れてほしい、神林長平の別の顔です。

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2006年7月 7日 (金)

七夕

ものごとの基本をうっかり忘れていることが多くて

「織女と牽牛はどうして一年に一度しか会えなくなったんだっけ?」

と、このあいだゼミの学生に聞いてしまいました(汗

そうそう、もともと働き者の二人が色ボケで怠け者になったからでしたね。

実にいい話だ(えっ!?

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

所沢での講義の帰りに、所沢駅の本屋に寄って買いそびれていたコミックを何冊か購入しました。一口コメントを……

『デスノート』12(最終)巻
→△ ジェバンニに全部やらせて良かったんですか?

『放浪息子』5巻
→◎ あいかわらず心の小さなささくれを見つけてくれますね。痛くて素敵。

『NHKにようこそ!』5巻
→○ どんどんヤバくなりますね(汗) 本当にアニメ化できるの、コレ? …というか一番ヤバいのは、脱・ひきこもりしたら本当に小説を書くモチベーションが消えてしまった原作者の滝本さんか(汗

雑誌『マンガエロティクス[f]』
→山本直樹トリビュートだったので購入。

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2006年7月 6日 (木)

涼宮ハルヒの憂鬱を見届ける

うちで受信できるUHF放送は東京MXTVだけなので、他の局の視聴組から大幅に遅れて、この水曜深夜に、アニメ『涼宮ハルヒの憂鬱』の最終回を見届けたわけです。

これほど「最終回」という言い方がフィットするアニメはないですね。
なにしろ「最終話」ではないのですから。(最終話は14話中9話で放映)

ただ、時系列シャッフルなんて本来ありふれた技です。

最近の読書でいうと『スカイ・クロラ』シリーズなんて一巻目が一番未来だし、『STAR WARS』のエピソード1は何作目だったっけ?)逆に、回想などを入れず忠実に順列を守っているお話を探すほうが大変かも

しかし、ちゃんと順列にそった話数が準備されているのに、
放映時に放映順をシャッフルするというのは、さすかにハルヒが最初でしょう。

涼宮ハルヒの憂鬱 FAQより

【時系列について】
Q.なんか話がすっとんでるんですけど・・・。
A.どういう意図か、メインエピソード(涼宮ハルヒの憂鬱I〜VI)の最中に その後のサブエピソードが挿入されるという無駄にややこしい構成になっています。
ちなみに、予告でキョンが言う話数が放映順
ハルヒが言う話数が本来の時系列順になっています。
今までのエピソードを時系列順に並べると、以下の通りになります。


時系列  放映順
(ハルヒ)  (キョン)
第01話  第02話 涼宮ハルヒの憂鬱I
第02話  第03話 涼宮ハルヒの憂鬱II
第03話  第05話 涼宮ハルヒの憂鬱III
第04話  第10話 涼宮ハルヒの憂鬱IV
第05話  第13話 涼宮ハルヒの憂鬱V
第06話  第14話 涼宮ハルヒの憂鬱VI
第07話  第04話 涼宮ハルヒの退屈
第08話  第07話 ミステリックサイン
第09話  第06話 孤島症候群(前編)
第10話  第08話 孤島症候群(後編)
第11話  第01話 朝比奈ミクルの冒険 Episode00
第12話  第12話 ライブアライブ
第13話  第11話 射手座の日
第14話  第09話 サムデイ イン ザ レイン
 

この先10年は、

「時系列シャッフルしたアニメはハルヒのパクリ」
と言われちゃいそうです。

やれやれ。パクリ指摘って不毛ですよね。
エヴァの次はハルヒかい!

今回のハルヒ最終回を観ていて、
あ、ここで音楽にクラシックを使うことで、わざと「○○はエヴァのパクリ」病患者を釣りにかかったな——と、その皮肉にニヤリとしました。

ハルヒにはエヴァのような謎など存在していません。
エピソードは原作のライトノベルに忠実で、
僕らには「世界の行く末を知った上で観るか否か」
という選択肢が用意されていたのですから。

そういうメタ構造を「もうお腹いっぱい」と言わせるくらいに盛りつけたのがハルヒ現象だったわけです。

エヴァで庵野カントクが、物語の決着もついてない状態で登場人物に自己啓発問答を始めさせ、アニメなんか観てないで己の現実に(#・∀・)カエレ!と視聴者を突き放したムリヤリさとは質が違うんですよ。(リンゴとトマトは違う、というレベルの問題で、どっちが上、ということが問える質ではないです。)

結論としては、パクリ指摘厨はそろそろお休みください。ってことですね。

菊地成孔の名曲「普通の恋」の歌詞になぞらえて言えば「11歳でドストエフスキー、15歳でエヴァンゲリオン」っていうのは「最悪のコース」以外のなにものでもありません。すべてを計る万能の原器を手にした少年は、それを手放さない限りいつまでたっても少年なわけで、永遠の少年なんて響きはいいですが、リアルワールドにおけるそれがいかに醜悪なゾンビなのかは……

まぁいいや。(  ゚Д゚)っ < 『銀河鉄道999』
でも観て
さらば少年の日よ。マジオススメ。Dakara(笑

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2006年6月 6日 (火)

仮想現実ものとズゴックのツッコミの手

天気予報は夕方の雷雨を予想していたので、バイクじゃなく電車で所沢に出校することにしました。駅前の本屋で、学生から薦められたコミック・篠房六郎『ナツノクモ』の1,2巻を買い、電車内読書。

ネットゲームと、オンラインによるカウンセリングを融合させた世界が描写されていきます。けっこう夢中になって、所沢に着くまでに1巻は読了しました。

仮想現実ジャンルにおける、
「ちゃんと現実のほうに生身の肉体がある系」の作品ですね。
リアル肉体の死、キャラクターとしての死、データ消滅、という三つの死の形をちゃんと区別してストーリーに活かしているところがなかなか良い感じです。

一方「生身の肉体は存在しないor眠っている系」といえば、いま放映中の『ゼーガペイン』です。いわゆる日本のロボットアニメなのですが、データのみの存在となってしまった人類が、物理的な現実に干渉するためのマシン(幽霊の乗り物みたいなもの)として巨大戦闘ロボを使っているところが目新しいところです。

『ナツノクモ』と『ゼーガペイン』をアタマのなかで対比させながら、ふと、絵画盗作で最近話題の和田氏のことが浮かびました。和田氏がパクリ元のスーギ氏と一緒に写っている場面はありません。それは日本とイタリアだから、というもっともな理由からですが……

なりきり仮想現実的にいうと、
和田氏はスーギ氏のPC(プレイヤーズキャラクター)で
二人は同一人物だった——という衝撃のオチが一番面白いんじゃ?

で、じつはテレビのワイドショーも
「フェィクギャラリーVer.1.0」とかのネトゲ実況してるだけ。
裏で糸をひいてるのは文化庁。
それに感づいた公安9課が……

……なんておバカなことを妄想してしまいます。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

昼休みにゼミ雑誌ガイダンスを終えてからゼミII。

先週、参考に『村上龍料理小説集』からの抜粋を参考に渡して、
味や匂いや手触りなど、言葉で説明しづらいものを表現せよ
(ショートストーリー、エッセイ、評論など形式は問わない)
というちょっとやっかいな課題を与えたので、

何人やってこれるかな? とヒヤヒヤしていたのですが杞憂でした。

視覚を奪うことによって匂いを際立たせる話や
チョコレートの味から本来ないはずの汗や涙のしょっぱさを透析する詩や
自分を無意識に縛っていた人間に同じ匂いを帯びた人によって気づいた話や
姉的存在の皮肉に苦笑いを返す瞬間に百合の残り香でトリップする話や
『美味しんぼ』と『将太の寿司』にみるウンチク芸とリアクション芸の分析や
目的を限定しない、散歩という行為に匂いを重ねる散文や
言葉にしづらい感触を、文章ではなく漫画で表現してきた人までいました。

いつも思うんですが、
突拍子もない課題を出したとき、意外と答えがかぶらないのがすごい。
こちらが最悪の事態を想定しても、奴らは必ずその斜め上を行くのです(笑)
いい意味で。

H菜さんの漫画で、ツッコミの手がズゴックになってるところに、僕は少々訝りながら(最近偶然にしては周囲にガンダムねたが多すぎる…)と思ったのですが、その部分の作画に特別アシスタントとして「百式Tシャツ」のMさん(6/2のエントリ参照)が招かれていたということで納得しました(笑)

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2006年6月 2日 (金)

逆襲のシャア

DTP実習を終えたあと、とある学生さんから質問を受け、今日の文芸特殊講義IXの「ロボットが心や意識を持つというのはどういう状態を示すのか」というテーマについて、授業で語りきれなかったことを話していました。

話の流れから、彼女がかなり深いガンダムマニアであることが判明。
去年、僕の授業に「百式Tシャツ」を着てきたのは君だったのだな(笑

「『逆襲のシャア』のクェスはむかつきますよね」
と聞かれて、僕は反射的に
「うんむかつく」
と答え、
「ああ良かった。先生にクェス好きとか言われたらどうしようかと」
と安堵されたのですが……

帰宅してから、家に常備してある『逆襲のシャア』DVDをプレーヤに放りこみ
ひさしぶりに見返してみると……

好き嫌いが行動原理であるクェスのトラブルメーカーっぷりは
やっぱり神経にさわりますが、
ちょっと以前よりは余裕をもって見られるようになりました。

なんというか、クェスって、わがままを許された美しい少女特有の、
筋が通った純粋さを持ち合わせている気がするんですよ、
他人に自分を合わせることを学習すると消えてしまうたぐいの。

ただ、その「わがまま」を、両親が自分たちの不仲や放任してる後ろめたさの「代償」として許しているだけなのがクェスの不幸ですね。わがままだけど「天衣無縫」というには遠い感じがするのはそのせいでしょう。

そして、えてしてそういう人物は自分から向けた愛情には盲目で、対象であるシャアを困惑させますが、そこは女たらしっぷりが半端ないシャアですから、クェスもすっかり利用されてしまうという不幸が待ちかまえています。

シャア「世界は、人間のエゴ全部は飲み込めやしない」
アムロ「人間の知恵はそんなもんだって乗り越えられる」
シャア「ならば、今すぐ愚民どもすべてに英知を授けてみせろ」

という序盤の名ゼリフ炸裂のもみあいのあと「貴様をやってからそうさせてもらう」というアムロに「あんたちょっとセコイよ」とシャアにひるがえったクェス。

このときのシャアの説得力はなかなかのものでしたが、ラストのシャアとの戦闘中の会話で、アムロにもシャアとは別種の洞察の鋭さがあると気づかされます。「ペットを飼うなら最後まで責任を持つ。面倒を見きれないペットに一瞬の同情で手を出さない」というのと似た哲学(我ながらひどいたとえだな)は正しい厳しさなのではないかと思うのです。

シャア「しかしこのあたたかさを持った人間が地球さえ破壊するんだ。それをわかるんだよ、アムロ」
アムロ「わかってるよ。だから、世界に人の心の光を見せなけりゃならないんだろ」
シャア「ふん、そういう男にしてはクェスに冷たかったな?」
アムロ「俺はマシーンじゃない。クェスの父親代わりなどできない。だからか。貴様はクェスをマシーンとして扱って」
シャア「そうか、クェスは父親を求めていたのか。それで、それを私は迷惑に感じて、クェスをマシーンにしたんだな」
アムロ「貴様ほどの男が、なんて器量の小さい」
シャア「ララァ・スンは私の母になってくれるかもしれなかった女性だ。そのララァを殺したお前に言えたことか」

いやぁ、やっぱりこれ名作だわー。
よくクェスみたいなキャラを作って
アムロとシャアのあいだに配置できるなぁ、と
つくづく富野由悠季監督の力量を思い知らされます。

『MUSASHI-GUN道-』なんかのネタアニメを祭るばかりじゃダメですね(汗)

・・・・・・

(追録)
翌日の土曜日、仕事のあとで恩師二人と江古田で飲んでいて、N先生から

「青木くんがなにかと僕に突っかかってきた時期があって
 そこでその妙な迫力にピンときて、
 僕はきみの父親じゃない、と怒鳴ったことがあったんですよ」

と、すっかり忘れていた昔話を聞かされてしまいました。
ああ、うん、あったなぁ、そんな時期。……なんというか第三次反抗期みたいなやつで、自分の息子でもないやつにやられたN先生は、アムロのような心境だったんでしょうか?

