2008年1月 4日 (金)

【業務連絡】文芸特殊講義IXの課題 と 江古田文学の原稿募集について

そろそろ正月気分ともサヨナラしなくちゃいけませんね。
明日の夜には、僕も東京に戻って新年の仕事に備えます。

そういえば東京の自宅のフレッツ光の具合がおかしくてネットが使えないのでした。ニコ厨にはツラい……じゃなくて(汗) 今のうちに業務連絡を……

というわけで、一週間後が提出期限の僕の授業の課題を掲載しておきます。
元日のこのブログでも書いた、ニコ動を巡る特別講座と連動した課題で、以下、その際に配ったチラシの文面を全文転載します。課題は後半にあります。

■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■  

文芸特殊講義IX  特別講座
2007年12月7日(金)13時〜

「ニコニコ動画に集うクリエイティブ」
特別講師
中澤友作株式会社ドワンゴ 広告宣伝部

◆◆◆この特別講座に寄せて◆◆◆ 
   青木敬士・文芸特殊講義IX 担当講師

「無題」という作品はどんな美術展でも目にはいりますが、
名無し作家の作品にはめったに出会えません。

それは「あの人の作るものならば間違いない」というクオリティを保証するもの=ブランドにまで作家名が高まらなければ、なかなか美術館収蔵という権威の壁を越えられないからです。

そのような権威とは無縁な場所で、いま、最もホットに作品発表と批評が行われているのが、ネット上の「ニコニコ動画」です。

アップされた動画の画面上にリアルタイムに感想が書き込まれていくシステムは、作品のアイデアやクオリティ次第で、一夜にして数万人の視線を集めることも可能なステージなのです。

不思議なことに、そこで発表する人々は自分の名前を前面に出そうとはしません。

お金がもらえるわけでもない場所で惜しみなくハイクオリティな作品をアップする名無したちに向かって、ネット住民は畏敬の意をこめて「才能の無駄遣い」という賛辞を贈ります。かつてネットを捉えるキーワードだった「匿名」という存在からニコ動の「名無し」への進化を、いま僕らは目にしているといえるかもしれません。

◆◆◆文芸特殊講義IXの後期課題について◆◆◆

今回の特別講座とも関連しますが、
文芸特殊講義IXの後期課題は
「名無しの才能」をテーマとします。

2008年2月末発行予定の「江古田文学」67号特集「名無しの才能(仮題)」と連動した課題で、優れた論文、レヴューや紹介記事を提出していただいた方については、「江古田文学」の特集に採用させていただくこともあります。

書店売りもある市販文芸誌に文章が載る機会でもあるので、他者を惹きつける・他者に読んでもらう文章を意識してテーマに挑戦して下さい。(特殊講義IX受講者以外の方の寄稿も歓迎します)

形式は自由ですが、以下に考えられるいくつかのパターンを例示——

・ニコニコ動画をはじめとするネット関連のクリエイティブはもちろん、印刷媒体の同人誌(二次創作含む)や、同人ゲームなど、「すでに確立しているメジャーブランド」によらない創作者・創作物について、レヴューや批評を紹介記事的な形で書く。動画をYouTubeやニコニコ動画にあっぷしてみた、といった体験レポート的なものでもOK。

・対価をもらわずにハイクオリティな作品をアップする素人が大挙してくる時代にプロはどう生き残るべきか、といった考察論文などもOK。

・プロの作品も、二次創作やパロディとして消費されることを前提としたつくりにシフトしているのではないか(踊りをまねられることを期待したアニメのオープニングなど)などの切り口から、メジャー作品と「名無し」の関係について考察することもテーマに含めます。

●提出期限は2008年1月11日(金) 授業時
メールでの提出もOKです。
aoki-kc@nifty.com(青木敬士)まで。

■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ 

以上です。

上記文中にもありますが、江古田文学の特集「名無しの才能」については、一般の方の原稿も歓迎いたします。(江古田文学は寄稿によって成り立っている雑誌ですので、原稿料はお出しできませんが、執筆者に掲載誌は進呈いたします)

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2008年1月 3日 (木)

ボーカロイドは体外受精の夢を見るか

Mikuroid_2最近やたらと話題に取り上げております「初音ミク」「鏡音リン・レン」ですが、「いまさら聞けない基本知識」的に説明すると、メロディーと歌詞を入力することで人の声を元にした歌声を合成することができるソフトです。

機械に人間みたいに歌わせられるってことで、つまり「楽器」のひとつなわけですが、それがキャラクターとして人格をもったことで、あたかも「歌手」であるかのような共同幻想をかもしだし、結果として年末の「初音ミク着うた配信JASRAC登録問題」に発展したのではないかと僕は考えます。

初音ミクを「楽器として使って曲を作る」ことにはなんの問題もないんですが、「キャラクターとしての初音ミク名義で」曲を配信しようと登録したことが問題になってくる、というややこしさですね。

ワープロソフトに例えれば、Wordで書いた小説にWordの開発者やマイクロソフトが権利を主張できないのはわかるんだけど、初音ミクだって「楽器」だから、ミクで制作した音楽についてクリプトンが権利主張するのもおかしいんじゃない?と問われても、なんとなくしっくりこないのはどうしてなんでしょうね。

そして開発元のクリプトンやニコニコユーザが、
ミクを「育てた」と表現するとしっくりくるのはどうしてなんでしょう? 

