2008年1月 8日 (火)

天才を表現する手法・ドラマ版ハチクロを観て

今晩から始まったドラマ版「ハチミツとクローバー」
ありていに言えば、美大を舞台にしたぐだぐだ恋愛劇なんですが、
原作漫画からアニメ化、実写映画化を経て、
ついにテレビドラマにまでなってしまいました。

も一回書きますが、10字以内で要約すると
「イタいぐたぐだ恋愛劇」です。
(公式キャッチコピーが確か「登場人物全員片想い」)

それがこれほどまでに支持されたのは、
それだけ演出が優れていたからからでしょう——原作の。

なので、見続けるかどうかはひとえに演出にかかってますね。
ハチクロにおける演出の最初のハードルは、
はぐちゃんの「天才性」をどういう形で描写するか
というところにあるはずです。

で、どうだったかというと——

はぐちゃんの絵を見た竹本くんの心の声で、彼女の凄さをナレーションしてました、ってオイ!……それならそうと、「絵自体は見せない」演出にしないと、よっぽど彼女が描いた「絵」に力がないと醒めちゃいますよね。

なのに最初に絵を映してから、見た人の説明で天才性を示すなんて
演出手法として下手を打ちすぎでは?

羽海野チカさんが描いた原作での「コマ間モノローグ」を
こんなガサツな解釈で演出するとは、逆にチャレンジャーだなぁ…
という感想しか出てきません。

あと基本的なところで
いちおう原作を頭から消して観ていたけど
そうするとまったく話が見えてこなかったのは、
今日の僕の体調が悪くて熱があるからだけではないような。

ドラマの最初で新入生にカレーふるまってて
「もやしもん」のほうが実写化されたのかと思っちゃいましたよ
ヽ(`Д´)ノ ウワァァン!!

公式サイト→フジテレビ「ハチミツとクローバー」

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2006年11月27日 (月)

鬼のアシスト業

冷たい雨の朝。先週もこんな週明けだったような…

月曜日は四年生のゼミ。

提出まであとひと月ちょっとに迫った卒業制作用の長篇小説に対して、頭から書き直しが必要となるくらいの新しいエピソード設定を提案したりするなど、やることが鬼の所業と化しつつある僕ですが、面白くなる余地があるものに対して妥協したくはないのですよ。結局、気休めの嘘というのはなかなかつけないものだなぁ——と、学生に話したことを思いだしながら、話の流れで引き合いに出した村上かつらの漫画『(仮)スマ未満』と『かさぶた』(村上かつら短編集2と1に所収)を、帰ってから読みかえしています。

ミュージシャン志望の自分探し男に対して
「どうすれば満足なの?
 いつになったら
 片手でメンボ(音楽雑誌のバンドメンバー募集)のページ
 めくりつづけるのをやめるの?」
と、一番痛いところを突くオンナノコのセリフとか。

叩く尻がいくらでも発生するこの季節には
すごくお似合いの作品集かもしれません(汗)

061127_katura

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

終業後、模型同好の士であるスタッフT氏とともに
デッドストックの掘り出し物目当てで
練馬の某模型店を初訪問。
見た目は街の小さなオモチャ屋なのですが、

Σ(゚Д゚  なんと。

ヤフオクでおとしそこねた
1/150スケールのレーサーバイク
(指先に乗るくらいの大きさ)が
定価で売れ残ってるし! 

061127pony

いやー、こんな近くに幸せが隠れていたなんて
青い鳥の童話のようだね(言い過ぎ)

それでも昼間、僕の携帯型HD(80ギガ)が
過熱してお亡くなりになった痛みの代償にはなりませんて。
ゼミ誌の編集、一週間前の時点に逆戻りですよ。
コンデンサーが焼けた独特の臭気が目にしみて……

リアルに涙が出そうです(泣)

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2006年11月22日 (水)

絶壁犬はいい!法面を映せっ!

目覚めてテレビのスイッチを入れると、
すごく僕好みの映像が流れてきました。

Zeppekiken_1

            ▲赤矢印のところに犬が……

 徳島市加茂名町の眉山(びざん)ふもとの急斜面で、崩落防止用擁壁のコンクリート枠に犬が迷い込み、動けなくなった。住民によると既に5日が経過し、「自力での脱出は不可能」と判断した徳島市消防局は22日午前9時からレスキュー隊員約20人を出動させ、正午前に救出した。

 擁壁は高さ約100メートル。約3メートル四方の格子状のコンクリート製枠が積み上げられた形状。擁壁上部の茂みから下りてきたとみられ、高さ約50メートル付近にいた。17日昼ごろ、住民が鳴き声に気付き、徳島保健所に通報した。体長約70センチの雑種犬とみられ、生後数カ月程度。首輪は付けていない。(以下略)

(毎日新聞) - 11月22日17時11分更新

たいへん申し訳ないのですが、
正直、犬にも救出劇にもまったく興味はございません(汗)

僕好みの映像というのは、
その背後のコンクリート法面
(のりめん)

防災の要求と地形から導き出されたはずなのに、
まるで絵的なカッコよさを狙ったかのような造形!

工場や大規模土木工事に萌える
人工構造体フェチな僕にはたまらない風景です。

昨年度、青木ゼミ2のゼミ雑誌にて、
あとがきに代えて全員が4コマ漫画を描いたのですが、
そこで僕のフェティシズムの告白をみた人なら
きっと、納得していただけたことと思います。

       以下転載↓

4koma2005kc

Kikagakari2005

こちらが掲載ゼミ誌「キカ係」 ※工具は演出です。
 所沢&江古田校舎のゼミ誌配布テーブルで絶賛無料配布中!