それにしても『逆襲のシャア』見返した翌日に……どういう偶然?(汗)

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2006年6月 1日 (木)

召還するかドアを開けるか回復するか全滅するか

タイトルは2001年に開かれた村上隆個展
「召還するかドアを開けるか回復するか全滅するか」
からの引用です。

——って、それ、くるりの曲「Lv30」の歌詞のもろパクリじゃん!

と、昔、近しい人が嘆いておりました。

「VIPPER対ブログ連合」の「しっくりこない感」と似たものを感じるということで、一つ前のエントリで話題にした現代美術家の村上隆ですが、いまになって、そういえばそんな逸話もあったなぁ、と思いだしました。


これも昔、誰かかから聞いて、なるほどな、と思ったんですが

「聞かれもしないのに声高に主張したり言い訳するヤツっていうのは、黙ってると実像がその反対なのがバレると思ってる場合が多いわけだ。……まぁ、たいてい、かえって目立って馬脚をあらわすことになるだけなんだけどな」

まさしく!

やましいところのない人は、泰然としてるだけでいいわけです。

気がつけば、ついにYahoo!ニュースのトップにまで
「2ch紹介するブログ 閉鎖相次ぐ」のトピックがきて
事態はまさに召還するかドアを開けるか回復するか全滅するか状態。

こんな戦況図までアップされましたが(←クリックで別窓表示)
なりゆきを( ´_ゝ`)フーンと見守っている他板の住人たちにしてみれば

「VIPとニュー速だけが2chじゃないぞゴルァ」

という気持ちも芽生えそうです。
それはかつて僕がバイク板住人だったからですね(汗)
……すっかり疎遠になってしまいましたが

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

さて、夕方帰宅して、サッポロの新しい発泡酒「雫」の缶を開けながら、今日の「ゼーガペイン」の録画を再生。なんて書くと、登場キャラの三崎紫乃(みさきしずの)萌えみたいでいやーんな感じですね(笑)

仮想現実内の再生データなのに死ぬってどういうことだよ、という主人公の問いへの答えが、地デジ放送のコピーアットワンスの説明みたいで思わず苦笑しました。

不死の存在が生の意味を混乱させるという問題に言及するかと期待しましたが、そういうのは「エルゴプラクシー」のほうに期待すべきでしょうか?

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2006年5月28日 (日)

うおっ!GUN道まぶしっ!

昨日5/27(土)、日芸では新入生歓迎行事(通称「春祭」於・所沢校舎)が行われていたはずですが、あいにくの雨でかなりハードな一日になったのではないでしょうか?——と、どこまでも推量で言ってるのは、江古田での仕事組だったからです。見に行けなくて残念。

ただ、春祭で配布される雑誌「文芸人」を前日にいただいていたので、自分が取材受けた記事などはちゃんと見ています。編集お疲れさまでした。

取材は授業直後だったので、顔写真は、その日みせた「ブレードランナー」のレーザーディスクと一緒に写ってます(下に一部転載)。

Misashiaokikc_1

「ブレードランナー」のジャケットどころか、別のもの(笑)も写っていますが、それは、今日、まったりとした日曜の朝っぱらから、GyaOで毎週土曜に新しい回がアップされる「MUSASHI -GUN道-」をチェックしてしまったからです。

すっかりアテられて、僕も「うおっ!まぶしっ!」ビームを撃ってしまいました(汗)

MUSASHI -GUN道-

それは2丁拳銃で闘うミヤモトムサシの活躍を描く、モンキー・パンチ構想12年のスーパーアクション時代劇。

あまりにも崩壊した低レベルの作画が、逆にネタとして高度な「クオリティ」を発揮している「MUSASHI -GUN道-」ですが、なんとなくこのメチャクチャさは、モンキー・パンチの漫画の雰囲気に忠実なのでは? とさえ感じ始めました。

ぼくらが「モンキー・パンチ原作」と思っている「ルパン三世」にしても、もはやキャラクターのみを使ったオリジナルに進化し、いまや宮崎駿が制作した「カリオストロの城」が基準になってしまった感さえあります。そこで原作回帰しようという実験的試みが……なんてマジメに語ろうと思ったけど、作中で「なんてムダのない動きだ」と言われている動きを実際に絵で見せられると、やはり、

笑い殺す気か!

とツッコミを入れずにはいられません。

しかし、斜め下を行っていますが話題作であることは確かです。

mixiの「MUSASHI -GUN道-」コミュの、メンバー一覧アイコンも凄いことになっていますね。みんなビーム吹いてるし(笑)

いやはや

ひとつ前のエントリで話題にした「ハルヒダンス」に
ムリヤリ「MUSASHI -GUN道-」の絵をはめこんだ
クオリティの高いFLASHまで作られる始末。
どこの職人さんかは存じませんが、いい仕事してます。

■ここをクリック(FLASH形式 約5.4MB)

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

え〜 日曜日っぽくグダクダとお送りしています
「世界はゴミ箱の中に」ですが、
たまには視聴者?サービスも、というわけで

「PC起動するたびにここ覗いてます」という、
ウホッ! うれしいこと言ってくれるじゃないの!……なMさん、

お誕生日おめでとうございます。

何歳になったかは聞きません(笑)

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2006年4月14日 (金)

授業開始・記憶と記録の話

関越自動車道・所沢インターへの誘導路脇に桜の林があって
一週間前に満開だった枝に、もう緑の若芽が混じりだしていました。
つまり天気に恵まれたので、
バイクで所沢に出校したというわけで——

さてさて、本年度最初の授業。文芸特殊講義IXです。

今日は授業選択のガイダンス的な意味もあるので、

パソコンやネットっていうのは、
 際限なく増えていく記録をうずもれさせないために
 生み出されたシステムなんだ

ということをかいつまんで話したつもりです。
もちろん芸術学部は、何かを総括して世界の全てが分かった気になるための場所ではないので、それをどう創作に結びつけるかという部分が大切なポイントです。

そこで、
うずもれる記憶、というテーマと
パソコンという道具により、かつては不可能だった個人製作が
アニメの領域でも可能になった現状をあわせて実感できる実例として、
ペイル・コクーン」を観てもらいました。

記録自体は真実でも
ありかを変えてしまうだけで
人々をだますための道具になってしまう——

その種の危うさや儚さが、
記憶の属性のひとつであることは否定できません。
そこを突くことに成功している作品のひとつだと思います。

作品を見せる前に、うずもれる記憶に対抗する手段としての検索エンジン・Googleと似た機能をネットの「こちら側」に実装している例として、Macのスマートフォルダを紹介したんですが、ちょっと上手く行かないうえに分かりづらいデモをしてしまいましたね(反省……家に帰ってからかなりヘコみました)

スマートフォルダの便利さと背中合わせの怖さは、
自分が入れなくても条件に合ったものが新たに発生したら、
(検索エンジンのクロールと同様に)
愚直に拾い集めて入れておいてくれることです。

なので、
一週間以内に変更した画像(ダウンロードしたり開いたりしたもの)
という条件で、スマートフォルダを実演して見せれば
もっとわかりやすかったかもしれません。

実用例を挙げてみます。
スマートフォルダはどこにでも作れるので、Mac使いの恋人がいる女性は、彼氏のMacの気づかれにくい場所に「画像・一週間以内」という条件でスマートフォルダを作ってみてください。

次に彼氏の家に行った時、
そのスマートフォルダの中に何が入っているかお楽しみ!

…って、マジでやらないでくださいね。冗談ですから。
世の中には知らないほうがいいことがたくさんあるのです(汗)

知らないほうがいいこと…といえば、こないだ芥川賞をとった絲山秋子の『沖で待つ』は、どちらかが先に死んだら、誰にも中を知られないように相手のパソコンのハードディスクを破壊する約束をしあう話でした。

それで、ふと個人的なことを思いだしたのですが、昔つきあっていた彼女のパソコンのハードディスクがよく異常をきたすというので、前もってバックアップをとってから、新しいハードディスクに交換してあげたことがありました。

僕はクソまじめに(あ、iPod用の曲データだけはもらったけど)彼女のバックアップ・データを作業完了後すぐさま完全消去したのですが——

それって逆に、

「なんだよ実用的データだけ欲しがって、
 私のメールとかのプライベートには全く興味もないのかよ!?」

とか思われてたかもなぁ、なんて、今になってかえりみたりするのですが

……まぁ、たいていそういうのは考えすぎってやつですよね〜(汗)   

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2006年4月13日 (木)

ゼーガペインとすぺるむ・さぴえんすの冒険

先週の第一話を観て「これを押井がやったら」という定型句というエントリを書くきっかけになった「ゼーガペイン」ですが、どうやら先週の僕の予想通りの世界観のようです。

仮想現実というと、いまだに
「マトリックス的な」という説明がキャッチーに通じてしまうわけですが、
案外SF小説では使い古された(良く言えば、歴史ある)アイテムでもあります。

そこで僕が今日のゼーガペイン2話を見終えたところで想起したのが
小松左京が1970年代に書いたSF小説
「すぺるむ・さぴえんすの冒険」
(短編集「ゴルディアスの結び目」に収録)でした。

太陽の異常で生命が維持できなくなった地球環境を脱出し、データ化した全人類と地球環境を携えて宇宙を彷徨う巨大な情報宇宙船。船内には「再生装置」によって幻出された街の環境がある。そこで一人だけ肉体をもった本物の人間として存在しているMr.A。彼は夢の中で超越的存在から、220億人の人類のデータを消去することと引き替えにした、ある取り引きをもちかけられる……

というストーリー(いまざっと読み返して書いてみました)なのですが、220億という数字以外はハッキリと覚えていました。それだけ鮮烈な小説だったのです。

そして、こりゃ、Mr.Aの「小間使い」を「メイド」に書き替えるだけで21世紀レベルで充分通じるよ、てゆーか小松作品を映像化するなら、詰め込みすぎで世紀の怪作になってしまった「さよならジュピター」より、こっちを映画化しとけばよかったのに——と思わずヒートアップしてしまいました。

そういえば「日本沈没」って、また映画化するんですよね。
小松御大の小説はスケールがでかすぎるので、
大作を映画化するのは、今の日本の技術をもってしてもヤバいような気が。

「すぺるむ・さぴえんすの冒険」ぐらいの
コンパクトにまとまった作品の方が絶対映像向きだって!