僕には配信問題の決着より、この、初音ミクをめぐって自分のなかに呼び覚まされる「ざわざわ落ち着かない感覚」のほうが興味深かったです。SF好きの血が騒ぐんですよ。

コンピュータが意識をもつ、というテーマはよくSFのネタにされますが、コンピュータの性能が上がって知識の集積度がある臨界に達したときに意識が生じる……なんていう古典的帰結より、初音ミクのように「楽器」が共同幻想として「人格」を発生させることで「意識が肉体の外にある生命」が誕生する……なんてアイデアのほうがはるかに魅力的です。

悪名高きコピーアットワンスが、自己同一性を機械に意識させるきっかけになって機械生命が誕生するとか ←一時この考え方、僕の中でマイブームだったんですけど(笑)、そういうSF的妄想をするのが好きなんです。

「認めたくないものだな。
 理屈で取り繕うほどに、みっくみくにされてる自分を……」

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2008年1月 1日 (火)

【元旦】ニコ動&ボーカロイドの年を振り返って

無事新年を迎えることができました。昨年度お世話になったり楽しませてくれたみなさま(人間以外も含む)にありがとう。

自分でこんなネタ絵描くなよ(汗)って感じの年賀画像をどうぞ(絵は芸祭本に提供したやつの使い回しだったり…汗)しょこたんがホントはアンドロイドだったら青木先生の負けw

2008nenga

2007年を振り返ってみると、まさにニコニコ動画(1歳)の拘束具を引きちぎったような成長と、そこに突如降臨した電脳の歌姫・初音ミク(0歳4ヶ月)の活躍に染めぬかれたような年でした——僕の個人的印象では。

Ncnc071207 12月7日には、ニコニコ動画の広報担当・中澤友作さん(個人的な知り合いでもあるんですが)を僕の授業枠に招いた特別講座を実現させることができました。90人教室で立ち見が出るくらい盛況で、ニコ動に対する学生の関心の高さがビシビシと伝わってきましたね。もともと日大芸術学部 文芸学科で僕が担当している文芸特殊講義IXは、普段からネットコミュニケーションやサブカルチャーをメインに据えているので、ニコ動の「中の人」がやって来る」となれば、満員御礼も当然といえば当然。

ニコニコ動画一年の歴史を象徴する動画を映写しながらの、楽しくも濃ゆい特別講座になりましたが、事前に中澤さんと打ち合わせていたなかで、僕の側から「できることならこれは入れたいんだけど」と持ちかけていたのは、
「ニコ動はたしかに面白いけど、その理由に、著作権のしばりを無視した元ネタの自由な引用と編集があることは否定できない。でも、アンダーグラウンドを気取って大人の事情を通さないでいたら、法律の力で、みんながいま遊んでいるこの世界ごと消滅させられてしまう。そうならないために、『中の人』たちは、たとえカッコ悪くみえても現実的な策を考えてるんだよ、ってところを学生に気づかせられないかなぁ?」ということでした。

この特別講座の前の週までに、同じ授業枠で、アメリカの911同時多発テロ(2001年)を先取りしたかのような押井守監督のアニメ映画『劇場版パトレイバー2 the Movie』(1993年作品)を見せて、

「911は犯罪として扱うことができたはずなのに、アメリカは戦争として扱ったためにその後の混迷を招いた。それに対し、パイレイバーの後藤さん筆頭とする警察官は、あくまで事件を「犯罪」として扱い、自分たちが依って立つルールの範囲内で最大限の戦いをした。そこに説得力つきのシブい格好良さがにじみ出てくるのが感じられない?」という趣旨の講義をしたのは、じつは偶然ではありません。(ちなみに911犯罪論については、大塚英志さんが『「戦時下」のおたく』で深く突っ込んでいるので、興味のある方は一読を)

ニコニコ動画という遊び場がいくらアナーキーでも、それを「存続させよう」と思うならば、自分とは違う理屈で動いている人たち(コンテンツ権利者やJASRACなど)をも納得させられるルールを考えて、最良の策を練る大人役がいないといかんでしょ?という流れを考えてのことです。(ちなみに僕は『グレンラガン』で一番好きなキャラがロシウなんだよね)