ゼミの時間にボールペン一本で描いた(所要時間15分)
この漫画、ほぼ完全に実話ですよ。

というわけで、
実際にどんな模型を作っているのかちょっと公開。
最近ヒマがなくて仕上げ作業には至っていません(涙)

腕の見せ所はここから先で、
この写真ではただのグレー塗装に見える法面を
「まるで実物を150分の1に縮めたようだ〜」
と思わせるためのエイジング塗装&ウエザリング作業が
待っているのです。

Nnorimen09


Nnorimen10


ここまでコンクリート法面好きをアピールしておけば、
酸素欠乏症にかかったアムロの父親ばりに
「絶壁犬はいい!法面を映せッ」とテレビに叫んでいても
生ぬるい視線で許してくれるんじゃないかなぁと思います(汗)

  .-、  _
  ヽ、メ、〉      r〜〜ー-、__      __________
  ∠イ\)      ムヘ._     ノ      |
   ⊥_      ┣=レヘ、_ 了     | えーい、絶壁犬はいい!
-‐''「 _  ̄`' ┐  ム  _..-┴へ   <
  | |r、  ̄ ̄`l Uヽ レ⌒',    ヽ.   | 法面を映せッ!!
  (三  |`iー、  | ト、_ソ   }     ヽ   |          
  | |`'ー、_ `'ー-‐'    .イ      `、   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
  | |   `ー、    ∠.-ヽ      ',
__l___l____ l`lー‐'´____l.       |
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄||  .|      |
               ||  |__.. -‐イ
               ||   |    ノ/

【おまけリンク】 法面フェチが泣いて喜ぶページ↓

http://www.pref.saitama.lg.jp/A08/BC00/gikan/genba/ge_nori.htm

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2006年11月17日 (金)

僕だけのシニフィエ

たとえば一年後に
このAAだけの日記というシニフィアンを見て
シニフィエを思いだせるかという
自分自身に対するテスト。

Sensei00

つまり僕が記号内容を忘れてしまうと
意味不明意義不明のエントリ化するという罠。

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2006年11月 1日 (水)

いつになったら東京編が始まるのか(汗

「東京へ」のエントリでフェリーに乗船してはや二ヶ月。
ブログ主はいつになったら東京に着くんだとヤキモキしていた方がいたらゴメンナサイ(いないと思うけど)。20時間ほどの船旅の末、翌日にはしっかり帰ってきております。

2006.8.29 さんふらわあ・みと(苫小牧→大洗)船上にて

 20時間の船旅というのはけっこうヒマを持て余すもので、そのくらいで読み切れる厚めの文庫本にお供してもらっています。今回は冲方丁『マルドゥック・スクランブル』全三巻。これだけあれば行きだけじゃなく帰りまでつきあえるはずです。

狙い通り、帰りの船内で、物語後半のほとんどを費やす怒濤のカジノシーンを一気に読み切れました。『カウボーイビバップ』第3話のデータが埋め込まれた賭けチップと設定がかぶるけど、あそこまでやれば、パクリと文句はいわれないでしょう。

さて、この『マルドゥック・スクランブル』において、いちばん魅力的な存在といえば、ウフコック(煮え切らない)という名の、人語をしゃべるネズミ型万能兵器と決めつけても異論は少ないと思われます。普段は金色の毛並みのネズミなのですが、使い手の要求によって銃器やシールドにターン(変身)するウフコック。名は体を表すという言葉通りに、ウフコックが使い手の少女にみせる態度の煮え切らなさは、多くの読み手を悶えさせたことでしょう。

僕も悶えた(笑)  ネズミ萌え。

Ufcook
 ▲今は亡き我が家のウフコック様。ツメがラブリィな彼の本名はマンセル。

実際、数年前までスナネズミと一緒に暮らしていたのですが、どうして自分はネズミが好きなんだろう?と船に揺られながら改めて考えてみて

「もしかしたら幼い日に大好きだった『トムとジェリー』の影響じゃねぇ?」

と思い当たりました。——そういえば猫も好きです、犬より。

とすると、僕は現実の猫やネズミよりも先に、アニメの猫やネズミと出会って好きになったということですね。こう思った瞬間に——人間の連想記憶とはなかなか優れたもので——何年も聴いていなかった曲の一節が脳内で再生されたのです。

生まれて初めて見るものはいつでも テレビからで…

ああ、スパンクハッピーの『チョコレート・フォークソング』だ!
やばい、いますぐ、この瞬間に聴き返したい!
しかし……ここは自分の部屋じゃなく太平洋上の船のなか。

なんとかしてよドラえも〜ん!

……と。いや、ドラえもんを呼ぶまでもなく、あるじゃないか、
いくら詰めこんでも大きさも重さも変わらない音楽の四次元ポケットが!

(ジャーン) あ い ぽ っ ど〜

リュックの中の60G iPodの存在を思いだして、
僕はすぐさま取り出しクリックホイールを回したのでした。

20060829_mardock_1

「自分の持ってるCD全てを軽々とポケットに入れて、いつでもどこでも」
そんなiPodのコンセプトを、
これでもかというくらい鮮やかに実感させられました。

次は「自分の本棚をポケットに入れて、いつでもどこでも」という未来を! 
僕が生きているうちに……と狂おしいまでに激しく希望!

Googleあたりが「図書館をサーチして端末に呼び出す」という形で実現しそうだけど、船の上って携帯電波も圏外なんですよね(汗)

今回は「容れ物」という伝統的思想を進化させたiPodならではの活躍でした。
そういう読書端末が欲しいと海の中心でワガママを叫んでみます。

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2006年8月25日 (金)

ミール宇宙ステーションに乗ってみる

ミールの中に入れるなら実際行ってみなくっちゃ!

……そう思ったのは今朝寝覚めの夢がけっこうエロくって、   
その舞台が「閉鎖空間での長期作業実験」施設だったからです(謎

その「閉鎖空間での長期作業実験」とやらの被験者に選ばれた僕は、レクチャーを受けているうちに、これが男女ペアで行うテストで、しかも、被験者同士の性交渉が発生するのは織り込み済みというか、むしろそれ自体も任務ということを知ります。その時点では相方が誰かも知らされておらず、期待70%不安30%くらいでドキドキしてるわけです。

そしていよいよバディ(相方)が紹介されます。
その娘の姿はもう、期待100%不安0%にゲージが振り切れ状態。
しかし、実際に実験生活が始まると、あまりの相手の平常な働きっぷりに
「もしかして相手には違うレクチャーがされているのでは」
「こちらのことをどう思っているのだろう」
とか、ごちゃごちゃ考えて、よけいに手が出しづらくなってしまいます。

期待と不安のパーセント逆転状態。これじゃ埒があかないと
よし、ちゃんと言葉にして誘おう、と思った瞬間——

あ……ゆ、夢? ——と目覚めてしまったのでした。


「え!? それだけじゃぜんぜんエロくないじゃないですか」
 といわれるかもしれませんが、僕としては
「ヤバい、もう我慢できずに手を出してしまいそうだよ」
 という瞬間がいちばんエロいのであって、あとは野生化現象ですからね(笑

すいません、前置きが長すぎました。

現在滞在中の実家がある苫小牧市の、科学センター(HPはこちら)には
ロシアのミール宇宙ステーションモジュールのホンモノが置いてあるのです。
しかも無料。なんて大盤振る舞いな!