もちろん小間使いはメイド服で

……すいません小松先生。アホ発言でした(汗)

僕の手元にある「ゴルディアスの結び目」は中学生のころ(20年以上前ですな)買った角川文庫1980年版で、もう絶版ですが、運良くハルキ文庫で再刊されているので[→Amazon] 1970年代SFの輝きを知りたいという若い世代がいたら、忘れずチョイスしてほしい逸品です。

「岬にて」(宇宙船ではなく、ドラッグによるトリップで宇宙へ)
「ゴルディアスの結び目」(少女の性的虐待の傷がエルゴ領域化)
「すぺるむ・さぴえんすの冒険」
「あなろぐ・らゔ」

の4篇が収録作品です。それぞれ無関係な作品として読めるのに「すぺるむ・さぴえんすの冒険」で×××な運命を迎えた人間の情報の一部が「あなろぐ・らゔ」につながっているんだ、と気づいたときの「やられた」感といったら! ……いまだに呪縛ですよ。

そういえば個人製作アニメ「ペイル・コクーン」って、この2作品連続ネタの構造と、舞台は違えど「やろうとしていること」が似てるなぁ。もしかしたら吉浦さんも、かつて「ゴルディアスの結び目」に親しんだ人なのかも……とウェブサイトのプロフィールを見たら、僕より10歳も若いのか! これはカスってなさそうですね(汗)


えー、脱線しすぎたので話を「ゼーガペイン」に戻しまして
(と言いつつ、また日本のSF小説の話になるんですが)

神林長平の火星三部作「あなたの魂に安らぎあれ」「帝王の殻」「膚(はだえ)の下」を読了している人なら、きっと「ゼーガペイン」のオープニング&エンディングの画が味わい深く見られることと思います。

去年やっていた烏龍茶「極烏」のCMで、キムタクの身体が鳥に変化して飛び去っていき、着ていた服が中身を失って崩れ落ちるシーンは、「あなたの魂に安らぎあれ」を映像化したら、「あの」シーンはこうだろうなぁ、という美しさでしたが、ゼーガペインのオープニング&エンディングの登場人物の身体が無数の鳥や魚に分解して飛散するグラフィックスにも同じ印象を受けました。

これ以上書くと、
今度は神林長平の小説のほうのネタバレになるのでここまでにします。

ちなみにゼーガペインのオープニングテーマ曲
「キミヘ ムカウ ヒカリ」ですが
この歌詞、かなりネタバレ領域に踏み込んでますよね。

誰かが見ているビジュアル 
目の前の急な水がカラダを逆さに駆け巡る
今二人は出会った意味を想う
きっと誰かの記憶の中泳いでいるだけでも

君の背中、光の羽が空へ広がる
どんな場所もどんな過去さえも
唯一つの願いが乗り越えてゆくよ

誰も知らない世界にキミと居る
届かない言葉のかわりに黙り込む
そうして何度もキミに恋するだろう
遠い約束 闇を蹴って羽ばたいていく時まで

自分の生涯が初めて経験していくオリジナルの現実ではなく
記憶から再構成されたものだとすると、
きわめて内容に合致した歌詞。

エンディングテーマ「リトル グッド バイ」にも
「時が戻ったら 時が戻ったら 時が戻ったら」というリフレインや
「記憶の淵で時は繰り返す イメージを見た」という詞があり、
筋の通ったコンセプトが感じられますね。

そういったところも含めて、最近のアニメとは力点のズレた
心地よい古さがあるんですよ、このアニメ。
主人公も前向き体育会系だし、80年代の匂いがプンプン。
1970年生まれのオールドタイプである自分は視聴続行決定です(笑

さて、明日から日芸の新年度授業開始。

今年の授業開始日は金曜日ということで、
いきなり文芸特殊講義IXの講義が待ってます。
積極的にセカイの動きにシンクロさせていくのが身の上の授業なので
僕の持ちゴマの中でいちばん緊張する講義です。

うーむ。今年はどんなオープニングで行こうかな…

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2006年4月 8日 (土)

入学式…とはまるで関係ない世界中の子供たちから半永久的に毎月50円ずつ巻き上げ続けるシステムの話

今日は江古田校舎で午後から入学歓迎式典。
文芸学科の事務室はちょうど正門が見下ろせる場所にあるので
昼食をとりながら続々と会場に入っていく新入生を眺めていました。

それにしても、
これは大規模就職説明会か?
と思うくらい、女子も男子もみんなリクルートスーツっぽくて

なんというか……華がないですね。

これは、親がスーツを買うときに
「使い回しがきくように」と配慮した結果でしょうか?
うーん、まぁ、案外重要なポイントかもしれません。
日芸生、ふだん着ることないしね、スーツ。

新入生の服装はさておき、

昼食をとりながら、最近話題の「ウェブ進化論」を読んだという
副手のA澤君とネットやコンピュータの話をしていました。
(ちなみに僕は「ウェブ進化論」未読)

BootCampでWindows起動も出来るようになったMacについて
どう思うかという話になり、僕は

「ブラウザを通したオンラインでなんでも出来るようになってきた今、
 もうOSが何かってあまり重要じゃないような気がする。

 いまやみんなWebの更新だって
 GoLiveやDREAMWEAVER立ち上げるまでもなく
 オンライン書きでやってるでしょう

 検索だってオークションだって、パソコン本体の機能ではないし」

と答えたら、A澤君が
「ウェブ進化論」で言ってるのはまさにそれですね、とのこと。

そこからGoogleやAmazonやYahoo!の話になって
話題は、ヤフーオークションの月294円の利用料だけで
永続的に、塵も積もって莫大な利益を得られるよなぁ。
——というところへ行き着きました。

あまりひんぱんに利用しなくなって、
解約していいかな、と思っても、
また新しいID取り直すのも面倒だし、
オークション評価もったいないし
それなら月300円くらいいいか……という気持ちになるのが人の常。

こうしてYahoo! は
「座して日本中の会員から毎月294円ずつ
集金し続けるシステム」
を構築してしまったのです。

あれ、どこかでこんな話をみたような?……

そうだ、ハチクロの森田兄弟だ!

Haticro

漫画「ハチミツとクローバー」において、
真の目的は謎のまま、
ケタはずれの金もうけを背負い込んでいる森田兄弟ですが、
兄の馨が8巻 P.169でこんな話をもちかけます。

「ついに完成したんだ
 世界中の子供たちから半永久的に
 毎月50円ずつ巻き上げ続ける
 完璧なシステムだよ」

具体的説明はないので、
それってどんなシステムだよ!
漫画本筋のぐだぐだ三角関係の二段重ねよりそっちが気になるよ!

と思っていたんですが、

案外ヤフオクみたいに地味なシステムなのかもしれませんね(笑)

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2006年4月 6日 (木)

「これを押井がやったら」という定型句

今日は文芸学科3,4年生のガイダンス。
久々に100人以上の人を前にして話をしたような……
明日は所沢で2年生のガイダンスです。

6時くらいに帰宅してテレビをつけると
ロボットアニメが映りました。
ああ、これが、サンライズの新作「ゼーガペイン」か。
と、観てるうちに、

PKディックや神林長平に染まり過ぎな僕は、

この高校生活が仮想現実で
仮想だと思っている戦場のほうが現実世界なんだろうな

とうっかり思ってしまったんですが、もしかして当たり?(汗)

仮想現実モノと聞けば、世の中的には
「これを押井守がやったら……」
と反射的に思ってしまう人が多そうです。

僕の場合、それは「神林長平がノベライズしたら」
となるのですが、

思えば、神林と押井って、なんか似てるかも。

二人の作品を知る人なら、この二作家が
自分が現実だと信じているものの不確かさフェチ
だという点に異論はないと思われます。

一番の違いは

神林が猫好き、押井が犬好き、というところでしょうか?

これはちょっと相当重要な相違点ですよね(笑)

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2006年4月 4日 (火)

エウレカ終わりて大河ドラマ好きな人の心を知る

 ♪失くした物が増えたさみしさを
  身軽になれたんだと笑えるかい?

       
——ビバッチェ「太陽の真ん中へ」より

僕があんまりエウレカエウレカ(正確にはホランドホランド)言うものだから「再放送から観るよ」と言ってくれた友人もいるのですが、なんと今夜からテレビで始まる再放送は26話以降の後半のみなのでした。ネット配信なら、4/10までの期間限定ではありますが、1〜25話が下記の「GyaO」で無料視聴できますので、寝る間も惜しんで25話まで追いついてからテレビ再放送を観るという手もアリといえばアリです。

「GyaO」エウレカセブン 4/10正午まで1-25話配信
http://www.gyao.jp/sityou/catelist/pac_id/pac0000047/
ただしWindowsのみの対応です。マカーはつらいよ。

しかしDVDや再放送では決して味わえないであろう、
毎週日曜日リアルタイムで一年間つきあってきたこの感覚……

なるほど、NHK大河ドラマが好きな人は、
この感覚が忘れられなくて毎年観続けてしまうのか!

少々誇張して言うと、僕も来週日曜日から何を楽しみに休日を過ごせばいいのかわかりません(汗)また一年間かけてつきあえるような作品が欲しいです!    切実に。

——ゼーガペイン? メカが今さら初代iMacぽくて食指が動きません……

なんだ……なんだこの喪失感は!?

 ♪好きなものは全部中毒にならなきゃ意味がない
  彼女の心は? 言葉は? キスは? セックスは?
  しかし全部ぜんぶノイズだった。
  駐車場のヨハネが微笑んで「さあ歌をうたってごらん」

   
      ——スパンクハッピー「スパンクスのテーマ」より

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2006年4月 2日 (日)

エウレカセブン最終話・四捨五入の4.99

『交響詩篇エウレカセブン』最終回1時間スペシャル
ちゃんと目覚ましセットして朝7時からリアルタイムで観ました。

始まっていきなりパイプ椅子に座った主人公が
独白を始めたらどうしよう(エヴァですね)
という危惧はさすがにスルーされ……

主人公でもヒロインでもなく、ホランドに注目しつづけた僕にとって
落胆のないファイナルを迎えられました。ほんとうに。

Holand

「子供にあんな決意をさせて、エウレカは姿形を変えてまでして……
 これが大人のやることか! デューイ」
 と叫びながら兄・デューイの戦艦に
 単機で突入をかけるホランドには鳥肌が立ちましたよ。

結局、異性体・スカブコーラルと融合した父も姉も、エウレカも救えなかったと自己嫌悪で座り込んでいるレントンの胸ぐらをつかんで立たせた時、以前なら殴り飛ばしていたホランド、今回はさすがに違いましたね。

いやぁ、いいホランドの成長物語だった!

ただ、ラストに「1年後」のエピローグを持ってくるなら、なぜホランドとタルホの子供を見せなかったんでしょうか? エウレカ&レントンの宇宙規模バカップルぶりを「あんな形で」見せつけるより、欲しかったのは、バカップルの活躍によって地球上での生存を許された人間の現実的なハッピーエンド。

いやぁ、もうちょっとで、

大人になりきれない「歳だけオヤジ」たちを
ピンポイントで撃ち抜く名作になったのに

という気持ちでいっぱいです。
四捨五入の4.9くらいのもったいなさでした。

まぁ最初から『ホランドセブン』としてオヤジ向けに企画制作されていたら、それはそれで嫌味な出来だったと思うので、これで良かったのかもしれませんね。

しかし夢見る童貞にもウケが悪いアニメだったんだろうなぁ、コレ……結局エウレカセブンの良さがわかるヤツはオヤジということですか、トホホ……

  *以下ちょっと苦言*

全編通してとにかく引用が多いアニメではありましたが、巨大卵子みたいになったエウレカの球体結界にニルヴァーシュで突入するレントンが弾かれそうになって「イナバウワー」するのは、クライマックスだというのに遊び心を忘れないスタッフの余裕ですか? そうですか…… 

そしてあの月面ハートは……
エヴァンゲリオンのテレビ版ラストの学園コメディみたいに
ぶちこわしギャグで伝説になろうなんて考えがあったのなら

甘すぎ。

とはいえ、鬱エンドが余韻だと勘違いしているクリエイターが多い中で、よくぞここまで正面切って「こっぱずかしいほどのハッピーエンド」に挑戦してくれました! その点に賛辞は惜しみません。

12話までは録画していなかったので4/4深夜2時から始まる再放送で録画し直します(←DVD買えよ)コンプリート保存しようという気にさせられたアニメは久しぶり。

『serial experiments lain』以来かな?(ほんとに久しぶりすぎ)

----------4/4加筆↓------------

テレビでの再放送は26話以降の後半のみでした。

ネット配信なら、4/10までの期間限定ですが、
1〜25話が
下記の「Gyao」で無料視聴できます
http://www.gyao.jp/sityou/catelist/pac_id/pac0000047/
ただしWindowsのみの対応です。とほほ

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2006年3月27日 (月)

いま万感の想いをこめて汽笛が鳴る。
そうだ、京都行こう。

昨年定年退職した父親から永年勤続慰労記念品の旅行利用券を譲ってもらっていたのをすっかり忘れていて、なんとその使用期限が今月末だと気づいたのが先週のお話。

で、明日、京都へ一人旅に出ることにしました。
といってもあんまり休んでもいられないので、新幹線のぞみのスピードを最大限に活かした日帰りラウンドトリップです。

数ヶ月迷いに迷ったあげく、先週3/22に結局買ってしまったデジタルカメラ、リコーGR DIGITALを相棒に連れて行ってきます。

      *   *   *   *   *

それにしても昨日の日記はエウレカ48話に興奮して書き散らした感アリアリの長文で読みづらいですね。すいません。しかし、まぁ、来週の最終回に向けた最高の前フリではなく、サブキャラのハッピーエンドというピリオドを置いてしまう想定外の展開に盛り上がってる自分のリアルだから、書き直さないでおこうと思います、ちと恥ずかしいけど。

僕がエウレカセブンで最も愛したキャラ、
ホランドが最終回でどんな運命を迎えるのか
今から気になって仕方ありません。

死なないでほしいですね。

ホランドは年齢だけ30歳の大人になりきれないガキで
良くも悪くもそれは自分を含めた(僕はもう35で四捨五入すると以下略なのですが)
現代日本の抱えてしまったリアルを反映したキャラでした。

僕が子供の頃(1970年代後半)に観たアニメなら、
この問題を背負うのは文字通りの少年だったはずです。

『銀河鉄道999』の鉄郎なんてモロはまりですね。
最終回を五行で超要約すると

 メーテル、あなたは再び帰って行くのか?少年の日の夢の中へ。
 いま万感の想いをこめて汽笛が鳴る。
 さらばメー テル。
 さらば999。
 さらば少年の日の夢。

——でしたから。
15歳くらいで、少年と大人の狭間で揺れる日々にきっぱりと決着をつけるわけです。

それに対して、30過ぎても家庭も持たずに好き勝手やってるけど、仕事を含めてそのポジションを確立したのも自分だし別にこれでいいんじゃね? という、まさにホランドみたいな歳のとり方をしてしまった自分だから彼に感情移入できるのであって、2006年現在まさに少年である人は、主人公レントンに自分を重ねられるのでしょうか?