黙れJASRAC!表現の自由の敵!正義のドリルで天を突くぜ!と全面戦争するのはフリーダムなネットユーザ的にはカッコいいけど(ゴメン、僕もちょっとそう思うけど)んなアメリカンな……ってことですよ。

または、ノンポリなユーザたちは「ニコ動が消えてもまた別のが出来るからそっちに移住するさ」というかもしれないけど、いつまでも盗人扱いされ続けるのも気持ち悪いでしょ?ってことです。

その回答として「リスナーを音楽泥棒扱いするのは間違っている。適切な課金でちゃんとアーティストに還元されるシステムをつくれば、誰も罪人扱いせずにみんながハッピーになれる」と、アップルのジョブズはiPodとiTunesを世に問うたわけですが、僕は日本においてニコニコ動画にその種の改革をおこしてほしい。そんな期待をこめてこの特別講座を企画しました。

とくにボーカロイド・初音ミクによるオリジナル曲については、まったく著作権問題に抵触せずに名無しクリエイターたちの才能を目覚めさせたという点で、マクロス的な意味で「ミック・デカルチャー!(ぶ、文化だ)」と叫び出したくなるくらいに衝撃的な文化の芽生えだったわけです。なので、年末の初音ミク楽曲配信JASRAC登録問題は、ちょっと残念だったんですが、ニコニコ動画には名無しの才能の釣り堀(って言葉が悪いか)として「きちんとした形で」存続してもらいたいわけです。

だけど日芸の学生たちは正直というか……実際の特別講座の時、中澤さんがJAMプロジェクト(権利者からの「自由に改変していいよ」という許諾のもとで行われた二次創作としてのリミックス祭り)について話し始めたとき、学生たちの空気がちょっと引きぎみになったのには、僕も内心苦笑してました。「お仕着せ」が嫌いな気持ちはこちらも重々承知。(中澤さんも僕も日芸出身だしね)もし禁を破ってUPするなら自己責任の覚悟をもってやれ、っていうのが本音かな。

だから文化庁方面のダウンロード違法化論議は「逆の意味で」寝言は寝て言え!って感じです。覚悟の討ち入りアップロード&切腹もさせないつもりか? どんだけ過保護なんだこの国は?……って、ちょ、話が暴走脱線気味ですね、スミマセン。

こういうことを考えるときに、よく僕の頭に浮かぶ言葉があります。所ジョージが雑誌『ライトニング』(Vol.13・1995年5月号)の「全国不良オヤジ発掘」で受けていたインタビューなんですが、そこで、所さんは

『世』の外に出るのはスゴイ簡単なわけ。不良ってのは『世』の中でやってるからカッコいいのであって 、犯罪を犯したりとかは『世』の外なわけ。それを見て、世の中そういう奴はいるんだよ、まいった世の中だな、っていうけど、それは『世』の中じゃないの。外なんだからカンケーないの、そんな奴は。カンケーない奴ほどカッコ悪いことはないわけ。で、カンケーないって見られるのはスゴく簡単なことなの。そーじゃなくて『世』の中で評価されなくちゃ。そうするとスゴく難しいことなんだと思うよ

と「不良」について語っています。
ニコニコ動画には、
いつまでも不良でいてほしいですね。(←所さん的な意味で)

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  ※この特別講座で配ったプリントの内容を
   こちらに転載しました→■クリック■

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2006年8月11日 (金)

インダストリアルなメカフェチ的帰路

職場の研修旅行(現地集合)のため、伊香保を目指して関越道を疾走。
ボンネビルのジェントルな二気筒エンジンのリズムも、
高速では連続音のうなりとなって、
ハンドルに伝わる振動でビリビリと手を痺れさせます。

お盆の帰省渋滞は前倒しされなかったようで、意外と快調な流れ。
……だというのに、すいてる道中で、
わざわざ僕の直後にピタリとつけてくるスカイラインが!?

なんだコイツ?……と思ったら、学科主任のY教授でした(笑)

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

そして研修(というよりは懇親)の会がつつがなく終了した翌朝——
現地解散なので、帰り道は好き勝手に寄り道ができます。

まずは榛名湖をめざしてヒルクライム。陽射しを浴びているというのに峠の空気は冷たくて、東京までずっとこのままでお願いしたいくらいの心地よさ。
お約束の『頭文字D』スタート地点での一枚。

20060811_akina

榛名湖からは榛名神社へ下る道を行き、そのまま南下。
国道18号に出て、東京とは逆方向へ。
碓氷峠鉄道文化むらに立ち寄ります。

以下、人目をはばからずメカフェチ趣味全開。

Dml61
なんだか判らない写真でしょうが、DD53の機関室です。
(と説明しても、一般の人には  ハァ?(゚Д゚) って感じですよね)


