2007年8月10日 (金)

よく飛ぶ紙飛行機40周年(子供の科学9月号)

Koka0709_3  「子供の科学」という雑誌をご存知でしょうか?

いまでは「学研の科学」のほうがメジャーなのかもしれませんが、「子供の科学」は、大正13年に創刊された小中学生向けの総合科学雑誌です。創刊者原田三夫の「研究室で展開している"時代の最先端"を、これからの次代を担う子供たちに紹介したい」という編集方針を80年以上も経た現在も受け継ぎ、多くの読者に"科学の入口"を提供しています。

最先端の科学と楽しい工作を紹介して80年。
技術立国・日本を支える大人の多くが、幼き日に一度はページをめくったことがある雑誌なんじゃないでしょうか?

その歴史の半分、40年間にわたって連載されてきた巻末の切り抜き付録「よく飛ぶ紙飛行機」を設計してこられたのが、僕がひそかに紙飛行機の神とあがめる二宮康明先生です。

二宮先生の紙飛行機との出会いは、小学一年生の頃(1976年)親が転勤する同僚からもらってきた本のなかに、たまたま「よく飛ぶ紙飛行機集1」があってのことでした。ふつう汚したり折ったりしちゃダメな「本」を「切り抜く」という形にも魅かれるものがあって、すぐに作って飛ばしたものです。(北海道に住んでいたので、飛ばす原っぱにも恵まれました)

この本が幼時の僕に与えてくれた知識は、飛行機のことにとどまりません。文中の「紙飛行機を作る糊は、セメダインCがよい」という製作の手引きにより、ヤマト糊しか知らなかった僕に、貼っても紙がボコボコにならない文明の利器・セメダインCがもたらされたのです。

セメダインCの威力に感動した僕は、なんでもセメダインで工作するという、なんとかの一つ覚え状態に陥っていました。

ちょうどそのころ領空侵犯したソ連のミグ25が函館に強行着陸した亡命事件に(というかミグ25に)心惹かれ、親にねだって買ってもらったプラモデルさえ、僕はセメダインCで組み立てました。しかし翌日ミグに触れるとぽろぽろと崩壊(笑) 初めてセメダインCは万能ではなく、世の中には素材ごとに違う種類の接着剤があると気付くことになります。

まあこんなぐあいで、僕にとって二宮先生は、意義ある失敗へ優しく導いてくれた(笑)恩人でもあるわけです。

……長い前置きになりましたが、
「子供の科学」誌上の「よく飛ぶ紙飛行機」連載40周年記念記事の取材と執筆について、この僕をご指名いただけるという光栄を浴することになりました。

編集部の「だま」さん、ありがとうございます。
自分にとってはなんという恩返しのチャンス。
文章を書く仕事をしていて良かったと思える瞬間です。

取材は7月17日、東京都内某所の広大な原っぱで実際に紙飛行機を飛ばしながら行い、その記事が載った「子供の科学」2007年9月号が、今日、編集部から帰省中の北海道に届きました。

かつてその存在に出会った北の空の下で、自分が執筆した「よく飛ぶ紙飛行機」のメモリアル記事が載った「子供の科学」を手にできるなんて、どんだけラッキーなんだって!

Koka070940

「子供の科学」2007年9月号は、8月10日から書店にも並んでいますので、見かけたら、ぜひお手に取ってごらんください。

取材時のエピソードなど、機会があったらまたこのブログに書きたいと思います。

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2006年11月12日 (日)

文学フリマ

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昌平橋のたたずまいが好きなので
手前の御茶ノ水で降りて
写真を撮りながら秋葉原の会場まで徒歩でGO。

そんなこんなで

うっかり一時間遅れで会場に着いたのが運の尽き。
桑島由一さんの本は完売してました(涙)
二百円のサンプル盤だけは入手。
もちろんレーベルは「NO DISC RECORDS」ですから、
こう見えてこれも本ですよ↓

Ndil

本は買い逃したけど、桑島さんと直接お話できて(すごく緊張した)ミクシィのマイミク申請をオフラインでしてしまうという暴挙を許してくださり恐悦至極です。

桑島さん、どうもすみません(汗) そしてありがとうございます。


Bunfuri

今日はこのあと銀座(といってもルノアールの会議室ですよ)に移動して、
小説同人誌「もらっぷ」の読書合評会というブンガク漬けの一日。
こちらの今日のお題はリービ英雄の『千々にくだけて』なのです。

それではまた移動開始!