この品薄感やプレミア感をまったく煽らない市の展示方針のせいか(じつは最初野ざらしにしていて市議会で問題になったらしい)実家に帰省したらいつでも見に行けると踏んで、実際今まで足を運んでいなかったのでした。

しかし、ここは夢のお告げとばかりに早速訪問。

これが苫小牧市科学センター外観。中学生以来じゃないでしょうか。
正面玄関の柱が、日本宇宙開発黎明期のロケットの形をしているのが泣かせます。

20060825_mir01

70年代から代わり映えのないひなびた館内を抜け、
いよいよ新設されたミール展示館へ

20060825_mir02

こ、これを軌道に上げたのか!

写真じゃ伝わらないかもしれませんが
各部の工場のプラントっぽい武骨さと、その重量感。

宇宙開発における1000分の1秒とかグラム単位の軽量化とか、
「そんなの飾りですよ」とイワンばかり(笑
力技でなんとかなるものだというロシア魂がひしひしと伝わってきます。

しかし、

20060825_mir03

このドッキングポートのSCSIポートより繊細そうなコネクタ、

出っ張ってるけど、このピンがオスメスで合う精度でドッキング?

ロシアの飛行士はバケモノか!

20060825_mir06

しかも船内の操縦パネル
噴射制御が10キーだぜ。

ロシアの宇宙飛行士は神!

20060825_mir05

そしてこの明らかにVHSテープを使っているレコーダといい

もう、ロシアすごい。

■動画はこちら(mp4 iPodビデオ対応 約8MB)

東京に帰ったら、小川一水の『第六大陸』読み返そうっと。

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2006年8月23日 (水)

この夏の(´・ω・) カワイソス

米タワーレコード
音楽配信の流れに押し流されて倒産
(´・ω・) カワイソス

冥王星
、惑星の称号を剥奪されて
(´・ω・) カワイソス

甲子園を制した早実のエース斎藤、
「ハンカチ王子」なんて愛称つけられて
(´・ω・) カワイソス


ちなみに文字だけの「カワイソス」の発祥は
バイク板@2chに対する「バイクカワイソス」
という書き込みだったような違ったような…

ご主人様の2ちゃん漬けっぷりが良くない電波を発したのか
バイクはナンバープレートの好きな数字指定不可にもかかわらず
気づいてみれば、僕の愛車のナンバーは…

「5574」って
  ・
  ・
  ・

ゴーゴー 名無し

「子供が乗ってます」ステッカーのノリで
「2ちゃんねらーが乗ってます」状態の

バイク(´・ω・) カワイソス


……いや、これは加藤大治郎の生涯ゼッケン74を
  記憶にとどめるためのナンバーだと思おう。
  ゴーゴー大ちゃん。・゚・(ノД`)・゚・。

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2006年8月22日 (火)

ね、猫殺しに釣られたわけじゃないんだからねっ!

僕がライジングサン・ロックフェスに行っている間に、日経新聞(18日夕刊)に掲載された、直木賞作家・坂東眞砂子氏のエッセイが、 ネット上を騒然とさせていた模様です。「私は子猫を殺している」というオハナシ。各自の読み方というものもあるので一応全文引用しますが、長いので引用文の後にまとめも書いておきます。


「子猫殺し」坂東眞砂子

 こんなことを書いたら、どんなに糾弾されるかわかっている。世の動物愛護家には、鬼畜のように罵倒されるだろう。動物愛護管理法に反するといわれるかもしれない。そんなこと承知で打ち明けるが、私は子猫を殺している。

 家の隣の崖の下がちょうど空地になっているので、生れ落ちるや、そこに放り投げるのである。タヒチ島の私の住んでいるあたりは、人家はまばらだ。草ぼうぼうの空地や山林が広がり、そこでは野良猫、野良犬、野鼠などの死骸がころころしている。子猫の死骸が増えたとて、人間の生活環境に被害は及ぼさない。自然に還るだけだ。

 子猫殺しを犯すに至ったのは、いろいろと考えた結果だ。  私は猫を三匹飼っている。みんな雌だ。雄もいたが、家に居つかず、近所を徘徊して、やがていなくなった。残る三匹は、どれも赤ん坊の頃から育ててきた。当然、成長すると、盛りがついて、子を産む。タヒチでは野良猫はわんさかいる。これは犬も同様だが、血統書付きの犬猫ででもないと、もらってくれるところなんかない。 避妊手術を、まず考えた。しかし、どうも決心がつかない。獣の雌にとっての「生」とは、盛りのついた時にセックスして、子供を産むことではないか。その本質的な生を、人間の都合で奪いとっていいものだろうか。

 猫は幸せさ、うちの猫には愛情をもって接している。猫もそれに応えてくれる、という人もいるだろう。だが私は、猫が飼い主に甘える根元には、餌をもらえるからということがあると思う。生きるための手段だ。もし猫が言葉を話せるならば、避妊手術なんかされたくない、子を産みたいというだろう。

 飼い猫に避妊手術を施すことは、飼い主の責任だといわれている。しかし、それは飼い主の都合でもある。子猫が野良猫となると、人間の生活環境を害する。だから社会的責任として、育てられない子猫は、最初から生まないように手術する。私は、これに異を唱えるものではない。

 ただ、この問題に関しては、生まれてすぐの子猫を殺しても同じことだ。子種を殺すか、できた子を殺すかの差だ。避妊手術のほうが、殺しという厭なことに手を染めずにすむ。そして、この差の間には、親猫にとっての「生」の経験の有無、子猫にとっては、殺されるという悲劇が横たわっている。どっちがいいとか、悪いとか、いえるものではない。  愛玩動物として獣を飼うこと自体が、人のわがままに根ざした行為なのだ。獣にとっての「生」とは、人間の干渉なく、自然の中で生きることだ。生き延びるために喰うとか、被害を及ぼされるから殺すといった生死に関わることでない限り、人が他の生き物の「生」にちょっかいを出すのは間違っている。人は神ではない。他の生き物の「生」に関して、正しいことなぞできるはずはない。どこかで矛盾や不合理が生じてくる。

 人は他の生き物に対して、避妊手術を行う権利などない。生まれた子を殺す権利もない。それでも、愛玩のために生き物を飼いたいならば、飼い主としては、自分のより納得できる道を選択するしかない。

 私は自分の育ててきた猫の「生」の充実を選び、社会に対する責任として子殺しを選択した。もちろん、それに伴う殺しの痛み、悲しみも引き受けてのことである。(作家)