親子連れが競うように機関車の運転席に座って記念写真を撮っているのを尻目に、僕は運転席の背後に開いた小窓から内部を覗いて(これがDML61Zエンジンか。実物を初めて見た。ありがたや〜 ラジエターが室内配置とは、これまた思いきった設計! 除雪車としての稼働環境を考慮しての設計か? すげー)と悦に入っていました。その陶酔度がどのくらいかというと……(読み飛ばし推奨↓汗)

ロータリー式除雪車の決定版として登場したDD53は、定評ある61,000ccのDML61Zをロータリー用に改良したDML61Z-R 12気筒エンジンを2基搭載。1基走行用・1基投雪用として自走も可能だが、補機DD20の後押しによる2機関フルパワー接続の2200馬力投雪は圧倒的で、新潟地区の山間部ではその力を遺憾なく発揮した。しかし、平野部では投雪によって線路際の民家を破壊するほどのパワフルさが災いし、量産は見送られることになった。わずか3両の生産にとどまったものの、オーナーにとって、この選ばれしシーンで際だつプレミアムな存在感は、エコノミークラスのDD14タイプでは決して味わえないステイタスであろう。

 

……とカーグラフィックTV」ばりの脳内解説が、
古谷徹の声で始まってしまいそうな勢いです。

ただ、さすがの僕も、この場において落語のように
「ひとり松任谷正隆&田辺憲一」を演じてしまうほど
危険な人物ではありません(汗)

しかし、あからさまな外車信仰で有名だったカーグラのこと、もし鉄道版カーグラTVがあったなら、故障続きで使い物にならなかったDD54のドイツ製機関さえヨイショするんだろうな……なんて妄想してしまいます。

Dmh17
こちらはキハ20の水平対向8気筒 17,000cc DMH17エンジン。
実物に触れて、エンジン自体より、ラジエターファンが推進軸と同軸のシャフトで駆動されるシンプルな構造に感心しました。それだと回りっぱなしで冬場はオーバークールしないのだろうか? もしかしてファン軸のほうにクラッチがついていて切れるのか?とか、興味は尽きません。

さて、

世の99%の人を ( ゚д゚)ポカーン  と突き放す勢いで、
次の目的地は安中です。

安中といえば東邦亜鉛!

山の斜面に張りつくように安中駅の背後に迫る工場の姿は、
奥多摩鉱業とならんで関東地区の工場フェチ心をくすぐる逸品です。
最近では人気マンガ『ハチミツとクローバー』の竹本君の回想に

河が汚れるからと母はイヤがったが
夕暮れになると灯がともる
この山を覆う亜鉛工場が
父とボクは好きだった       (2巻 p.11)

……と登場するなど、少なくともDML61Z型エンジンの1万倍くらいメジャーな存在となりつつありますね。(たぶん)

とにかくこの東邦亜鉛安中工場は、以前軽井沢帰りの車窓からその偉容を見て以来、いつか改めて写真を撮りに行かねば、と思っていたのでした。

Tohozincannnaka_1

ちょっと本城直季ふうにいじってみました、Photoshopで。

本城氏はティルトレンズを使い、実際の風景をミニチュア風に写してしまう作風で知られています。■こちらにインタビューもあります。

Pgtakasaki_1

これは今回撮った写真ではなく、10年近く前に電車内からフィルムカメラで撮ったものです。高崎あたりで車窓に現れたナイスなフォルムの工場に、とっさに反応して撮ったのですが、その後、これが何の工場なのかわからないまま、ずっと
「未来派的感性をくすぐる姿だなぁ」と恋い焦がれていました。

だからでしょうか? ——安中での撮影を終えて、あとは心おきなく東京へ戻るだけとバイクを走らせていた僕の目が、街並みの向こうに突き出る煙突の形を見ただけで「あの工場だ!」 と確信できたのは。

その煙突を目指し、すぐさま脇道に入った僕は、
土地勘のなさから見事に迷路地獄にハマってしまいました。

やっと工場に近づけたかと思えば、近すぎて工場自体の倉庫に視界を阻まれたり、適度に離れていいポジションかと思えば民家が林立していて写真が撮りづらかったり、結局線路内からじゃないとカッコよい角度で眺めることができないのだと、さんざん走り回ったあとで悟りました。

そのため、新しい写真はナシですが、この工場が「P&G マックスファクター高崎工場」であるということがわかっただけでも収穫でした。

電車でよく見かける美少女の名前を
ようやく知ることができたような心境です。
(重症だな)

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

帰宅してから、写真を本城直季ふうに加工するのがだんだん面白くなって、昔、東京都の工場フェチの聖地・奥多摩鉱業で撮った写真もいじってみました。ここは、垂直の断崖に張りつくように工場が建てられていて、晴れた日の午前9時から10時くらいの間に、工場を逆光にしたまま向かいの河原だけに光が射す瞬間があります。