とにかく、ホランドにはカッコつけて死んだりせず、
ぶざまでも生きのびて少年の日々に決着をつけてほしい、

っていうのが僕の願いです。

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2006年3月26日 (日)

エウレカセブン
最後から二番目のハッピーエンド
&自分が殺される瞬間を撮ったカメラマン

『交響詩篇エウレカセブン』全50回、ほぼ一年にわたる長い物語も、来週でフィナーレ。主題歌「sakura」の歌詞のように「明日からは別々の道 てそんな突然心の準備ができない」って感じですよ本当に。終了後はもう日曜朝の早起きなんてできない予感(汗

このアニメについては賛否両論(世間一般的には否のほうが多いかな?)入り乱れていますが、なぜ自分はこんなにハマってしまったのか、という結論から言うと、それは「心理的チラリズム」の効能でしょう——というひと言では説明不足なので、最終回マイナス1の今回の放映を回想しつつ語ってみようと思います。
(未見の方スイマセン。ネタバレは避けられそうにないです)

じつのところ、エウレカセブンは、
観ていて「もったいない」と感じることが多いアニメです。

世界を支える大仕掛けとして、『猿の惑星』のように「別の惑星の話と思いきや、じつは地球だった」パターンを採用しているのですが、それが判明する回は、世界の成り立ちが明かされるカタルシスを捨ててまで主人公カップル・レントンとエウレカのギスギスした痴話げんかを描写! 

なぜここで、SFの名篇、ディックの『最後から二番目の真実』や神林長平の『あなたの魂に安らぎあれ』のように「世界の真の相貌の出現」を鮮やかに演出しないのか、もったいない!と、苦言を呈したくなってしまうのです。

でも、僕なんぞが「こうしたほうが良い」という案なんて作り手はとっくに検討済みだろうし、演出の定石を捨てることによって見せたい別の何かがあるのではないか?という気持ちに、不思議とさせられるのもまたエウレカセブンなのです。

例えば、リーダーのホランドは、理由もなく主人公レントンに当たり散らすDV暴君のような描写で視聴者の好感度を地に落としておいてから、そこに隠された意図がレントンに伝わる場面を戦闘アクションの盛り上がりに結びつけるなど、カタルシスにあふれた出来映えな回があるので、毎週見逃すことが出来なくなってしまうのです。きっとまたやってくれる、というかすかな期待で。

鬱々とした話をくどいくらいに続けて、カタルシスが訪れる回とのコントラストでさらに輝きを倍増させるという効果も計算済みなのかもしれませんが、打ち切りもありえるテレビシリーズ物として、それはとても危険な構成です。

だから、意図してそうなのではなく、天然でそういう演出しかできないコアスタッフである可能性も否定できません。

で、今回の48話「バレエ・メカニック」

神は細部に宿ると申しますので、ネタばれを回避するため途中を全部すっとばして言うと、もう鬱な結末しかないと思われていた二人、アネモネ&ドミニクに予想をくつがえす展開が……

eureka48

エウレカ世界の最新流行はやっぱり、
落下しながら告白。これだね。
ただしこれを決めすぎると
主人公カップル・エウレカレントン組のことなんて
みんな忘れてしまうという危険も伴う、諸刃の剣。
素人にはお薦めできない。

——などと使い古された吉野家コピペ口調で茶化してしまうのも、
この場面を脳内再生するとうっかり泣きそうになるくらい(汗)
良いシーンだったからです。

こんな劇的な再会で、
そのままだと墜落死なシチュエーションで
口にする言葉が

「アネモネ! その、えっと……久しぶり」

って、ドミニクおまえは俺か!っていう
非モテ系おバカっぷりですよ。
なんだそのリアル(笑
泣けるじゃないかちくしょう。

今回は、
この、ほとんど主役をかっさらった勢いの二人以外にも、
唐突にモヤモヤを晴らしてくれたキャラがいます。

今までの分を取り返すようにハイスピードで二人が愛を確かめあっているところへ、こともあろうに衛星軌道兵器・オラトリオ8のビームを照射しようとしている軍司令官デューイです。(スカブコーラルの核にオラトリオの標的ビーコン打ち込むのがアネモネの仕事で、それ自体は完遂しちゃってるので当然といえば当然なのですが)
「アルティメット出力で照射するとオラトリオが自壊してしまいますが、構いませんか?」という部下の進言に「君の望む世界に、あんなものが必要なのかね?」と返したデューイ。

僕はこのセリフひとつで、デューイは決して破滅主義者ではなく、すべては彼なりの信念に基づいた「ハッピーエンドの形」を思い描いた上での行動なんだということが、急に理解できました。 求める世界に武器はいらない、と

前回までにデューイが何度も繰り返してきた「地表を覆うスカブコーラルを殲滅して我々の母星を取り戻しましょう」というプロパガンダはいかにも安っぽくて、正直、ちゃちな悪役にしか見えなかったのですが、 その一面で片づけられない部分を、今回のセリフのような形で突然「ちらっ」と見せる……こういう演出の手管がすごく多いアニメなんですよね、エウレカセブンって。

話の作り手(監督とか脚本家級のコアスタッフ)の中に、悪い人に引っかかってひどい目にあい続けるんだけど「無防備な一瞬にみせる素直なところとか、人づきあいが不器用なせいで誤解されて苦しんでいる姿とかを見ると、放っておけない」という「全自動ダメ女(or男)擁護機能」をアンインストールできなくて、苦労が絶えない人がいるとみました。

そういう属性を持つ人は、暴虐の連続の中にふと現れる「ちらっ」という優しさや素の表情にヤラれやすいんですよね。DVダメ男のホランドとか、今回のデューイとか、ツンデレ回路発動したアネモネとか、なぜかエウレカセブンにおいては「心理的ちらっ」の、これでもかという大サービスぶり。

僕がこのアニメにやられっぱなしなのは、きっとそういう性なんだと思いますが、自戒をこめて「悪女の不器用さなんて、惚れてる人以外の目にはワガママにしか見えない」という真理を書き加えておくのを忘れないでおきましょう。これが恋愛恐怖症クオリティ(苦笑) もっとありていに言えば、エウレカセブンは「対象:じらされるのが好きな人向け」アニメかもしれません。そうじゃない人にとって、これほどイラつくアニメはないでしょうから。

スカブコーラルをナウシカにおける腐海とみると、デューイは巨神兵で腐海を焼き払おうとしたクシャナの劣化コピーにしか見えないでしょうし、地下に本来のクリーンな地球が復活しているという世界構造もよく似ています。アラ探しが趣味の「批判家」がいっぱいのネット上では、とかくそういう点で叩かれやすいのですが、ツッコミどころを全部スルーして泣けた自分はラッキーだったと言うしかありません。

——というのをさらに強く感じたのは、たまたま夕刻、
  全く別種の「人が泣く場面」に出くわした時です。

日テレの「真相報道バンキシャ」を観ていて、チェチェン紛争で自分が殺される瞬間を撮影したカメラマンの最後の8分間のテープが流された後でした。コメンテーターで来ていた漫画家の倉田真由美の泣き顔のアップに……

僕は怒りさえ覚えましたね

このタイミングで司会の福沢朗が、このカメラマンに対して「ジャーナリストのしての使命感が……」などと言いだすものだから、もはや報道人の自己讃美にしか聞こえず怒り心頭! 何の圧力がかかっているのか知らないけど中国のチベット虐殺を報道しないおまえらがジャーナリズムの使命発言をするなど片腹痛いわ!と、一人でテレビを相手にヒートアップしてしまいました(汗)

なぜ僕があの映像を見て泣く人間を許せないかというと、
あのテープの中に記録されている「貴重な情報」を
まったく読み取っていない
(読み取る姿勢さえない)からです。

彼にあったのは報道者としての自己犠牲の精神なんかじゃありませんよ。完全にヤバい状況に陥ったことに気づくまでは、使命感や功名心も含めた「カメラマンとしての欲望」で身体が動いていたと思いますが、道路を挟んだ銃撃戦のなかに取り残されて、車の影でビデオカメラを回し続けた8分間の映像は、彼の「この状況からどう生還するか」という抜き差しならない「生死をかけた闘い」の記録なんです。

SONYcap
8分間のなかに「SONY」と刻まれたレンズキャップが偶然かぶさってしまったまま音声だけ記録されている時間がかなりあって、カメラにかまわず伏せて息を詰める動作に必死な様子が感じられます。彼が着ている真っ赤なセーターは、あえて民間人の報道者であることを示すものだったのかもしれませんが、もはや「だから撃たないでくれる」という免罪符にはならず、逆に標的として目立つ状況にあるという判断はなされていたのでしょう。やがて近くに車が止まるブレーキ音がして、状況を確認しようと動いた彼を狙撃手は見逃さず、まず足を撃たれてしまいます。セーターを脱いで太ももを縛り止血しようとする様子が揺れる画面の端に映り、その鮮血の赤の鮮やかさから動脈がやられたことは確実で、そのままだと失血死してしまうという彼の現実的判断が読み取れます。しかし、その動作で場所を悟られたのか、まもなく車を貫通する銃撃でとどめを刺されてしまいます。

この映像が突きつけてくるのは
「もし自分がその状況に置かれたらどう行動するか?」
というシビアな問いです。
だから、ちゃんと映像のメッセージに反応していれば、
泣いているヒマなんてないはずなんです。

コメンテーター・倉田真由美の涙は、
明らかに「他人事として見ている」証拠でしょう。

自分の命を大切にできない人間に他人の命を尊重することはできない。その現実的な第一段階をクリアせずに戦争の悲惨さを訴えても、しょせん、地に足がついていないきれい事にすぎません。

ま、しかし、

あの映像で泣いてしまった人に怒りを覚える人もいれば、
エウレカセブン48話を五回見直して三回目まで泣いた(恥)僕を
嘲笑する人もいるでしょう。

自分が殺される瞬間を撮影したカメラマンの最後の8分間で泣いてしまった人には、ぜひ村上龍の『五分後の世界』を一読したのちに再びあの8分間の映像と向き合って、刻まれた「情報」を読み取ってほしいと思うのです。

『五分後の世界』は第二次世界大戦で降伏せず、1994年に至って人口23万人に減少してもまだ戦い続けている、パラレルワールドの日本に迷い込んだ男の話です。「どうして戦い続けているんですか?」という問いに対する司令官のヤマグチの答えのなかに、ニューギニアやガダルカナルで戦った兵士たちは、日本の歴史上ほぼ初めて具体的に海外とかかわった人たちであり、生存さえ困難な状況で戦い続けたなかで彼らが得た情報をムダにすることは絶対に許されない。その民族が生きのびていくためには次の世代に大切な情報を確実に伝えていかなくてはならなず、そのためには戦いつづけるしかなかったのだ——というくだりがあります。

ぜひ原文で読んでほしいのですが、そこには人間の生存に欠かせない要素と戦争の原因となる要素の両方が存在し、並び立つ現実に嘘やごまかしが介入していないことが伝わってきて愕然とさせられます。つまり、戦争は、たぶん、永遠に、無くならない。

しかし「自分が生きのびること」の肯定が、そのために自分以外を蹴落とすのではなく、共に生きていく方向に帰着するよう努めることは可能です。

「生きよう、一緒に」

エウレカセブン48話が示したのはそんな可能性の一端だったと思います。
あれは具体的方策がないご都合主義だって?
それはテレビの前を離れた僕らのリアルで考えればいいことじゃありませんか?