要点をまとめると、

タヒチ在住の坂東氏は、飼い猫に子猫が生れるやいなや家の隣の崖下の空き地に放り投げている。猫に言葉が話せるなら避妊手術など望むはずがないし、避妊手術が飼い主の責任といっても、それも人間の都合。子種を殺すか、できた子を殺すかの差だ。避妊手術のほうが、殺しという厭なことに手を染めずに済む。

そもそも愛玩動物として獣を飼うこと自体が、 人のわがままに根ざした行為なのだ。「生」とは、盛りのついた時にセックスして、子供を産むことではないか。その本質的な生を、人間の都合で奪いとっていいものだろうか。人間は、避妊手術をする権利もないし、子猫を殺す権利もないが、飼い主としては、自分のより納得できる道を選択するしかない。

そして「自分の育ててきた猫の『生』の充実を選び、社会に対する責任として子殺しを選択した。もちろん、それに伴う殺しの痛み、悲しみも引き受けてのことである」

——と結ばれています。

僕は猫好きだけど、
動物虐待の点では反応してあげませんよ。
文章書きとしての みっともなさのほうが、
もう、目も当てられない状態なので反応しちゃいますけど。

なんだかなぁ。「女性(飼い猫)も性を生殖から解放して快楽を享受しよう」みたいな、フェミニズムとしても古びたお題からロジック組み立ててるから、「プライドだけは人一倍高い、モテない女の身勝手な屁理屈」的にしか読み取れないんでしょうね。

いちおうホラー作家なんだし、
「この人は本当にヤバイ人なのかもしれない」っていう疑惑と畏怖を、読者の心中にとめどなく増殖させていくたぐいのエッセイとして組み立てるべき素材だったんですよ、これは。

なのに、「こんなことを書いたら、どんなに糾弾されるかわかっている」という書き出しであらかじめ予防線を張った「子猫殺し」と自己正当化の理屈じゃ、せいぜい読者の中にかきたてられる思いはこんな感じです↓

オス猫は居つかないとはいえ、
わざわざ「殺しの痛み、悲しみも引き受け」なければならない
メス猫を飼うのはなぜ?

   ↓

飼い猫がサカリついて孕んできたら
「また産まれた子供を取りあげて、
 母猫の目の前で殺せる」

 とか思っていそう。

   ↓ 

自分の異常性癖(嗜虐)に対する罪悪感を隠すために
自ら踏み出せない奔放なセックスを
猫に肩代わりさせておいて
自分が断罪し死刑執行する側にまわるとは

——なかなか高級なご趣味で(笑

と、フツーの人に全部見透かされて茶化されるくらい、
浅いんですよ。とにかく薄味。
この人マジでヤバイ、っていう怖さの演出ができてないんです。
不遇のヒロイン気取りでリストカットをWeb公開するのより低レベル。

もし坂東氏が命に対する問題提起のつもりで挑発的に書いたのだとしたら、とりあえず、江川達也の漫画『ラストマン』でも読んでから出直せと言いたいですね。
(すみません、実家に置きっぱなしの『ラストマン』
 昨日久々に読みかえした記憶が生々しいもので(笑) 岩明均『寄生獣』でも可)

僕は授業で学生が書いてきたものに対して、しばしば

理屈で説明するな! 読者に気づかせろ!
できれば読者に
「これはきっと私だけが気づけた」
と思わせるような書きかたをしろ!

と指導するのですが、
その反面教師として、この坂東氏のエッセイはいい教材になりますね。
そう思って、メモ代わりに自分のブログに思うところを書いてみました。

…って、なんか僕も言い訳くさいな(汗
くそー。こんなアホで下手クソな文章に釣られたようでくやしいぜ。
少なくとも猫好きの立場から反応しなかっただけでも
僕のプライドの表れだと思ってください(涙

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2006年8月17日 (木)

【漁船銃撃】死んだら終わり、という基本

 <漁船拿捕>露警備艇が銃撃、
 乗組員1人死亡 貝殻島付近



 北方領土・貝殻島付近の海域で16日未明、北海道根室市の根室湾中部漁協所属のカニかご漁船「第31吉進(きっしん)丸」=坂下登船長(59)、4.9トン=が、ロシア国境警備庁の警備艇に銃撃され、乗組員4人のうち根室市千島町、甲板員、盛田光広さん(35)が頭を撃たれ死亡した。他にもけが人がいる模様。吉進丸は拿捕(だほ)され、国後島古釜布(ふるかまっぷ)港に正午前に入港。ロシア極東サハリン州の検察当局は、坂下船長らの取り調べを始めた。  海上保安庁によると、ロシア側の警備艇による日本船銃撃は、1950年以降40件目で、00年4月以来。北方領土や根室市沖の海域での銃撃は今回を含め26件を占める。死者が出たのは、56年10月15日に北方領土・水晶島付近で起きて以来、50年ぶり2件目。

(毎日新聞) - 8月16日20時39分更新

北海道・苫小牧市の実家に着いて丸一日ぶりにTVニュースを見、最初に目を奪われたのが、このニュースでした。

東京からここまで、途中フェリーをはさみながらバイクで疾走してきた記憶がまだ生々しいせいか、僕が最初に感じたのは

どうして漁船は逃げたりしたんだ?

という残念な気持ちです。
僕は幸いにしてパトカーや白バイに追いかけられた経験はありません。が、高速道路なのに異常に車間を詰めて煽ってきたり、幅寄せをしてムリヤリ割り込もうとしてきたりする自動車にひやりとしたことは何度もあります。

そういうドライバーが性格破綻者なのか単に運転が下手クソなのかは知りませんが、もし当てられたら、ケガしたり死んだりするのはバイク乗りのこっちです。

「こちらがルールを守って安全運転しているから正しい」という論理を、そういう場で主張したところで何の意味もないことは、お解りいただけるかと思います。

殺されてしまったら、相手の非が後に認められようが遺族が補償されようが、取り返しがつかないわけですよ。

だから、バイクに乗る時の僕は、変なクルマには近寄らないようにいつも注意しています。運悪くそういうのに煽られたりしたら、わざときっちり法定速度で走って、しびれを切らせたDQNが抜いて行ってしまうのを待つんですが、ここでバイクの加速力を過信して「ぶっちぎりで置き去りにしてやる!」なんて思ってしまうと、今度は別種の危険のさなかに自分を追い込んでしまうことになります。

今回の銃撃事件に話を差し戻すと
当事者として緊迫した状況に置かれた際には「どちらに非があるか」なんてことはとりあえず棚上げにして自己の安全確保をしなくてはならないのだと感じます。

ロシアの巡視艇を、「サイレン鳴らして追跡」以上のことには及ばない日本のパトカーみたいなものだとナメてしまったら、うっかり「逃げる」というカードを引いてしまうことだってあるかもしれません。しかし、制止を振り切れば容赦なく撃つのが、日本を取り囲むいくつかの国のやり方です。

共通認識の通じる相手なのか?