これは、その幸運に出会えた写真。
暗がりのなかで威圧感を放つ工場を背景に
当時の足・F650GSが光の中にたたずむ瞬間を捉えることができました。

2003年5月1日 午前9:57

20030501_okutamaco

■使用カメラたち 

SONY DSC F-88(今回)
RICOH GR DIGITAL(今回
 

Nikon E-5000(昔

Nikon F2 28mmF2.8(昔)

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2006年7月14日 (金)

後発逆転と自動改札と美少女画

7月11日~7月13日の48時間ココログメンテナンスが見事に功を奏したようで、気持ち悪いくらい快適にブログが更新できます。棚上げしていたデザイン変更も(タイトルアイコンづけなど)してみました。

ココログ激重問題でユーザの不満が爆発した原因の一つに、後発の無料版「ココログフリー」(ゆえに広告が載る)のほうはサクサク動くのに、お金を払っているニフティユーザの「ココログベーシック/プラス/プロ」のほうは更新どころかログインもままならないほどシステムが破綻していたことです。

金払ってるユーザよりフリー版を優遇とな。
広告スポンサーのほうが大事かよ!

という紛糾の声に、ようやく抜本的な48時間メンテが開始されたのでした。
今のはとりあえず置いておいて、ココログフリーと同じシステムの新サーバを用意し、データ抽出&変換して移植するというものです。

まぁ、ニフティもあえてフリーを優遇していたわけではなく、
その開始時点の最新システムを導入したから差がついてしまっただけなんでしょうね。

「後発逆転」っていうのは「先行逃げ切り」よりよくある話。

それで唐突なんですが、高校の修学旅行で初めて東京に来た時(1987年…20年ちかく昔だ!)のことを思いだしました。

驚いたわけです。メトロポリスTOKYOの地下鉄で

人間が改札していることに

18年間北海道で暮らしてきた人間にとって、地下鉄といえば札幌

札幌オリンピック(1971年)にあわせてつくられた新しい地下鉄は、もちろん最初から全駅自動改札(有人改札は無し)・自動券売機のみという最新システムが導入されていたのです。

が、そういう知識ではなく、北海道における子供時代からの利用経験で

「地下鉄=自動改札、国鉄(JR)=駅員改札」


と思いこんでいた僕は、山手線で駅員が切符きっているのは普通にスルーしましたが、地下鉄で衝撃を受けたわけです。TOKYOなのに地下鉄が自動改札じゃない、と。
こうして、

歴史ある都市はなかなか既存のシステムを捨てられない。
逆に何もない地方のほうが新規に最新のシステムで統一できる。

という事実を、僕は修学旅行で認識したのでした。
(それだけでも有意義だったと思います)

その時の地下鉄体験といえば、もう一つその後の自分に影響を与える発見がありました。これは黒歴史として封印したいんですが、当時営団地下鉄の駅にたくさん貼られていたポスターがあって、そこに描かれていた水彩の美少女画に、僕はズキューンと心を射ぬかれたのです。人目を気にしながらカメラで(もちろん当時フィルム)ポスターを撮り、北海道に帰ってきてから現像した写真をもとに調べ、それがおおた慶文というイラストレーターの絵であることをつきとめました。
(地下鉄のポスターの絵は、のちにこの作品集の表紙絵になっています)

今の僕なら
おおた慶文かよっ!
と即座にツッコミますけどね。いやはや……

当時の僕はペーター佐藤の画風が(未来的なのもパステル人物画もあわせて)気に入っていて、パステル画を始めようかとぼんやり思っていました。そのままでいればもう少しマトモな人物になっていたのに…… 日芸に入ってサークルは絵画倶楽部を選び(のちに声優になる石田 彰さんが部長をしてました)ハードパステルで絵を描きだした時——僕が描いていたのはおおた慶文フォロワーな美少女画だったのです(恥)

自虐的に黒歴史公開→((( ;゚Д゚)っ 

おおた慶文自体は良いんですよ。
あそこまで率直に一貫して理想の少女像に入れ込めば
もう仙人の境地です。
でも、その見た目だけの追随者は恥ずかしい……
そういう心境になるのには何年もかかりませんでした。

そうなるともう自分の絵を手元に置いておくのが嫌だったんですが、
捨てるのをためらって、実家にまとめて送りました。

しかし母親が気に入ったらしく
帰省した時、僕の描いた美少女画が額に入れて飾られているのを発見。
恥ずかしさのあまり卒倒しそうになったっていうオチ(涙)

そ、その作風はもう捨てたよ、ママン…。・゚・(ノД`)・゚・。

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2006年6月 1日 (木)

召還するかドアを開けるか回復するか全滅するか

タイトルは2001年に開かれた村上隆個展
「召還するかドアを開けるか回復するか全滅するか」
からの引用です。

——って、それ、くるりの曲「Lv30」の歌詞のもろパクリじゃん!

