先月のこと——
絵を描く若い女性と話をしていて、なぜか広島の話になり、
「あー、ヒロシマ、昔行ったけどもう一回行きたいな、原爆記念館。
キノコ雲って、あの独特の形といい、色といい、
人類がこんなスゴイものを作り出せるのか、って圧倒された」
という彼女の屈託ない言葉に、ちょっとギョッとしたのでした。
そして次の瞬間、ギョッとした自分に対して「原爆に対して悪の属性以外を見てはイケナイという平和教育の刷り込みを通してしかモノを見ていないのでは?」と検証モードに入ったのです。
そういえば、『AKIRA』で圧倒的な都市崩壊のさまを描き出した大友克洋が、阪神淡路大震災でビルの中層階がつぶれてブラインドが整然と外側に垂れ下がっている映像を見て、『AKIRA』を描いている時には、ビルが崩壊した時にこんなふうになるとは想像していなかった。これを見ていたら描き方が変わっていたかもしれない、という旨の発言をしていて、
うわぁ。こんな素直に自分の興味が引かれたことについて発言してしまっていいのかよ。さすが大友克洋。やばーっ。——と思ったのですが、
実のところ、
キノコ雲に造形的美を見てしまった彼女も、
崩壊したビルに一段上のリアリティを見てしまった大友克洋も、
戦争讃美や被災者迫害という意図はまったくないわけです。
むしろ人間として正直に思ってしまったことを表現しただけ。
少なくとも、
イデオロギーのために黒を白と言うような危険性はない言葉です。
反戦平和活動家からはすさまじい批判を浴びそうですが、むしろ、感情の下地を考慮することなく言葉の表面だけをとらえて一緒くたに非難することこそ、ファシズム的と見ることもできます。
そう考えると、平和教育を刷り込まれた僕らのほうこそ、兵器=悪というルールでマスキングされた、まったく逆の意図を持つ操られ方をしてしまうかもしれません。
たとえば、ジブリアニメ『ゲド戦記』のCMで聞き飽きた
「命を大切にしないやつなんて大嫌いだ!」
ってセリフが、いつのまにか
「命を大切にしないやつなんて皆殺しだ!」
なんて矛盾したセリフになっても
うんうん、命を大切にしないやつは殺していいよね、
と納得しているかも知れません(汗)
だから兵器が悪だとか決めつけて安心する前に
自分の頭と言葉でちゃんと考えてみなきゃダメですね。
戦争のヤバいところは、実際どこなのかを。
というわけで、僕のバイアスがかかった見方を開陳しますよ(汗)
戦争の何がヤバいって、自分一人がやめたいと思っても、個人の力ではどうしようもないほど大きな流れになってしまっているところ。
……と言えば「でも、そういう話なら戦争に限らず、企業組織などでもよくある流れじゃない?」という疑問が返ってくるでしょう。そう、これ、人間社会ではよくあること、なんです。
オウム事件を内側から取材した森達也は
組織の中で自らの判断力を喪失する信者たちを見て
「人は善人で優しいまま人を殺せる」という名言をつむぎました。
これは本当にいろいろな局面でおこりうることです。正直怖いです。
だから大きな流れとなって暴走が始まってしまっても、
兵器さえなければ戦争が起こせない。それが最大の予防なのではないか?
という意見にもうなずけるところがあります。
しかしまた、こういう事例もあります。
マグロ漁船などのフラストレーションがたまりやすい閉じた環境でケンカが起きると、カッとなって刃物を持ちだすやつもでてきます。そのとき、周りの人間はどうするか? ——なんと、刃物を向けられた相手にも包丁を渡してしまうらしいです(汗) すると最初に刃物を握ったやつも、本能的にヤバイと感じるのか、不思議と冷静になれる場合が多いと聞きます。(このエピソード、誰のでしたっけ? もし知ってる方いらっしゃいましたら教えてください)
これはお互いに核兵器を持った抑止みたいなものですね。
こちらのほうが「人間を信頼したやり方」のような気がします。
だから僕は「核兵器は悪」とは言いたくても言い切れないんですよ。
少なくとも、この半世紀以上世界大戦を抑止できた「実績」は認めざるを得ないような気がするんです。核廃絶原理主義の人からは「そんな馬鹿な。核がなければもっと平和だった」と一笑に付される気がしますが。
結局のところ僕には
「なんでも危険なものを取りあげさえすれば問題が解決する」とは思えないってことですね。
むしろ悪魔のようなパワーを手にしたとて、それをコントロールできるのが人間だと。そう思いたい。
個人レベルでいえば、性欲だって悪魔のようなパワーです。
そのレベルなら、個人の力で対処できる。いや、むしろ他人とは交換不可能な「自分」の力で対処するところに面白味があるというべきでしょうか?
なんか回りくどい言い方になってしまいましたが、
つまるところ、信頼できる相手と良いセックスをしたあとに
戦争なんて面倒なことする気になれないでしょう? そういうことです。
ミクロの愛情不足が根本原因なのにマクロの視点から解決しようったって…ねぇ。
って、なんか村上龍の
『すべての男は消耗品である』みたいな結論になっちゃいましたね(汗)
……いまや龍さんもすっかりマジョリティに受け入れられることで、イメージが説教オヤジくさくなってしまったので、ここは実際に思いつきを「実行」してしまったマイノリティな例を引きあいに出してシメましょう!
「私たちにできる平和活動」と銘打って、同時に一つの場所に集められた500人が、初対面ではじめましてからセックスに至るまでを克明に記録したアダルトビデオ
『人類史上初!!超ヤリまくり!イキまくり!500人SEX!!』
いやはや(笑)
現代日本以外にこんな映像を作れるところはないでしょうね。
こういうの見せられると、戦う気も失せます。
平和活動家のヒステリックな叫びのほうが
よほど戦争に近いと思っちゃいますよ。
さすがにリンクまでは張りませんので、興味のある人は自分の力で見つけてください。
え? メーカー? こんなこと思いついて、そのうえ実行してしまうなんて
「SOD」に決まってるじゃないですか(笑)
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