こちらと違うルールに則って行動している相手なのか?

その判断が厳密に必要とされる場面は日常にだって転がっています。

自分はサバイバルしたいし、好きな人や大事な人たちにもサバイバルしてほしい……ぬるま湯の安全に慣らされることがないバイク乗りだから容易に思いつけることなのかもしれませんが、昨晩は、寝る前にこんなことを考えていました。

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2006年8月 9日 (水)

キノコ雲を美しいと感じるのはタブーなのか?

先月のこと——
絵を描く若い女性と話をしていて、なぜか広島の話になり、

「あー、ヒロシマ、昔行ったけどもう一回行きたいな、原爆記念館。
 
キノコ雲って、あの独特の形といい、色といい、
 人類がこんなスゴイものを作り出せるのか、って圧倒された

という彼女の屈託ない言葉に、ちょっとギョッとしたのでした。

そして次の瞬間、ギョッとした自分に対して「原爆に対して悪の属性以外を見てはイケナイという平和教育の刷り込みを通してしかモノを見ていないのでは?」と検証モードに入ったのです。

そういえば、『AKIRA』で圧倒的な都市崩壊のさまを描き出した大友克洋が、阪神淡路大震災でビルの中層階がつぶれてブラインドが整然と外側に垂れ下がっている映像を見て、『AKIRA』を描いている時には、ビルが崩壊した時にこんなふうになるとは想像していなかった。これを見ていたら描き方が変わっていたかもしれない、という旨の発言をしていて、

うわぁ。こんな素直に自分の興味が引かれたことについて発言してしまっていいのかよ。さすが大友克洋。やばーっ。——と思ったのですが、

実のところ、
キノコ雲に造形的美を見てしまった彼女も、
崩壊したビルに一段上のリアリティを見てしまった大友克洋も、
戦争讃美や被災者迫害という意図はまったくないわけです。

むしろ人間として正直に思ってしまったことを表現しただけ。
少なくとも、
イデオロギーのために黒を白と言うような危険性はない言葉です。

反戦平和活動家からはすさまじい批判を浴びそうですが、むしろ、感情の下地を考慮することなく言葉の表面だけをとらえて一緒くたに非難することこそ、ファシズム的と見ることもできます。

そう考えると、平和教育を刷り込まれた僕らのほうこそ、兵器=悪というルールでマスキングされた、まったく逆の意図を持つ操られ方をしてしまうかもしれません。

たとえば、ジブリアニメ『ゲド戦記』のCMで聞き飽きた

「命を大切にしないやつなんて大嫌いだ!」

ってセリフが、いつのまにか

「命を大切にしないやつなんて皆殺しだ!」

なんて矛盾したセリフになっても
うんうん、命を大切にしないやつは殺していいよね、
と納得しているかも知れません(汗)

だから兵器が悪だとか決めつけて安心する前に
自分の頭と言葉でちゃんと考えてみなきゃダメですね。
戦争のヤバいところは、実際どこなのかを。

というわけで、僕のバイアスがかかった見方を開陳しますよ(汗)   

戦争の何がヤバいって、自分一人がやめたいと思っても、個人の力ではどうしようもないほど大きな流れになってしまっているところ。

……と言えば「でも、そういう話なら戦争に限らず、企業組織などでもよくある流れじゃない?」という疑問が返ってくるでしょう。そう、これ、人間社会ではよくあること、なんです。

オウム事件を内側から取材した森達也は
組織の中で自らの判断力を喪失する信者たちを見て
「人は善人で優しいまま人を殺せる」という名言をつむぎました。
これは本当にいろいろな局面でおこりうることです。正直怖いです。

だから大きな流れとなって暴走が始まってしまっても、
兵器さえなければ戦争が起こせない。それが最大の予防なのではないか?
という意見にもうなずけるところがあります。

しかしまた、こういう事例もあります。

マグロ漁船などのフラストレーションがたまりやすい閉じた環境でケンカが起きると、カッとなって刃物を持ちだすやつもでてきます。そのとき、周りの人間はどうするか? ——なんと、刃物を向けられた相手にも包丁を渡してしまうらしいです(汗)    すると最初に刃物を握ったやつも、本能的にヤバイと感じるのか、不思議と冷静になれる場合が多いと聞きます。(このエピソード、誰のでしたっけ? もし知ってる方いらっしゃいましたら教えてください)

これはお互いに核兵器を持った抑止みたいなものですね。
こちらのほうが「人間を信頼したやり方」のような気がします。

だから僕は「核兵器は悪」とは言いたくても言い切れないんですよ。

少なくとも、この半世紀以上世界大戦を抑止できた「実績」は認めざるを得ないような気がするんです。核廃絶原理主義の人からは「そんな馬鹿な。核がなければもっと平和だった」と一笑に付される気がしますが。

結局のところ僕には
「なんでも危険なものを取りあげさえすれば問題が解決する」とは思えないってことですね。
むしろ悪魔のようなパワーを手にしたとて、それをコントロールできるのが人間だと。そう思いたい。

個人レベルでいえば、性欲だって悪魔のようなパワーです。
そのレベルなら、個人の力で対処できる。いや、むしろ他人とは交換不可能な「自分」の力で対処するところに面白味があるというべきでしょうか?

なんか回りくどい言い方になってしまいましたが、
つまるところ、信頼できる相手と良いセックスをしたあとに
戦争なんて面倒なことする気になれないでしょう? 
そういうことです。
ミクロの愛情不足が根本原因なのにマクロの視点から解決しようったって…ねぇ。

って、なんか村上龍の
『すべての男は消耗品である』みたいな結論になっちゃいましたね(汗)   

……いまや龍さんもすっかりマジョリティに受け入れられることで、イメージが説教オヤジくさくなってしまったので、ここは実際に思いつきを「実行」してしまったマイノリティな例を引きあいに出してシメましょう!