と、昔、近しい人が嘆いておりました。

「VIPPER対ブログ連合」の「しっくりこない感」と似たものを感じるということで、一つ前のエントリで話題にした現代美術家の村上隆ですが、いまになって、そういえばそんな逸話もあったなぁ、と思いだしました。


これも昔、誰かかから聞いて、なるほどな、と思ったんですが

「聞かれもしないのに声高に主張したり言い訳するヤツっていうのは、黙ってると実像がその反対なのがバレると思ってる場合が多いわけだ。……まぁ、たいてい、かえって目立って馬脚をあらわすことになるだけなんだけどな」

まさしく!

やましいところのない人は、泰然としてるだけでいいわけです。

気がつけば、ついにYahoo!ニュースのトップにまで
「2ch紹介するブログ 閉鎖相次ぐ」のトピックがきて
事態はまさに召還するかドアを開けるか回復するか全滅するか状態。

こんな戦況図までアップされましたが(←クリックで別窓表示)
なりゆきを( ´_ゝ`)フーンと見守っている他板の住人たちにしてみれば

「VIPとニュー速だけが2chじゃないぞゴルァ」

という気持ちも芽生えそうです。
それはかつて僕がバイク板住人だったからですね(汗)
……すっかり疎遠になってしまいましたが

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

さて、夕方帰宅して、サッポロの新しい発泡酒「雫」の缶を開けながら、今日の「ゼーガペイン」の録画を再生。なんて書くと、登場キャラの三崎紫乃(みさきしずの)萌えみたいでいやーんな感じですね(笑)

仮想現実内の再生データなのに死ぬってどういうことだよ、という主人公の問いへの答えが、地デジ放送のコピーアットワンスの説明みたいで思わず苦笑しました。

不死の存在が生の意味を混乱させるという問題に言及するかと期待しましたが、そういうのは「エルゴプラクシー」のほうに期待すべきでしょうか?

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2006年5月31日 (水)

VIP系ブログ連合炎上の「しっくりこない感じ」

ネットのセカイは広大だわ
というわけで、
巨大掲示板の面白スレを見つけるためだけに、肉眼で何十分もかけてスレッドタイトルをチェックしまくるのは時間のムダのような気がしてきます。そこで「ニャー速」「ワラタ2ッキ」などの2ちゃんねる面白スレ紹介(というか転載)ブログは便利な存在でした。

ところが、この転載ブログと、転載元の2ちゃんねるVIP板住人(VIPPER)とのあいだでネット上の全面戦争が勃発し、5月末の1週間で戦火は拡大、5/31の時点でほとんどの大手転載ブログは消滅しています。

用語と詳しい経過についてはこちらのWikiなど参考にしてください
VIP板とは→■こちらをクリック
VIPPER vs ブログ連合まとめ→■こちらをクリック


2ちゃんねる(VIP)転載系ブログに対しては、板の雰囲気すら読めない新参者の大量流入を招いたことや、アフィリエイト(そのブログからAmazonなどへの購入誘導クリックでお金が入る仕組み)で稼ぐために使われているという理由で、かねてからVIPPERの不信感が蓄積されていたようです。

その悪感情が最終的に爆発したのが、
「アフィリエイト金儲けの為に、ハルヒブーム(皆で『ハレ晴れユカイ』を買ってオリコン1位に!祭り)は作り上げられたのではないか?」という疑惑です。

また、強制クッキー(これを仕込むことで、ブログを見ただけで、その後のAmazon購入がブログ主のアフィリエイト収入につながる。もちろん規約違反)疑惑も浮上し、紛糾の末、ついにVIP板にこのようなローカルルールが設定されました。

 お金儲け目的、アフィサイトへの転載は禁止だお
 違反サイトはVIPPERみんなで遊びにいきます

うーむ……

「たとえ世の中の常識やルールからは外れていたとしても、とにかくおバカなことを考えて実行し、いかにしてVIPPERたちの共感と熱狂を得られるか」ということに価値を見いだし、面白さのみを正義としてきたVIP板住人。

それがアフィリエイト利益脱税疑惑などの「法を盾にした正義」で転載ブログを叩くという今回の祭りは、なんか「しっくりこない」のです。

もちろん、人間の感情として、面白さを追求した自分たちの書込みの集大成を、勝手にコピペして「個人の」稼ぎに利用している、というのが腹立たしいのはよく分かります。だから、大手転載サイトが一切のアフィリエイトを外すという決着だったら、後味の悪さはなかったのですが、さすがにそれで収まりがつく状況ではなかったというのが現実でしょうか。