今回が最終話なら「素敵なハッピーエンド」でしたね。
でも来週の、ほんとうの最終話には、
「現実的なハッピーエンド」を見せてほしい。

もしそのハードルを越えてくれたら
『交響詩篇エウレカセブン』は「神アニメ」認定です。個人的に。

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2006年3月16日 (木)

あの90年代をもう一度。
エヴァとイタチョコシステム

昨日Wアンノ夫妻の「監督不行届」を読んだ影響か、それとも放映10周年を迎えてYahooトップに特集バナーが頻出するせいか、そういえば昔、エヴァンゲリオンの活動限界メーターを模したMac用バッテリィメーター「EVA clock」というフリーウェアがあって、自分もPowerBook5300に入れてたなぁ、と、突然思い出しました。

エヴァといえば、最初ガイナックス社内で庵野監督が構想を披露した時のエピソードを誰か(樋口真嗣だったか貞本 義行だったか)が「庵野さんが何を言っているのかさっぱり分からなかったけど、背中に電源コードがついた巨大ロボットが都市の中で暴れ回っているイメージだけは鮮烈に伝わった(笑)」と語ったのが、いまだに印象に残ってます。

つまり構想の最初からアンビリカルケーブル(へその緒)がつながっている限り動き続けるけど、接続が切れたら内蔵バッテリーの活動限界までしかもたない、というのがエヴァの演出のキモになっていたわけですね。それを忠実に再現し、PowerBookからACアダプタが外れた途端に活動限界までの時間を表示するユーティリティ「EVA clock」は、かなりいい感じにその設定を自分のパソコンで再現できたのです。

当時、MacはOS8.6か9で動いていて「EVA clock」の動作環境もそうだったのですが、今のOS X対応のものがあったら入れてみたいなぁ…と思って、検索してみました。

すると、何年も前に、ちゃんとOS X対応版が開発されているじゃないですか!
[こちらをクリック]

EVA-ClockX
早速インストールしてみました。
うちのメインマシンPowerBookG4 12" MacOS 10.4.5でもちゃんと動作します。

さらにこの開発者のブログで、思いがけない情報も手に入れました。
かつて数々のMac専用「魔ゲーム」をリリースしたイタチョコシステムのラショウさんが、ちゃんとまだ活動しているということです! 

www.itachoco.comが消えたままだったので、もう過去の人だとばかり思っていたのですが、www.itachoco.net [←クリック] に拠点を移していたのでした。すっかり活動停止したものと決めつけていたデペッシュ・モードの新譜が去年出ていたことに気づいたとき以上の感激です。

90年代に雑誌「MacFan」を読んでいた人なら知らない人はいないと思われる、弱小ソフトメーカー盛衰4コマ漫画「巨人のイタチョコの星のシステム」の作者でもあるラショウさん。

生きていらっしゃったとは(感涙)

僕はこの漫画に出てきた「バビロンをわずか三日で滅ぼした伝説のコピー機・イプシロン」のエピソードがなぜかツボに刺さりまくって、今でも、ナリが大げさなくせに使えない機械と出くわすと「これがバビロンを三日で滅ぼした伝説の○○!」とつぶやいてしまうクセが抜けません(笑)

itafan

関連情報を検索していたら、なんと復刊ドットコムで復刊交渉開始リクエスト数に達していて、二度びっくりですよ。[こちらをクリック]

iPodの影も形もなかったオールドマック時代の空気を伝える貴重な一冊。締切に追われる宿命の全てのクリエイターに、土壇場の希望をもたらす脱力系の修羅場がここにあります! 復刊したらもう一冊買いますよ、ぜったい。

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2006年3月15日 (水)

「模型を捨ててから夫の様子がおかしい」の毒を
「監督不行届」で浄化

ホワイトデーに2ちゃんねる生活板で立ったスレ
「 鉄道模型を捨ててから、夫の様子がおかしい 」
http://life7.2ch.net/test/read.cgi/kankon/1142313798/

このスレに引き寄せられたのは、僕にも10年くらいこつこつと作り続けてきた鉄道模型のレイアウト(ジオラマ)を、引越中の交通事故でぐちゃぐちゃに破壊されてしまった経験があるからでしょう(涙目)。しかし、このスレの重苦しさは、僕の想像を超えたものでした。発端の「802氏」の独立スレが立ってから1日で1000レス制限を埋め尽くすという、生活板としては異例の伸びを見せたスレから一部引用します。

1 名前:おさかなくわえた名無しさん 投稿日:2006/03/14(火) 14:23:18 ID:037mXr68
元は
【ストレス】家族が「物を捨てられない病」3【ジレンマ】
http://life7.2ch.net/test/read.cgi/kankon/1128500852/802-
より
 
2 名前:おさかなくわえた名無しさん 投稿日:2006/03/14(火) 14:23:52 ID:037mXr68
802 名前:おさかなくわえた名無しさん 投稿日:2006/03/10(金) 17:32:24 ID:s2RHsW2o
上にコレクションについての話がありましたけど 
私は夫のコレクションを捨ててしまって後悔した立場でした 
鉄道模型でしたけど 
 
かなり古い模型がまさに大量(線路も敷いてて一部屋使っていた)という感じでした 
結婚2年目ぐらいから「こんなにあるんだから売り払ってよ」と夫に言い続けたのですが 
毎回全然行動してくれずに言葉を濁す夫にキレてしまい 
留守中に業者を呼んで引き取ってもらえるものは引き取ってもらいました 
 
帰ってきた夫は「売り払ったお金は好きにしていい」「今まで迷惑かけててごめん」と謝ってくれました 
残っていた模型も全部処分してくれたのですごく嬉しかったです 
 
でもその後夫は蔵書をはじめ自分のもの全てを捨て始めてしまいました 
会社で着るスーツとワイシャツや下着以外は服すらまともに持たなくなり 
今では夫のものは全部含めても衣装ケース二つに納まるだけになってしまって 
 
あまりにも行きすぎていて心配になり色々なものを買っていいと言うのですが 
夫は服などの消耗品以外絶対に買わなくなってしまい 
かえって私が苦しくなってしまいました 
 
これだけ夫のものがないと夫がふらっといなくなってしまいそうですごく恐いのです 
こういう場合ってどうしたらいいんでしょう 

3 名前:おさかなくわえた名無しさん 投稿日:2006/03/14(火) 14:24:46 ID:037mXr68
828 名前:802 投稿日:2006/03/11(土) 12:21:02 ID:ImOgEUVz
皆さんありがとうございます 
 
今朝出勤前の夫と話をしました 
謝ろうとしたのですが 
「君の気持ちに気づけなかった僕が悪いんだから」 
という答えしか返ってこなく謝らせてもらえませんでした 
 
取り戻すか新しいのを買おうとも言ったのですが 
「もういいんだ」を繰り返すばかり 
 
考えてみれば夫のコレクションは結婚以来ほとんど増えてません 
昔からのものばかりだったのでしょう 
夫の部屋の中だけでしたし掃除もしていました 
(共働きのため家の掃除は殆ど夫がしています) 
 
ただ新婚の家に既に夫のコレクションが沢山あったので 
私は結構苛ついていたんだと思います 
別に部屋に籠っているというわけでもなく 
二人で映画を見たりご飯を作ったりしている時間の方が遥かに長かったのに 
なぜか私は苛ついていました 
 
本も読まなくなってしまいました 
私が見ているテレビを後ろからボーと見ているだけ 
 
謝らせてもくれないぐらい傷つけてしまったんだと思います 


6 名前:おさかなくわえた名無しさん 投稿日:2006/03/14(火) 14:37:24 ID:C9HWOUWN
うん、なかなか酷い話だ。
次に旦那が捨てるのが奥さんでその次が自分の命かな?と思う。


68 名前:おさかなくわえた名無しさん 投稿日:2006/03/14(火) 15:54:26 ID:OZ998oZA
ていうか「あてつけ」って事にしておきたいんだろうな。
自分の側に正当性を確保しておきたいって訳だ。


70 名前:おさかなくわえた名無しさん メェル:sage 投稿日:2006/03/14(火) 15:56:24 ID:5yyM1e/g
怒り狂うのがわかってて捨てた

怒らない

ちゃんと怒ってほしい
 
マゾかかまってちゃんですか?

253 名前:おさかなくわえた名無しさん メェル:sage 投稿日:2006/03/14(火) 17:13:11 ID:Ht6pGKnC
>>211
この夫はコレクションだけを失ったんじゃない。
もっとも信頼すべき人をも一人失ったんだ。
火事の方がある意味マシ。


311 名前:おさかなくわえた名無しさん 投稿日:2006/03/14(火) 17:46:34 ID:cInDVzLf
まあネタだろうと思うけど
802を信用するとすると
模型を処分したのは昨日今日のことじゃないよな。
何日か何ヶ月か前のことだよな。
 
で今になって、私が苦しくなってしまいました、恐いのですって
自分のことだけなんだよな。
 
それで後付で
傷つけてしまったんだと思いますって
今朝(!)出勤前の夫と話をして
謝ろうとしたんだよな。
 
どう見ても旦那を傷つけたと反省しているとは思えないんだよね。
旦那も今さら謝られてもどうしようもないだろう。

332 名前:おさかなくわえた名無しさん メェル:sage 投稿日:2006/03/14(火) 17:54:39 ID:rNQuxbIZ
旦那に旦那から来たメールを全部消されたときは泣いた。
喧嘩して旦那のケータイから私のケータイ番号とアドレスだけ消したからなんだけど。
 
次の日私のケータイから旦那のケータイ番号とアドレス、今までくれたメールが全部消されてた。
子供が生まれるときに心配してくれたメールなんてロックして後で子供に見せようと思っていたのに。


445 名前:おさかなくわえた名無しさん メェル:sage 投稿日:2006/03/14(火) 18:51:17 ID:ouTX1Wl1
ヒヨコの時から大切に育てて来たチャボが
ある日帰って来たら鍋になってました、みたいなもんか。

446 名前:おさかなくわえた名無しさん メェル:sage 投稿日:2006/03/14(火) 18:51:37 ID:WDvmGDNC
>>445
お前すごいな
それだ

452 名前:おさかなくわえた名無しさん 投稿日:2006/03/14(火) 18:54:11 ID:OZ998oZA
「似てる様でちがう例をあげるスレ」になっとるw
 
もう802はここに来る事は無いだろうな。
捨てるの大好きな奴は自分の恥ずかしい過去なんて速攻で捨て去るだろう。

 
475 名前:おさかなくわえた名無しさん 投稿日:2006/03/14(火) 19:10:39 ID:OZ998oZA
>468
そりゃ模型が戻って来たって、
「俺の嫁は俺の過去や内面はどうでもいいと思ってる女だ」
って言う事実が消える訳じゃないからね。


473 名前:331 メェル:sage 投稿日:2006/03/14(火) 19:10:32 ID:g1Ge7lMV
もひとつ女として共感できる部分、
この人感情的すぎ。理屈っぽく見せたいかもしれないけど
旦那マンセーのこの状況が許せなくて>>298書き込んでみたものの
叩かれる
→ムキー!後出しでコロコロ意見変える
→さらに叩かれる
→さらにムキー!何で自分の意見が理解されないの!
アテクシは正しいんだから理解されて当然なの!!
 