「私たちにできる平和活動」と銘打って、同時に一つの場所に集められた500人が、初対面ではじめましてからセックスに至るまでを克明に記録したアダルトビデオ

『人類史上初!!超ヤリまくり!イキまくり!500人SEX!!』

いやはや(笑)
現代日本以外にこんな映像を作れるところはないでしょうね。
こういうの見せられると、戦う気も失せます。
平和活動家のヒステリックな叫びのほうが
よほど戦争に近いと思っちゃいますよ。

さすがにリンクまでは張りませんので、興味のある人は自分の力で見つけてください。

え? メーカー? こんなこと思いついて、そのうえ実行してしまうなんて

「SOD」に決まってるじゃないですか(笑) 

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2006年7月14日 (金)

後発逆転と自動改札と美少女画

7月11日~7月13日の48時間ココログメンテナンスが見事に功を奏したようで、気持ち悪いくらい快適にブログが更新できます。棚上げしていたデザイン変更も(タイトルアイコンづけなど)してみました。

ココログ激重問題でユーザの不満が爆発した原因の一つに、後発の無料版「ココログフリー」(ゆえに広告が載る)のほうはサクサク動くのに、お金を払っているニフティユーザの「ココログベーシック/プラス/プロ」のほうは更新どころかログインもままならないほどシステムが破綻していたことです。

金払ってるユーザよりフリー版を優遇とな。
広告スポンサーのほうが大事かよ!

という紛糾の声に、ようやく抜本的な48時間メンテが開始されたのでした。
今のはとりあえず置いておいて、ココログフリーと同じシステムの新サーバを用意し、データ抽出&変換して移植するというものです。

まぁ、ニフティもあえてフリーを優遇していたわけではなく、
その開始時点の最新システムを導入したから差がついてしまっただけなんでしょうね。

「後発逆転」っていうのは「先行逃げ切り」よりよくある話。

それで唐突なんですが、高校の修学旅行で初めて東京に来た時(1987年…20年ちかく昔だ!)のことを思いだしました。

驚いたわけです。メトロポリスTOKYOの地下鉄で

人間が改札していることに

18年間北海道で暮らしてきた人間にとって、地下鉄といえば札幌

札幌オリンピック(1971年)にあわせてつくられた新しい地下鉄は、もちろん最初から全駅自動改札(有人改札は無し)・自動券売機のみという最新システムが導入されていたのです。

が、そういう知識ではなく、北海道における子供時代からの利用経験で

「地下鉄=自動改札、国鉄(JR)=駅員改札」


と思いこんでいた僕は、山手線で駅員が切符きっているのは普通にスルーしましたが、地下鉄で衝撃を受けたわけです。TOKYOなのに地下鉄が自動改札じゃない、と。
こうして、

歴史ある都市はなかなか既存のシステムを捨てられない。
逆に何もない地方のほうが新規に最新のシステムで統一できる。

という事実を、僕は修学旅行で認識したのでした。
(それだけでも有意義だったと思います)

その時の地下鉄体験といえば、もう一つその後の自分に影響を与える発見がありました。これは黒歴史として封印したいんですが、当時営団地下鉄の駅にたくさん貼られていたポスターがあって、そこに描かれていた水彩の美少女画に、僕はズキューンと心を射ぬかれたのです。人目を気にしながらカメラで(もちろん当時フィルム)ポスターを撮り、北海道に帰ってきてから現像した写真をもとに調べ、それがおおた慶文というイラストレーターの絵であることをつきとめました。
(地下鉄のポスターの絵は、のちにこの作品集の表紙絵になっています)

今の僕なら
おおた慶文かよっ!
と即座にツッコミますけどね。いやはや……

当時の僕はペーター佐藤の画風が(未来的なのもパステル人物画もあわせて)気に入っていて、パステル画を始めようかとぼんやり思っていました。そのままでいればもう少しマトモな人物になっていたのに…… 日芸に入ってサークルは絵画倶楽部を選び(のちに声優になる石田 彰さんが部長をしてました)ハードパステルで絵を描きだした時——僕が描いていたのはおおた慶文フォロワーな美少女画だったのです(恥)

自虐的に黒歴史公開→((( ;゚Д゚)っ 

おおた慶文自体は良いんですよ。
あそこまで率直に一貫して理想の少女像に入れ込めば
もう仙人の境地です。
でも、その見た目だけの追随者は恥ずかしい……
そういう心境になるのには何年もかかりませんでした。

そうなるともう自分の絵を手元に置いておくのが嫌だったんですが、
捨てるのをためらって、実家にまとめて送りました。

しかし母親が気に入ったらしく
帰省した時、僕の描いた美少女画が額に入れて飾られているのを発見。
恥ずかしさのあまり卒倒しそうになったっていうオチ(涙)

そ、その作風はもう捨てたよ、ママン…。・゚・(ノД`)・゚・。

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2006年7月 7日 (金)

七夕

ものごとの基本をうっかり忘れていることが多くて

「織女と牽牛はどうして一年に一度しか会えなくなったんだっけ?」

と、このあいだゼミの学生に聞いてしまいました(汗

そうそう、もともと働き者の二人が色ボケで怠け者になったからでしたね。

実にいい話だ(えっ!?

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

所沢での講義の帰りに、所沢駅の本屋に寄って買いそびれていたコミックを何冊か購入しました。一口コメントを……

『デスノート』12(最終)巻
→△ ジェバンニに全部やらせて良かったんですか?

『放浪息子』5巻
→◎ あいかわらず心の小さなささくれを見つけてくれますね。痛くて素敵。

『NHKにようこそ!』5巻
→○ どんどんヤバくなりますね(汗) 本当にアニメ化できるの、コレ? …というか一番ヤバいのは、脱・ひきこもりしたら本当に小説を書くモチベーションが消えてしまった原作者の滝本さんか(汗

雑誌『マンガエロティクス[f]』
→山本直樹トリビュートだったので購入。

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2006年7月 5日 (水)

テポドン発射と萌える北海道

朝イチで飛び込んできた、北朝鮮ミサイル発射・稚内の西南西110km付近に着弾のニュース。それが誤認だったのか、情報操作がかかったのか——まもなく着弾地点は稚内沖550kmに修正されました。

Tepo110
    

Tepo550_1

北海道のスケール感覚がわかる道産子のみなさん(僕も)なら

 稚内沖550kmって、もう「稚内沖」じゃないべ!
 函館から計れって!