なんとなく、
あの「日本のアニメキャラ造形を引用した作品で(←ここ重要)世界に認められた」現代美術家の村上隆が、DOB君のキャラクターを無断使用されて著作権侵害を受けたと子供服メーカーを訴えたときの脱力感と同じものを覚えるんですよ、僕は。

記事引用しておきましょう

現代美術家でルイ・ヴィトンのデザインなどで知られる村上隆さん(44)が、自らのデザインと類似したキャラクターを勝手に使用され著作権を侵害されたとして、大手子供服メーカーの「ナルミヤ・インターナショナル」(東京都港区)に損害賠償などを求めた訴訟は24日、東京地裁で和解が成立した。ナルミヤ側が遺憾の意を表し、数千万円の和解金を支払う。
 村上さんは92年、ネズミをモデルにした「DOB(ドブ)君」を発表し、のちに代表的なキャラクターとなったが、04年7月、ナルミヤ側のキャラクター「マウスくん」4種類が似ているとして、使用差し止めや賠償を求めて提訴。東京地裁は4種のうち現在使われている1種類を除いて類似性を認め、和解を勧告した。(毎日新聞2006.4.25)

で、そのキャラはこちら。上が村上隆のDOB君、下がナルミヤのマウスくん
Dob

このDOB君に、ミッキーマウスやドラえもんからの引用を感じられない人はいないと思います。しかしそれを僕はツッコミどころにはしません。

ウォーホルのキャンベルスープの缶やマリリン・モンローを引き合いに出すまでもなく、もはや既成の作品の引用や模倣なしには何も作れない、っていうのがポップアートの到達した「悟り」であるような気がするんですが、どうなんでしょう? そうして作り出した自分の作品さえ、どんどん他者によってリミックスされていくことこそ、ポップアートの真髄でしょう。

なぜ村上隆は、
マウスくんに対して気のきいたジョークのひとつも返せなかったのか

ポップアートの死とはいかなるものか見せつけられた気分です。
まったく惜しい人を亡くしてしまいました。

村上隆にしてもVIPPER対ブログ連合祭りにしても

 踊っているのでないなら
 踊らされているのだろうさ
(これ、神林長平『狐と踊れ』のエピグラフですね)

——って感じに、自分が食いものにされていても
そのことすら「OKと把握」しながら
踊りそのものを楽しんでいくスタイルが
一番しっくりくる気がするんですけど。

……うん、まぁ、
飼われていることをよしとするのは
生き方としてロックではない。
しかしポップだ。

いいじゃないですかポップで。

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2006年3月 6日 (月)

フェチと萌えの違いは?

僕はかなり面白く見た昨日の「エウレカセブン」ですが、ネットの実況板とかアニメ板とか見るとえらく評判が悪いですね(汗

やっぱり、もはやエウレカが萌えキャラの文脈から外れてしまっているからでしょうかね? 昨日このブログに書いたような場面が展開されたわけですが、

そのとき、モーリスを鎮めるエウレカの手管を見ましたか?

あれは、言い換えれば「恋人の親を殺して、浮気までしていながら、それでも相手に嫌われずに篭絡するためのセリフ」ですよ。こんなこと書くと、あわてて録画を見直す性悪男&性悪女がたくさんいそう(笑)ただし、あれにはリスクがあって、この手が効くのは自分に惚れていて、揺れている相手だけです。そういう人以外に繰り出すと、返り討ちにあって瞬殺されますよ確実に(笑) 

と、まぁ、もはやこれは「リアル(現実)領域の問題に突入してます。

恋愛っていうのは、両想いで結ばれてめでたし、じゃなくて、
ほんとの問題はそのあとに山のようにふりかかってくるんだ。

……ということを「エウレカセブン」は(なぜか受け手が楽しめない息詰まるような演出で)さんざんやってるわけですが、「萌え」の生息領域は、多くの場合、ラブ成立前の距離をとっている場面でしょう?

僕は一年ちょっと前に出した著書「世界はゴミ箱の中に」の3章で、「萌え」をこう説明しました。

ある人物や架空のキャラクターに対する「萌え」は、言葉の意味としては「好き」に限りなく近い。しかし、好きという気持ちが高まる理由として対象が備えている性的要素が、一般的にひろく魅力とされているものと微妙にズレている現象が「萌え」である。たとえば、かつて美的には負の要素だった眼鏡をかけている子に惹かれる「眼鏡っ子萌え」、やることなすこと失敗ばかりの娘に惹かれる「ドジっ子萌え」などが分かりやすい例だろう。通常マイナスとされる面に風流を見いだす点で「わびさび」との類似を指摘する声もネット上で目にしたことがあるが、性的エネルギーを土台にしているだけに、わびさびとは比較にならない伝染力で、従来個人的な嗜好としかとらえられていなかったマイナーな情動を「萌え」はすくい上げていったのだ。