あっ802と一緒だwそりゃ庇うわww

499 名前:おさかなくわえた名無しさん メェル:sage 投稿日:2006/03/14(火) 19:36:52 ID:NYxVLr7L
いちいち「これは大切な物だから絶対捨てないで」って説明されなければ、
なんでも捨てていいと思ってる基地外が配偶者じゃなくて良かった。


501 名前:おさかなくわえた名無しさん メェル:sage 投稿日:2006/03/14(火) 19:38:32 ID:C9HWOUWN
それ以前に自分のものと他人のものの違いがわかってない奴がそんなにいるとは驚きだ。

重い……重いよ……
253さんの言うとおり、一番大事な喪失物は模型じゃないんですよね、きっと。
なんかやりきれない思いでいっぱいになってしまったので、出校前に池袋のジュンク堂に寄って中和剤になる本を買ってきました。並んだレジの人が、たまたまうちの学科のバイト学生K峰君だったのですが、恥ずかしげもなく出しましたよ、この本を!

kantoku
監督不行届』安野モヨコ(以下、出版社コメントより↓)

人気漫画家・安野モヨコ(働きマン!)と夫・庵野秀明(エヴァンゲリオン)のデイープな日常が赤裸々につづられた爆笑異色作。著者初のエッセイコミックでもあり、夫=カントクくんのオタクぶりが初めて明かされた作品でもあります。アニメ界と漫画界のビッグカップルが、こんなにもおかしく愛おしいオタク生活を送っているなんて!世界中に生息するオタク君はもちろん、オタ嫁(オタク夫を持つ妻)も共感すること間違いなしの衝撃作。


漫画で描かれる庵野カントクは模型を捨てたスレの夫以上にオタクでマニアですが、嫁はそのギャップを、ある時は厳しくツッコミを入れ、またある時は悪ノリして一緒に楽しんでしまうという現実的な手段でハッピーに転換していてステキです。

「自分がキラキラと輝き勝ち続けること以外に人が人のために本当にしてやれることなんてなんにもない」とは、村上龍『テニスボーイの憂鬱』の中の言葉ですが、模型を捨てたスレの発端みたいに、相手を理解する具体的姿勢もないのに心配しているような態度は、人のやる気をいちじるしく萎えさせるというだけで「悪」と断定してもいいくらいです。いっそ模型を売った金で一人豪遊でもして、夫が迷いなく自分を見限れるようにしてくれたほうが、まだ気分が良いというもの。

いやあ、それにしても庵野さんって、
ホントに愛すべきバカだったんですね(褒め言葉)

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2006年3月 6日 (月)

フェチと萌えの違いは?

僕はかなり面白く見た昨日の「エウレカセブン」ですが、ネットの実況板とかアニメ板とか見るとえらく評判が悪いですね(汗

やっぱり、もはやエウレカが萌えキャラの文脈から外れてしまっているからでしょうかね? 昨日このブログに書いたような場面が展開されたわけですが、

そのとき、モーリスを鎮めるエウレカの手管を見ましたか?

あれは、言い換えれば「恋人の親を殺して、浮気までしていながら、それでも相手に嫌われずに篭絡するためのセリフ」ですよ。こんなこと書くと、あわてて録画を見直す性悪男&性悪女がたくさんいそう(笑)ただし、あれにはリスクがあって、この手が効くのは自分に惚れていて、揺れている相手だけです。そういう人以外に繰り出すと、返り討ちにあって瞬殺されますよ確実に(笑) 

と、まぁ、もはやこれは「リアル(現実)領域の問題に突入してます。

恋愛っていうのは、両想いで結ばれてめでたし、じゃなくて、
ほんとの問題はそのあとに山のようにふりかかってくるんだ。

……ということを「エウレカセブン」は(なぜか受け手が楽しめない息詰まるような演出で)さんざんやってるわけですが、「萌え」の生息領域は、多くの場合、ラブ成立前の距離をとっている場面でしょう?

僕は一年ちょっと前に出した著書「世界はゴミ箱の中に」の3章で、「萌え」をこう説明しました。

ある人物や架空のキャラクターに対する「萌え」は、言葉の意味としては「好き」に限りなく近い。しかし、好きという気持ちが高まる理由として対象が備えている性的要素が、一般的にひろく魅力とされているものと微妙にズレている現象が「萌え」である。たとえば、かつて美的には負の要素だった眼鏡をかけている子に惹かれる「眼鏡っ子萌え」、やることなすこと失敗ばかりの娘に惹かれる「ドジっ子萌え」などが分かりやすい例だろう。通常マイナスとされる面に風流を見いだす点で「わびさび」との類似を指摘する声もネット上で目にしたことがあるが、性的エネルギーを土台にしているだけに、わびさびとは比較にならない伝染力で、従来個人的な嗜好としかとらえられていなかったマイナーな情動を「萌え」はすくい上げていったのだ。

本の中では、1969年の古〜い庄司薫の小説をネタに、アスキーアートの流石兄弟をナビゲーターとして「流石だよな俺ら、の庄司薫解説」と題して萌え論をぶちかましたわけですが、
こちらからその章全文のPDFを落とせるようにしました→[ダウンロード(約1.1MB)]

そこで問題になったのは「フェチと萌え」は同じ意味じゃないのか?
ということです。

僕が大好きだった「サルまん」の竹熊健太郎氏が、最近、ブログ「たけくまメモ」の「俺と萌え(番外)フェチと萌えは違う?」で、やはりこの問題について書かれています。

竹熊氏のこのエントリを含めた一連の「萌え」話題とそのコメントを読んで、青木KCの「萌え」説明では、どこか重大な部分が欠けてしまっているんだよなー、と感じていた部分が何か、ようやく明確になりました。

「萌え」は、それを感じとれる大多数の間で共通認識とされる「様式美=萌えを成立させるコード」が(乱発と淘汰と承認を経て)自然発生する現象を抜きにしては語れない。ということです。

わかりやすい例として「OSたん」を引きましょうか

画像掲示板「二次元裏@ふたば」から発生した、パソコンのOSを少女擬人化した「OSたん」というのがあって(くわしくはウィキペディアとか参考にしてくださいな)そこではWin Meは緑の髪のドジっ子メイド、Win2000は青いボブヘアの怜悧な眼鏡っ子——というように、あるコードを厳格に採用した上での差異を競うという様式美があります。

ここで「俺にとってWin2000は意外と使えないダメ女のイメージだから」と、既存のOSたんのコードからまったく外れた絵を描き、たとえクオリティの高い絵だったとしても、OSたんの生息地である画像掲示板では「空気読めよ」と、うとんじられてしまいます。

まるで色や、模様や、蜜のありかを示すダンスの変化が少しあっただけで、もう同じ種族としては認識できなくなる虫のようですね。以後そこでは交配がおきなくなって(ありていにいえば、セックスの対象として見えなくなって)独自の進化をとげるしかなくなってしまうのです。

もちろん、そういう突然変異なくして生物進化も新しい様式美も生まれず、
今ある萌えが消費され尽くしたあとを継ぐ者も途絶えてしまうのですが。

虫の話で思いだしたのですが、
僕が3月にして早くも認定してしまう2006年最強の萌えキャラは、
下妻市公認のキャラクター「シモン」ちゃんです。


shimon01

シモンちゃん:下妻市公式ウェブサイトはこちら

今年になってから、
「下妻市のイメージキャラがえらく萌えキャラになったらしい」
という情報を聞きつけ、早速見に行ったわけですが……
その羽はオオムラサキの「オス」の模様ですね……

♂……Σ(゚Д゚ナニーッ そういう意味か
わざとか? やるな下妻!

好きという気持ちが高まる理由として対象が備えている性的要素が、一般的にひろく魅力とされているものと微妙にズレている」という僕の萌え定義どまんなかですよ。なにしろ男の子なのにそんな格好なんですよ(笑)最強! 微妙にズレている、というのが「萌え」のポイントなのです。ガチホモやハードゲイは、萌えじゃなくて、エウレカが描くようなリアル恋愛ですから。

もちろん、下妻市から発注受けた絵師さんは、狙ってやったわけじゃなく、オオムラサキといえばこの羽(メスは地味ですから)だと、天然でデザインしちゃったんでしょう。いや……狙ったかなぁ……

どちらにしても、それを発見して、そこに萌えられる人を
ゴキブリホイホイのように一網打尽にしたことは確かです。
なにしろ、僕が「これってオスだよな」と思ってググってみたら
すでにこの事実に気づいて
(;´Д`)ハァハァ してる人だらけだったんですから!(笑
まったく日本はアメージングな国になったものです(←ぜんぜん困ってない)

それでもまだリアルと萌えの区別を
きちんとわきまえている人が大多数であるのは
昨日のエウレカのウケの悪さが証明してるのかもしれません。

前述したように、虫の進化においては「オールドタイプからセックスの対象として見られなくなるような変異」で、ニュータイプが隔離され、進化へのフィールドがお膳立てされるのですが、それが、もしシモンちゃんのように「オスを惹きつけるオス」という変異だったとしたら、リアルな生物なら一世代で滅亡です。

しかし人間の脳内をフィールドとする「萌え」遺伝子にその制限はありません。

というわけで日本がアメージングな国になり過ぎてリアルで滅びても
萌えは武士道のように青い目のヲタクに引き継がれていくことでしょう

(え、いいの? そんなまとめで?)

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2006年3月 5日 (日)

継母継子モノとしてのエウレカと普通の恋

ニルギリスの「sakura」を4クール目、
最終クールの主題歌に据えたエウレカセブン。
なるほど、
ちょうど東京で桜が咲くころに最終回を迎えることが織り込み済みですね。

さて、今朝の「交響詩篇エウレカセブン」ですが、僕がずっと気になっていた

エウレカを"ママ"とまで慕っている三人の戦災孤児の親を殺したのが、他ならぬエウレカ自身であるということを、よもやスルーしたまま最終回を迎えはしないだろうな?——という危惧にちゃんと答える回になりました。

というか、三人の子のひとり・モーリス、やっぱり気づいてたんだよね。

「忘れてないよね。ママは本当のママを殺したくせに。取りあげたくせに。ぼくたちにはママしかいないのに、一人で逃げださないでよ。勝手にぼくじゃないヤツを好きにならないでよ」

継母継子、あるいは母親再婚モノの
基本と言いますか王道と言いますか、ちゃんと突いてますよねぇ

とにかく

「戻せよ、全部もとに戻してよ」

と「ママとオトコ」にライフルを向けてつぶやくモーリスの言葉は、
直球で本質に届いていて
それしか真の解決はないけど、絶対不可能ということもわかっている
そういう種類の叫びなんですね。

モーリスのキャラ造形はガンダムのカツ・コバヤシのパクリじゃないか? という心の声に負けちゃダメですよ(笑) その手の心の声にうなずき過ぎると、なんでも過去の名作に収斂してしまって、純粋に新しく出会う作品を楽しめなくなっちゃいますから。

と書いていたら、アタマの中で連想回路が起動し、
菊地成孔 Feat. 岩澤瞳の名曲「普通の恋」が鳴りだしました。


♪ 11歳でドストエフスキー
♪ 15歳でエヴァンゲリオン 
♪ 最悪のコースに溺れていたの

♪ 半端に高いIQがいつでもいつでも邪魔になって
♪ 革命ばかりを夢見るけれども何もできない
♪ 悶々として暮らすうちに いつのまにか憶えたことは
♪ 自分の手首をちょっと切ること


……あ、一部だけ抜きだすと、こんな酷い歌詞ですけど、
8分44秒という長めの曲のなかに
ちゃんと物語があって

「人類が決してやめようとしない
 そこらにころがる普通の恋」

に帰着する救済があります。

B面(って言わないよもう。CDだからカップリング)の曲「フロイドと夜桜」も
すごくヘンだけどヨイ曲で、オススメの一枚です、コレ。

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2006年3月 4日 (土)

ポスト・ロモの荒野とハチクロ効果?