 

 と、すぐさまツッコミを入れたくなる発表です。

まぁ、報道の現場に余裕がなく、最初の起点から距離を延ばすことしか思いつけなかったのか、あるいは稚内から計ったほうが数値的に遠くなって「脅威ではない」印象を与えられるという「故意」が含まれていたか微妙なところです。

領海内に落ちて面倒くさいことにならないで良かった。
と思っている政府関係者はいっぱいいることでしょう。

そういう社会派の問題はきっとよそがさんざん話題にしてると思うので、素直に僕が気になったところを言うと、

稚内って、普通「わっかない」とは読めないよな。ってことです。
(分っかんない、ってオヤジギャグ禁止)

稚内沖550kmって留萌沖じゃね?と思ったところで
「るもい」だって素直な読み方じゃありません。

それにしても
「稚い(いとけない=幼い)うち」とか
「萌えに留まる」とか


アイヌ語の地名に漢字当てたヤツはロリだったのか!

……なんて、百数十年後に開拓民の末裔から邪推されるなんて夢にも思ってなかったことでしょう。御先祖様すいません(汗)

北海道の地名の語尾にやたらとナイとかベツがつくのは、それが川や沢を表すアイヌ語だったからです。いたるところに川はありますからね。

日本語を似たような観点でみると、語尾にやたらと「です。(Death)」なんてつけて、英語圏のネイティブの人はどんな聞き心地なんだろうか、とちょっと考えてみたりするのDeath。

というわけで、無理矢理話題をテポドンに戻して、
あの有名な「北朝鮮のニュース番組はだいたいこう聞こえる」のコピペを今一度。


踏んだら孕んだ!
孕んだ振る降る般若だ!
童貞擦る無駄、フン出る春巻きはむ無理!
チン毛ちぎり、看板塗る飛騨!
安眠煮る焼酎!
朝からマグロの刺身だ!
安打!?半田ゴテ適時打!!
原チャリ盗んだ!
よくちょん切れるハサミだ!
 
        ∧__∧   ____ 
      <丶`Д´>/ ̄/ ̄/ 
      ( 二二二つ / と) 
      |    /  /  /  
       |      ̄| ̄ ̄   


なんてコピペしつつ急に正気に戻ってまとめに入りますが、相手が空耳アワー的ぬるい笑いを楽しめる余裕がある国ではない——ということだけは、忘れちゃいけないところですよ、と。


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2006年6月 1日 (木)

召還するかドアを開けるか回復するか全滅するか

タイトルは2001年に開かれた村上隆個展
「召還するかドアを開けるか回復するか全滅するか」
からの引用です。

——って、それ、くるりの曲「Lv30」の歌詞のもろパクリじゃん!

と、昔、近しい人が嘆いておりました。

「VIPPER対ブログ連合」の「しっくりこない感」と似たものを感じるということで、一つ前のエントリで話題にした現代美術家の村上隆ですが、いまになって、そういえばそんな逸話もあったなぁ、と思いだしました。


これも昔、誰かかから聞いて、なるほどな、と思ったんですが

「聞かれもしないのに声高に主張したり言い訳するヤツっていうのは、黙ってると実像がその反対なのがバレると思ってる場合が多いわけだ。……まぁ、たいてい、かえって目立って馬脚をあらわすことになるだけなんだけどな」

まさしく!

やましいところのない人は、泰然としてるだけでいいわけです。

気がつけば、ついにYahoo!ニュースのトップにまで
「2ch紹介するブログ 閉鎖相次ぐ」のトピックがきて
事態はまさに召還するかドアを開けるか回復するか全滅するか状態。

こんな戦況図までアップされましたが(←クリックで別窓表示)
なりゆきを( ´_ゝ`)フーンと見守っている他板の住人たちにしてみれば

「VIPとニュー速だけが2chじゃないぞゴルァ」

という気持ちも芽生えそうです。
それはかつて僕がバイク板住人だったからですね(汗)
……すっかり疎遠になってしまいましたが

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

さて、夕方帰宅して、サッポロの新しい発泡酒「雫」の缶を開けながら、今日の「ゼーガペイン」の録画を再生。なんて書くと、登場キャラの三崎紫乃(みさきしずの)萌えみたいでいやーんな感じですね(笑)

仮想現実内の再生データなのに死ぬってどういうことだよ、という主人公の問いへの答えが、地デジ放送のコピーアットワンスの説明みたいで思わず苦笑しました。

不死の存在が生の意味を混乱させるという問題に言及するかと期待しましたが、そういうのは「エルゴプラクシー」のほうに期待すべきでしょうか?

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2006年5月30日 (火)

次の発車と今度の発車はどちらが先?

次の発車と今度の発車はどちらが先?
……というタイトルなのに話題としては投げっぱなしです。表示を「先発/次発」に改めれば済む話なわけで、実際にしようとしてるのはすごく個人的な起床時の話です。スイマセン。

今朝目覚めのきわで見た夢に「前の」恋人が出てきて

……なんて書くと「今の」恋人がいるみたいな感じだけど、
実際そうじゃないし

こんなどうでもいいささいな言葉のニュアンスに気づくと
ふと、文章の「言外」とか「行間」の効能ってものについて
妙に真剣に考えだしてしまったりするのです。

答えなんて出ないんですけどね(苦笑)

忘れないうちにメモった夢の内容はこんな感じです。

つげ義春の漫画に出てくる目医者ばっかりの街みたいに
どこもかしこも、店という店がすべてパスタ屋の街で
恋人とお昼を食べる店を探してるんだけど、どこも満員。
ぜんぜん店に入れないんだけど、なんか気分が楽しく浮き立っていて
その人ともう年単位になる過去に別れていることは
目覚めるまで、すっぽり記憶から抜け落ちたままで……

こんな象徴に満ちた夢をみてしまうと
学生時代フロイドに傾倒していた僕は
すぐさま次のような分析をしてしまいます。

 全部同じ店、そのうえ入れない
  
 選択しようがない or 自分では決定済みの状況だが、
 その選択肢ではうまくいかない。

 別れた恋人だけどその認識がない
  
 姿を借りてるだけで無意識が別人の役を割り振っている

これはまるで新しい恋に落ちたばかりの人間の無意識だなぁ
と思うのですが、現実にそんな気配はまったくなくて (ノ∀`)

ああ、今日は所沢に講義に行く前に練馬の税務署に寄って
江古田文学の青色申告してこなくちゃなぁ……
で、授業が終わったら互助会の会議のために江古田に戻らなくっちゃなぁ、と
相変わらず仕事に追われている日々だったりします(´・ω・`)ショボーン

ぐあー 小説書く時間が欲しい。
先週遅ればせながら、小川一水『老ヴォールの惑星』を読んで強い感銘を受け
やべー、自分もこういう小説が書きてぇー、と
ものすごく創作欲が高まってるところなのです (`・ω・´) シャキーン

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2006年5月19日 (金)

清原はどんなふうにフェラーリから降りるのか?