本の中では、1969年の古〜い庄司薫の小説をネタに、アスキーアートの流石兄弟をナビゲーターとして「流石だよな俺ら、の庄司薫解説」と題して萌え論をぶちかましたわけですが、
こちらからその章全文のPDFを落とせるようにしました→[ダウンロード(約1.1MB)]

そこで問題になったのは「フェチと萌え」は同じ意味じゃないのか?
ということです。

僕が大好きだった「サルまん」の竹熊健太郎氏が、最近、ブログ「たけくまメモ」の「俺と萌え(番外)フェチと萌えは違う?」で、やはりこの問題について書かれています。

竹熊氏のこのエントリを含めた一連の「萌え」話題とそのコメントを読んで、青木KCの「萌え」説明では、どこか重大な部分が欠けてしまっているんだよなー、と感じていた部分が何か、ようやく明確になりました。

「萌え」は、それを感じとれる大多数の間で共通認識とされる「様式美=萌えを成立させるコード」が(乱発と淘汰と承認を経て)自然発生する現象を抜きにしては語れない。ということです。

わかりやすい例として「OSたん」を引きましょうか

画像掲示板「二次元裏@ふたば」から発生した、パソコンのOSを少女擬人化した「OSたん」というのがあって(くわしくはウィキペディアとか参考にしてくださいな)そこではWin Meは緑の髪のドジっ子メイド、Win2000は青いボブヘアの怜悧な眼鏡っ子——というように、あるコードを厳格に採用した上での差異を競うという様式美があります。

ここで「俺にとってWin2000は意外と使えないダメ女のイメージだから」と、既存のOSたんのコードからまったく外れた絵を描き、たとえクオリティの高い絵だったとしても、OSたんの生息地である画像掲示板では「空気読めよ」と、うとんじられてしまいます。

まるで色や、模様や、蜜のありかを示すダンスの変化が少しあっただけで、もう同じ種族としては認識できなくなる虫のようですね。以後そこでは交配がおきなくなって(ありていにいえば、セックスの対象として見えなくなって)独自の進化をとげるしかなくなってしまうのです。

もちろん、そういう突然変異なくして生物進化も新しい様式美も生まれず、
今ある萌えが消費され尽くしたあとを継ぐ者も途絶えてしまうのですが。

虫の話で思いだしたのですが、
僕が3月にして早くも認定してしまう2006年最強の萌えキャラは、
下妻市公認のキャラクター「シモン」ちゃんです。


shimon01

シモンちゃん:下妻市公式ウェブサイトはこちら

今年になってから、
「下妻市のイメージキャラがえらく萌えキャラになったらしい」
という情報を聞きつけ、早速見に行ったわけですが……
その羽はオオムラサキの「オス」の模様ですね……

♂……Σ(゚Д゚ナニーッ そういう意味か
わざとか? やるな下妻!

好きという気持ちが高まる理由として対象が備えている性的要素が、一般的にひろく魅力とされているものと微妙にズレている」という僕の萌え定義どまんなかですよ。なにしろ男の子なのにそんな格好なんですよ(笑)最強! 微妙にズレている、というのが「萌え」のポイントなのです。ガチホモやハードゲイは、萌えじゃなくて、エウレカが描くようなリアル恋愛ですから。

もちろん、下妻市から発注受けた絵師さんは、狙ってやったわけじゃなく、オオムラサキといえばこの羽(メスは地味ですから)だと、天然でデザインしちゃったんでしょう。いや……狙ったかなぁ……

どちらにしても、それを発見して、そこに萌えられる人を
ゴキブリホイホイのように一網打尽にしたことは確かです。
なにしろ、僕が「これってオスだよな」と思ってググってみたら
すでにこの事実に気づいて
(;´Д`)ハァハァ してる人だらけだったんですから!(笑
まったく日本はアメージングな国になったものです(←ぜんぜん困ってない)

それでもまだリアルと萌えの区別を
きちんとわきまえている人が大多数であるのは
昨日のエウレカのウケの悪さが証明してるのかもしれません。

前述したように、虫の進化においては「オールドタイプからセックスの対象として見られなくなるような変異」で、ニュータイプが隔離され、進化へのフィールドがお膳立てされるのですが、それが、もしシモンちゃんのように「オスを惹きつけるオス」という変異だったとしたら、リアルな生物なら一世代で滅亡です。

しかし人間の脳内をフィールドとする「萌え」遺伝子にその制限はありません。

というわけで日本がアメージングな国になり過ぎてリアルで滅びても
萌えは武士道のように青い目のヲタクに引き継がれていくことでしょう

(え、いいの? そんなまとめで?)

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