昨日、文芸二次試験が終わって研究室のデスクに戻ったところ…

某誌に載せる予定の文芸学科広告データが手違いで先方に着いていないというメモが届いていたので、急きょ広告のデザインをしてくれたスタッフT氏と手直し&先方がダウンロードできるように学部のサーバにUP作業をしました。

他のスタッフはみんな帰ったあとだったので、いろいろ共通の趣味をもっているT氏としゃべくりながら作業をしていたのですが、今回の芸術学部入試の受検者数の話になり「受験生が減っちゃって、写真学科はそろそろ定員割れになりそうだよね」「なんでだろうね」と、カメラ&写真好き文芸野郎な僕らは考えこみました。

「やっぱりロモが、技術的な写真の魅力全部つぶしちゃったよね」

とT氏。文芸学科の副手になった最初の給料でロモを買って使い尽くした彼の言葉は説得力があります。

「あとデジカメね」と僕。

きちんとシャープでスクエアな写真撮影を経験したあとで
ロモのモヤモヤブレブレの世界も知ると豊かな気持ちになれるのですが
最初から「オシャレグッズ」としてロモに飛びついちゃった人は
いまはきっとケータイで写メールしかしてないでしょう。

それで思いだすのが
子供の絵の展覧会を見たあとのピカソのこんな言葉です。

「わたしはこの子たちの歳には、ラファエロのように描くことができた。 
 しかし、この子たちのように描けるようになるのには一生かかった」

アラーキーこと、荒木経惟の写真も、そう。
きちんと写真の技術を身につけたうえで、悪ふざけが過ぎる写真を撮りまくり、やがて、コニカ・ビックミニ(しかも日付写しこみONにした)を目の前にかざして、無造作にシャッターを切る「私写真」に行き着いたアラーキー。

ファインダを覗いて撮るカメラが当たり前だったころ(ほんの5,6年前まで)自分がいつも見ている目の高さでシャッターを切るという行為は、無意識に撮っていれば誰でも体現できたわけです。だから、アラーキーは、あえて誰でもしていることをことさらに強調することによって「私写真」というコンセプトを示すことができたのです。

ところが、デジカメやケータイの液晶を見ながら撮るのが、メジャーな「写真」となった今、自分の視線からちょっとだけズレた「画面に映るもの=客観的な視線」を写し取るものに変化してきました。

「私写真」が女の子の「私」写真ブーム「ガーリーフォト」につながり、
もともとシャープな写真が撮れないロシア製カメラ「ロモ」ブームがおとずれ
デジカメとケータイのカメラが、
現像という「間」があったフィルム写真を駆逐して……

ついに芸術学部が教えるような「写真」の世界は
荒野になってしまいまったような気がします。

ただ、美術学科とデザイン学科だけは、
少子化のただ中にあって受験生が増えてるんですよ、今年は。

これは……これはもしかしてあの美大グダグダ恋愛コミック
ハチミツとクローバー」効果ですか?

「ハチクロ」といえば、僕の実習授業とってる学生たちと話をしたときに、真山の人気が高くてびっくりしました。そんなにメガネ男子がいいのか(笑)。僕は「真山と山田は窓から投げ捨てろ!」派(あの二人がいなくなったら話がなりたちません、というクレームは却下)前にも書きましたが花本先生と野宮さん派ですよ、僕は。しかし8巻で野宮までもが「青春スーツ」を再装着してしまって、あまりの痒さに思わずコミックを窓から投げ捨てそうになりました(汗 

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2006年3月 2日 (木)

チェリーブラッサム舞い散る君の声に

いやはや、何ヶ月ぶり? 

あけましておめでとう、も、昔好きだったひと四人ぶんの誕生日と今は亡きペット五匹ぶんの誕生日も、年の初めから今日までの二ヵ月ばかりの間に詰まってたことに今思い当たりました。そのうちのn人は今でも好きです(私信)私信?

……さて、その二ヵ月ばかりのどこかで立ち寄った何かの店先に池があって、そこに朱色の金魚がたくさん泳いでいたわけですが。

「金魚」という名前から「カネ(現金あるいは金の延べ棒のアレ)の魚」というイメージを連想する人は少ないと思います。

字面から見れば、そういう感覚を持つ人が50パーセント超えてもいいような気がするのですが、これはきっと、金魚という言葉を、漢字なんてほとんど書けない幼い日に知ってしまうからでしょうね。

「キンギョ」という音と、あのバーミリオンに染まる小さなサカナの結びつきが全てで、「金魚」という漢字はあとからついてくる。……そういう出会い方をする人がほとんどだから、金という表意文字が、表に出てこれないのかもしれません。

名前というのは強い力をもっていて、
一度それをその名で知ってしまった人には
違う名で呼ばれるそのものの姿を見ることはできない——

もしそうなら「桜」はどうですか?

英語では「Cherry tree」 チェリーが成る木です。
チェリーは日本語ではさくらんぼですが、それはあくまで桜という木に成る実だからさくらんぼなのであって、さくらんぼ→チェリー という翻訳は、確立しているようで肝心のところが抜けています。英語の認識ではチェリーが先。日本の認識では春に短く咲き乱れる桜花が先です。桜花は桜花であって「Cherry blossoms」ではない。——チェリーを成らせる花なんて回りくどい認識をする日本人はほとんどいないんじゃないでしょうか?

アニメ「交響詩篇エウレカセブン」の最終クールのオープニング主題歌がニルギリスの「sakura」になって(ニルギリス公式サイトはこちら。音出し注意。3/1現在、まさにその曲がかかります)たまたま昨日がリリース日(iPodにテレビからエンコードしたmp3を半月ばかり前に入れていたので、まだ売ってなかったの?という感じ)だったこの曲は、なかで唄われる歌詞は「Cherry blossom」でありながら、タイトルは「sakura」なんですね。

判っててやってるのかな?
それとも天然かな?
どちらにしても、けっこう知能指数高いやり口ですね。
好きですよ、こういうの。

知らず知らず「チェリブラッサ♪どこまでも舞い散る君の声に」と口ずさんでいる自分に気づいてハッとしたりします(汗)     誰が何といおうと、口ずさんでしまう曲というのは、文字通り「聞き捨てならない」曲なのです。

何度か聴いていると、「卒業」という歌詞はなくても、これが「桜」にかけて「卒業」を歌った曲なのだと気づきます。「♪夢心地の朝一番に差しこんだ光と終わってしまう恋 明日からは別々の道 そんな突然心の準備が出来ない 縮まらない何かを僕らは知っていたの?」
こうして文字だけで書くと赤面ものですけど、
曲として聴くと、ストレートすぎて逆にイイところまで行ってますよ。
「チェリブラッサ♪涙すべて忘れて、今からFall in Love 届きますか?」

さて、明日は僕の職場・日芸文芸学科入試の二次試験です。
入試実務委員なんて責任ある立場を拝命しているので、いまこの時間になっても「あれ、なんか大事な準備を忘れてないか?」と不安になるのですが、まさしくリアルに「卒業」をひかえ、文芸学科に挑戦してくれる受験生のみなさんは、もっとドキドキしていることでしょう。挑戦のステージづくりにベストを尽くそうと思います。

意志と力ある人に正しく「桜/Cherry blossoms」が咲きますように!

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2005年12月 4日 (日)

小林丸

いま「小林丸」でググっても、僕が望む小林丸はぜんぜん上の方でヒットしませんね。そりゃそうか。それにしてもホントに「小林丸」って名前の船が存在するとは思わなかった。もちろん中性子タンカー宇宙船などではなく、ただのイカ釣り船だったりするんですけど(笑)

学校の先生という職業上、レポート課題やテストのために問題を考えることが多々あるわけですが、

「絶対に解けない問題」

という概念を示した時、僕と同世代(1970年前後の生まれ)でSF好きだった人なら、きっと

「ああ、小林丸テストね」

と言ってくれるような気がします。

元ネタは、映画『スタートレックII カーンの逆襲』(1982年)に出てくる宇宙士官候補生への最終テスト。どんな選択をしても必ず最後には宇宙船・小林丸が沈むように仕組まれているのですが、そこでどんな対応をするかが評価の対象になっているわけです。「多数の利益のために少数を見殺しにできるか?」というジレンマから逃げられない小林丸テストは、どの時代にも共通する象徴的難問と言えるでしょう。

しかし、もはや「コバヤシマルテスト」はジェネレーションギャップの中に消え去りつつある言葉です。

たぶん、10年後には

「ATフィールド」

という言葉にも「ああ、心の壁ね」と反応できない世代が育ってくるのでしょう。

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2005年10月23日 (日)

「模造記憶」と新クール突入

気がついてみれば最新エントリがひと月くらい前じゃないですか(汗)
ここのところどうも時間の流れが早くて一週間の体感速度が三日に圧縮されてるような気分です。天体の運行周期から月とか週とかの単位を発明した人は偉大ですね。この区切りがないと、多忙期にはホント無間地獄に落ちた気がします。とくに月の運行から切り離されている男の肉体の持ち主としては。

男はもっと短期的にムラムラくるからその周期に支配されてるだろ…って
その手の性欲が男だけのもの、っていうのは迷信だよね。
最近枯れてるよな自分。おい大丈夫か男35歳(苦笑

そういえば一昨日(10/21金)受講者全員分の講評をした文芸特殊講義IX課題「模造記憶」をテーマに書く——を受け取ったとき、学生証番号順に並べて読み始めた最初の作品が、アダルトショップで出会った怪しい夢精マシーン「リリス」に手を出してしまった男の話でした。

リリスといえばアダムの最初の妻で、エロすぎたんでエデンの園から追放され、アダムには彼自身の肋骨から作られた従順な妻イブが与えられたわけですが(話の中で直接この神話を引用するような無粋なマネをしない書き手はグッジョブです。小説書きってのは全部説明してしまいたいという衝動に対してストイックにならなきゃいけません)。リリスというデバイスを使い、神話のように自分の分身イブと恋愛(という名の自慰)を続けることを選択した者には、けっして「他者としての」恋人と出会うことは出来ないという書き手の諦念があらわれているような、非常にあけすけな良作でした。

はるかな昔、僕が小学生時代に読んだ性教育漫画で「夢精は男の子の生理」みたいな扱いをしていたものがあって、けっこうその情報にしばられて「うっかり修学旅行で夢精したらどうしよう」とか不安でガクガクブルブルしていた時期があったんですが、実際これだけ情報過多な時代だと「オナニーとセックス以外で射精をしたことがないよ派」つまり、最初から自慰行為をおぼえていたよ派の人が多いんじゃないでしょうか? かくいう僕もそっち派で、経験しえぬ「夢精」という幻に憧れて、昔ちょっと相当がんばって何週間も禁欲生活をしたことがありますが(笑)、たまれば夢精するっていう、そういうもんでもないらしい。というわけで夢精マシン「リリス」がホントにあったらぜひ使ってみたいです。

朝っぱらから何書いてんだ。アホか

……マジメな話に戻しまして(汗) 僕は十数年前の学生時代、講義もので課題レポートを提出しても反応が成績表のABCだけじゃ張り合いが無いよなぁと感じてました。レポート返却時に講評を書いてくれる先生はいましたけど、他の人がどんなものを書いたのかって気になるじゃないですか。だから自分が講義をする立場になったら、全員分の講評をプリントにして配るくらいのことはしたいなぁ、と考えていました。

文芸学科には1年次からゼミがあるので、その機能はゼミが果たしている部分はあるけれど、講義ものだって最低限フィードバックがあっていいんじゃないの?と、今回初挑戦したわけです。講評……しかも、ただの評価ではなくてどんなレポートなのか概略も分かるように書くにはもう一度読み直さなくてはならなくて、思ったより難儀しました。講師一年生だし、ノウハウを積み上げなくちゃ、とそれなりに必死な感じ。でも、すごく良い作品に仕上げてくる学生がいるのでこちらもやる気パルスが同調してテンションがあがりますよ。今回の「模造記憶」ベスト3は、MYさんの「I・G 〜僕らの気晴らし〜」、YY君の「人限の条件」、最初に紹介したHK君の「リリスの悪戯」ですね。技術やセンスを感じられる学生と出会うと、こんどはどんなテーマでそれを引きずりだしてやろうかと頭をひねる回転数も上がろうというものです。

と、学生を鼓舞するばっかじゃなく、今日中に自分の原稿も書かなきゃならんのでした。それも複数(汗) あーもうバイクで信州まで蕎麦食いに走りたい、というイケない衝動を抑えるために「よし、朝っぱらから酒飲んでしまえばバイクの運転ができないぞ」とビール飲んで、結局昼寝してしまうとか、巧妙な二段スライド方式の逃避をするダメ人間な自分が分かっているので、今日は外に出ないことにします!運良く冷蔵庫のビールも切れたし。

ちなみに30で禁煙に成功した僕の方法を教えましょう。
「タバコを買わない」
これだけです。結局はコスト(手間)の問題なんですよ。いかにDIY精神にあふれた人でも、タバコを育てて葉を乾燥させて…なんて面倒くさくてやる気がしないでしょう(注・それ以前に違法です)。ならば「買わない」で完璧。つまり、買っても吸わない、なんて人間にはムリだってことです。買った時点で失敗。ビールも。というわけで、今日の僕は引きこもりです。

引きこもりだからアニメを観るくらい許してくれよぅ、と朝7時から3クール目に突入した『交響詩篇エウレカセブン』をリアルタイムで視聴。

オープニングテーマが変わった! ビバッチェっすか!? しかし……ビバッチェってRSRでライブ観たときは格好良かったけど、こう、アニメを背景に歌だけ聴くと正直……いや、かなりショボくないですか?(ファンの方すいません) というか、音楽に画を合わせようという意志がないように思えるんですが、もしかして「歌詞」と合わせようって試み?