その瞬間、僕の頭に二人の男の名が浮かびました。

F1レーサー(だった)カール・ヴェンドリンガー
プロ野球・西武の選手(だった)清原和博

二人の共通点はというと、背が高い。

余計なお世話だとは思いますが、
清原なんて188センチもあるのに
フェラーリみたいに屋根が低いクルマを愛車にして
さぞかし大変だろう、と心配になるわけです。

きっと清原が愛車から降りるときは、レーサーのヴェンドリンガーが予選を終え、ぺったらこい(注:北海道弁で平べったいの意味)F1マシンのコクピットから「にゅーっ」と擬音がつきそうな動きで立ち上がるように、

「その身体、どんなふうに降り畳まれてたんだよっ!」

とツッコミたくなるような動きをみせるに違いありません。


……あ、二人の男を連想した「その瞬間」が、
  どんな瞬間か言ってなかったですね。

すごく真剣なまなざしでMacに向かってバリバリと誌面制作していたなじみの女の子が、作業を終えて、席から立ち上がったその瞬間なんです。

頭の上昇率がいつもと違うような錯覚を覚えたのですが、それは錯覚じゃありませんでした。僕より身長が低いはずなのに上にある目線に驚いて、思わずそこから足元まで、ほぼ垂直落としの視線でスキャンしていました。

謎の理由は視点移動の終点にたやすく発見されるのですが、いつもと違う8センチのヒールひとつで、これほど鮮烈な印象を与えられる女性はいいな、と、ちょっと悔しい思いすら抱いてしまいます。その動きには、けっして「にゅーっ」なんて擬音はつかないわけですよ。

8cmのヒールといえば、
音楽嗜好の基本が80年代に出来上がっている自分にとって
ヤプーズの「ロリータ108号」が自動再生されるキーワードですね。
ブレーキを引きずったままアクセル全開という、
戸川純の危ういストイシズム。

そういうところまでを一瞬に凝縮させる女性の所作に対し、安直に礼賛して思考停止しないためには、清原がフェラーリから降りるさまを瞬時に連想してカバーするような、男性としての「自己批判・自己嫌悪・自己韜晦」能力を最高出力で発揮するしかないのです。

なんかやっぱり男って間抜けだなぁ、と思いますね。
自分を筆頭にして。

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2006年4月 7日 (金)

ツンデレ猫の概念を親に説明できるか?

今日は所沢校舎で2年生のガイダンス。

春装備でバイクに乗って出かけたら、今日は意外と冷えてましたね。
風が寒くて高速道路で90Km/h以上出す気になれませんでしたよ。ブルッ。

ガイダンスは13:30からなのですが
10:30くらいには着いてしまって
閑散とした所沢キャンパスをぶらぶらしてました。

すると、

3日前のエントリの写真に写っている猫
今日は妙に人懐っこくすり寄ってきて

あごの下を撫でさせてくれました!

うひょひょ。ねこだいすき。

去年、実家の愛猫が二十歳の大往生をとげて以来
リアルな猫には触れていなかったのですが、
やっぱり猫はいいですね。

妙に懐いていたかと思うと
唐突に走り出して1メートルくらいの距離をとったり


「べ、別にあんたのことが気になるとか

 そういうんじゃないんだからね!」

と吹き出しをつけてあげると

すべての猫がツンデレになってしまう

——なんて考えてしまう風潮に毒されているのは
  どうかと思う今日この頃。


ちなみに最近、北海道にいる両親が
このブログを見ているらしいことが判明したので

還暦過ぎた親から

「ツンデレって何だ?」

と電話がかかってきたら何と説明しようかと(汗)

あ、この逆境を利用して
「団塊の世代にもわかる萌え萌えツンデレ講座」
なんて本を書いたりすればいいんでしょうかね(笑)

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2006年4月 3日 (月)

「その気にさせる」なんて書き方ひとつなわけで

ひとつ前のエントリ
「ほめ方」なんて言い方ひとつなわけで」からの続きみたいな感じで…

現実世界だと言葉そのものよりしゃべり方がモノをいうことも多々ありますが、ネットでは「書かれた言葉」がすべて。活発なコミュニケーションのために、最初の書き込みは特に重要な役目を果たします。

例として
「掲示板での正しいスレの立て方は?」という三択問題を作ってみました。

さて、あなたは掲示板に
「今までで一番エロい体験を書き込むスレ」
を立てようとしています。
どれが適しているでしょうか?


1) 「今までで一番エロい体験を書き込むスレ」
   1.名前: 永遠の17歳

突然こんな引きそうな話題で恐縮なのですが、もちろん匿名でかまいませんので、皆様が今までに経験された「一番エロい体験」を語っていただきたいと思い、スレ立てさせて頂きました。よろしくお願いいたします。


2) 「今までで一番エロい体験を書き込むスレ」
   1.名前: 35歳童貞

それをネタにオナーヌしまつ


3) 「今までで一番エロい体験を書き込むスレ」
   1.名前: 名無し

人ごみの中で女に追突された


正解はないんですが、1番はダメです。掲示板のノリに合わない馬鹿丁寧さが問題なのではなく、こういう場合はまず「自分の体験」を書かないと、人はついてきません。もし自分の面白い体験を書けば、その陳情書のような文体も味わいになる場合があります。 

2番はよく見かけるパターンで、これも自分の体験は書いていませんが、そこにハンドルネームで「35歳童貞」という理由を示すことで自虐的説得力を持たせています。

そして(僕としてはこれを正解としたい)3番ですが、スレタイトルに対して簡潔に「人ごみの中で女に追突された」と体験を置き、「それがお前の一番かよっ!」と瞬時にツッコミ心を引き出すセンスがすばらしい。ちなみにこれは実在するスレですが、「満員電車で女のうなじみた」「おはようって言ったらおはようって言われた」「テレビ見てたら芸能人と目が合った」と同種のツッコミを入れたくてたまらなくなるような書き込みが連鎖していきます。これがネットにおいて「空気を読む能力」と呼ばれるものです。

小説を書いたりする能力とは別種のセンスですが、
この能力が高い人はリアルの会話も途切れないんじゃないでしょうか。
そんな人がいま現在、ネット弁慶のヒッキーやニートだったとしても、