ヤバイ。それ失敗してます。

今日の本編は一行で要約すると
1stガンダムでランバラルが散る「死闘!ホワイト・ベース」です。
いや、ちゃんとオマージュとして認めますよ、パクりじゃなく。
来週はハモンさん……じゃなくてレイが逆襲にくるんだろうな、と(笑)

もちろんエンディングも新しいのに変わってるんですよね。不安。

……は、ハルカリですか。あのダルい女ラップですか
はぁ……朝食にベーコン食いたくなりましたよ(ワラ

買い物に行ってくるか(引きこもり宣言は!?)

-------------------13:55追記------------------------

パスタを茹でて昼食をとり、納得のいかなかったエウレカセブンの新オープニングの録画を五回見直しました。このひどさはビバッチェにはまったく責任がないですね。雰囲気の似たところでイースタンユースが歌ってたって、あの……あのラストのキメの止め絵のひどさの前にはすべてが台無しですよ! 止め絵一枚に時間や人材を一人割く余裕もなかったんでしょうか?……放映2時間前にようやく間に合いました、ってくらいの雑な絵。正直、僕が(某バイク雑誌のために二ヵ月に渡ってエヴァンゲリオンのパロディ漫画を描いていたという恥ずかしい過去を曝してでも)時間がないなら無給で手伝わせてください!これよりなんぼかマシな絵を描きます!と志願したいくらいの——と言えばわかってもらえそうなレベルのダメさです。来週には何もなかったかのように描き直した絵と差し替えられていることを切に願います……

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2005年9月15日 (木)

逆境ナインと雪風における「省略法」

映画を先に観てしまった『逆境ナイン』。映画で面白いと感じたならぜひ原作コミックも読むべし!と多方面からの熱いススメをうけて、この夏、新装版で全巻買って一気に読みました。

面白かった——と同時に、こんなに面白いエピソードがたくさんあるのに、映画版ではバッサリと切り捨てられている部分がたくさんあることに恐れの感情すら抱きましたね。もったいないという感情ではないです。先入観なく純粋に映画を楽しめた僕としては、映画の枠に収めるために魅力的なキャラクターや場面をサックリ捨てられる脚本家や監督の決断力の強さに、やられた!という恐れの感情を抱くのです。

もちろん、惜しげもなく捨てたわけではないでしょう。
コミック2巻の、テスト補講日と地区予選日が重なっている事実を前にしてキャプテン不屈闘志が赤点回避のため猛勉強するシーンのように、苦渋に満ちた選択だったと思います。ちなみにこのシーンも映画ではカットされているのですが、監督のサカキバラゴウ先生から「1科目につきカード一枚分くらいは覚えられるだろう。4日間でここにまとめろ」という示唆を受けて、試験範囲をこんな小さなカードにまとめられるわけがないと思いつつ、不屈闘志はチャレンジします。

——カードに収めるためには大幅に項目をカットしなければならない。断腸の思いでカットしていく不屈。まるでそれは部員の中からレギュラーメンバーを選別していく作業そっくりで、落ちた者への申し訳なさが心をとらえるように、かえって教科書のカットした項目が不屈の心をとらえてゆき、知らず知らずのうちにテストの範囲とひとつになってゆく——

映画制作でも、すさまじいまでの場面カットを行いながら『逆境ナイン』原作の本質とひとつになる奇跡が起こったのだと思います。まさしくやる気パルスの同調!(このパルスの説明も、男球〈おとこだま〉の理屈も映画では省かれてました。普通の感覚では思わず解説したくなってしまうだろうに……展開のリズムとスピードのために涙をのんでカットしたのでしょう)

原作モノの映像化ということで、もうひとつ触れずにはいられない作品が、神林長平のSF小説「戦闘妖精雪風」をアニメ化したDVDシリーズですね。先日(8/25)にリリースされた5本目で完結しましたが、こちらも『逆境ナイン』に負けず劣らずの省略っぷりでした。

もともと神林長平の小説が「叙述コミュニケートSF」とでも呼べるものなので、原作ファンのなかにはCGバリバリの空戦アニメがお気に召さない方がたくさんいたようですが、そういう人はいったいどんな映像を期待していたのでしょう? 原作は小説にしか創出できないことをやっているのだから、そのままの映像化なんて絶対無理だと思います。神林マジックは言葉が一人一人のなかにそれぞれの現実を創出する技なのだから、10人いれば10の映像が脳内にできる。映像作品がやろうとしていることとは異質のアプローチです。

ま、そう言いつつも、原作『グッドラック』で100ページ以上を費やして書かれていた不可知戦域でのジャムに対する雪風の賭けが(いい展開なんだこれが)わずか3分でなんの解説もなく描写されてしまったのにはビックリ仰天しました。さすがにこの省略法を、原作を先に読んでも映画を先に観ても楽しめる『逆境ナイン』と同じ手法とは言えませんね。原作を読んでいないと、あの3分間を「とてつもない緊張状態」としてとらえ、興奮することは不可能でしょう。

つまりアニメ版『雪風』に対する結論としては、原作を先に読め!と。

原作は、とくに二巻目の『グッドラック』は神林長平を読み慣れてない人にはツラいかもしれませんが、あれを読破して面白かったと思える人なら、ぜひアニメ版も観てください。なんで原作ファンからあんなに叩かれてるんだろう? DVD4巻目の空戦シーンなんて素晴らしいと思うけどなぁ。

いままで、どんなアニメや映画でも「ロングレンジのミサイル戦闘なのに、とっくみあいのケンカのような距離感」に見える絵作りがされていて、まぁ、演出上しかたないのかなぁ、とあきらめてましたけど、雪風 DVD4巻目を観て目からうろこが落ちましたよ。まっこうから「ロングレンジの戦闘」に挑戦しつつ、ちゃんと緊迫感のある映像になってるんです! 僕はあれでGONZO見直しました!

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えー、身辺報告。一時は真剣に筆談器導入を考えましたが、
ようやくしゃべっても殺人的な咳が出なくなったので今日から職場復帰しました。
関係各所にはご心配おかけしましてどうもすいませんでした。

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2005年7月31日 (日)

脚本・小中千昭

いろいろ書きたいことがあるのだけれど
余裕がなくて更新できずに迎える日曜の朝。
目覚ましを仕掛けているわけでもないのにちゃんと7時前に目覚める。
——なんだ? ちゃんと身体が習慣化してるのか?
テレビをつける。
「エウレカセブン」をみる。
なにこのどこかで見たような電波演出? と思ったら
エンドロールで本日の脚本が「lain」の小中千昭さんだと判明。

やっぱりな……

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2005年7月24日 (日)

エウレカセブン —機械とシンクロする快感の暗黒面

6:30
はげしい渇きで目覚めて、
「ああ、そういえば昨日、よくない酒の飲み方をして寝た」と思いだす。
ふらふら冷蔵庫まで歩きながら、ポカリスエットが常備されてる冷蔵庫の持ち主は、スポーツマンより酒飲みのほうが多いんじゃないかと思う。

7:00
テレビをつける。こんな、高い視聴率なんて狙えない時間に放映されているわりにクオリティの高い絵をみせる(が、物語として光る部分は未知数で何ともいえない)アニメ『交響詩篇エウレカセブン』をみる。全50話予定の15話目。2クール目に入ってOPと主題歌も変わった。HOME MADE 家族の「少年ハート」。バックのピアノがフェンダーのローズピアノを意識した音色でいいよね、って、目のつけ所がおかしいのは重々承知だ。昔々10代の頃、河合楽器のK-1という懐かしシンセで、無謀にもあの音を作ろうとがんばった思い出があるので耳が反応するのだ。お許しを(笑

さて,今日の『エウレカセブン』だが、1クール消化しているというのに全く主人公らしい活躍がなかった少年・レントンが、突然、ニルバーシュという人型巨大メカの操縦に目覚めて、本来のニルバーシュ操縦者の少女、エウレカ以上の機動をみせる。

これまでレントンは一目惚れしたエウレカの力になりたいと、自分を常に彼女の下位に置いてさまざまなサポートをしてきたが、ニルバーシュの操縦に目覚めて、エウレカの助手席にとどまらない形で彼女を守りたいと考える。しかし、エウレカはレントンの操縦に嫉妬したのか、ニルバーシュに近づくことを拒絶する。

そんなエウレカに「ちょっとむかつく」ことを覚えたレントンは、ようやく理想の天使のような女の子ではない、ウンコもオシッコも理不尽な要求もするリアルな女としてのエウレカを知る糸口をつかんだわけだ。このような「初めて《他者》と出会った少年の苦くもリアルな恋愛」を絡めたロボットアニメだというのなら、この展開は遅すぎなんじゃないか?というシリーズ構成にも納得がいく。

ここまできてやっと、なんで50話も必要なんだ?という疑問の答えらしきものが見えたが、これが僕の勝手な思いこみでないことを祈ろう。

さて、今日のアニメの話を現実の視点に移すと「ハンドルを握ると性格が変わる」人のことを想起せずにはいられない。疲れを知らない強力なエンジンパワーを得て、それを自分の力だと勘違いする、スターウォーズ的にいうと「フォースの暗黒面」に落ちた人だ。

バイク乗りの自分も身に覚えがある。かつて250ccの小さなオフロードバイクに乗っていた僕は、パリダカールラリー優勝車の血を引く650ccのBMW F650GSに乗りかえた時、すぐにそのパワーと操縦性に酔いしれてしまった。まるで自分がものすごく速くなったような気分。

それからだ—— 全身黒ずくめでワルを気取っているような大型バイク乗り(なぜかカワサキの900ニンジャが多い)が、荒っぽい車線変更で他のクルマにブレーキを踏ませるようなひどい抜かし方をしているのを見たりすると、自分の中に「怒り」に似た火が点くようになったのは。

いきがってるんじゃないよ!と、僕は正しくウインカーを出して車線変更をしながら900ニンジャの背後に追いすがり、ピタリと斜め後ろについてプレッシャーを与える「無茶な運転をしていながら、排気量もパワーも下のバイクに追いつかれる自分の腕を省みろ」と。

だが、そんな僕が立脚しているのも「オレ解釈の勝手なルール」で、私刑(リンチ)と何ら変わることのない「悪」だ。羊の群れのように走っている他のクルマにしてみれば、ニンジャ乗りも僕も変わりはない。こんな走りをした後は、決まって家に帰り着いてから激しい自己嫌悪に陥ってしまう。

250に乗っていた時なら、ああいうニンジャ乗りに出会っても、追っかけようとは思わなかったのだ。はなっから性能差で追いつけないから。……結局、そう思ってしまうのは、性能の良いバイクを手にして、そのフォースの暗黒面の誘惑に堕ちてしまったからに他ならない。

5月にバイクを乗りかえようと決意したのは、どうしても暗黒面から逃げ切れなかったという理由もある。今の愛車となったボンネビルT100に試乗した時だが、「彼」は、

「あー無理無理、オレ、いちおう馬力はあるけど、そんな機敏な動作できねぇから。ゆっくり行こうぜ旦那」

と、「乗り味」というカタチの機械語でつぶやいてきたのだ。って『キノの旅』のエルメスかおまえは(笑) まだ人間の言葉で話してくるウザさがないから許してやることにしよう。じゃ、今日もどんどん路肩をすり抜ける原チャリに抜かされながら(笑)、ゆったり東京の道を走ってくるか。ん?

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