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2006年11月11日 (土)

明日は文学フリマ

さぁて明日も早起きして
『仮面ライダーカブト』を観てから(ぉぃ)「文学フリマ」に出かけますよ、と。

文学フリマ
2006年11月12日(日)
場所は東京都中小企業振興公社 秋葉原庁舎 第1・第2展示室。
開場11時、終了16時。

僕が原稿(小説『雌性先熟ソードテイル』/漫画評論『ジョンベネ・ラムジーへの変身願望——現実の殺人事件と幻の犯人を巡る、おがわ甘藍「チェンジング・ツアー」レヴュー』)を寄稿している「公沁舎」のブースは2階のB-51です。

僕は正スタッフではないのでブースには居ないかもしれませんが、

ライトノベル作家・桑島由一さんの
NO DISC RECORDS
にはいきなり突入して本を買ってこようと思ってます。

レコードではなく小説をリリースするレコードレーベル、ってのは、自分はダサくないと信じている文学青少年が一度は思いつくアイデアですが、たいていの場合それは妄想倒れに終わります。

これはちゃんとお洒落にカタチにできてる成功例。
桑島由一さんの感性によるところが大きいと思います。

特別講座で日芸に来てくれないかしら、桑島さん。
チャンスがあったら直接交渉してみようかな……(どきどき)

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2006年11月 2日 (木)

日芸の芸祭、明日開幕

明日から三日間、我が日大芸術学部の学園祭

「芸祭」が開催されます。


公式案内サイトは下のバナーをクリック

Geisai

今年は江古田校舎の建て替え工事のあおりで所沢校舎開催なのですが、今日も江古田でギリギリまで準備を進める学生につきあって、夜10時近くまでスタッフT 氏と文芸学科のコンピュータ室に詰めてました。やっぱりこういう切羽詰まった感がないとお祭りの実感がわかないので、嫌々ではなく微妙に乗り気だったりします(汗)

明日11/3の第1日目、午後1時から4時のあいだ、僕は教員として高校生向けの進学相談会で面談係を務めておりますので、芸術学部に興味のある受験生の皆様、突発OFF会とでも思ってどうぞお気軽に図書館2階の文芸学科コーナーへおいで下さい。(って、いいのかそれで?)

さて、僕が今回の芸祭でちょっとばかり深く足をつっこんでる場所がもうひとつあって、文芸学科学生が立ち上げた文芸サークル「公沁舎」(こうしんしゃ)のデビュー本2冊同時刊行の両方にゲスト執筆者として原稿を寄せています。

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思えばこの春、学生との飲み会で、代表H川君の
「『大真面目エロ』と『革新的マンガ論』の2冊同時刊行でスタートを切りたいので先生も官能小説書いてください!」という無茶な願いを酒の勢いで承諾したあげく、酔っぱらっていたのか『革新的マンガ論』を『エロ漫画論』と聞き違えて、思いっきりエロ漫画論を寄稿しちゃってます。もちろん官能小説も。

先生として……いいのかオレ?

というわけで、この本は
絶対に読んではいけません!


…まぁ、絶対見るなよ、といって 
 好奇心を煽るのは商売の基本

 (それなんて雪国まいたけ?)

それにしても、
あの常盤響さんに表紙写真を撮り下ろしてもらえるとは
H川君激しくグッジョブです!
阿部和重の『インディビジュアル・プロジェクション』
を常盤氏の写真でジャケ買いした記憶が、
ビシビシよみがえるくらい嬉しいっすよ。

公沁舎Webはこちら→■http://www.koshinsha.net/■

第5回文学フリマにも参加します。スペースはB-51です。

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2006年11月 1日 (水)

いつになったら東京編が始まるのか(汗

「東京へ」のエントリでフェリーに乗船してはや二ヶ月。
ブログ主はいつになったら東京に着くんだとヤキモキしていた方がいたらゴメンナサイ(いないと思うけど)。20時間ほどの船旅の末、翌日にはしっかり帰ってきております。

2006.8.29 さんふらわあ・みと(苫小牧→大洗)船上にて

 20時間の船旅というのはけっこうヒマを持て余すもので、そのくらいで読み切れる厚めの文庫本にお供してもらっています。今回は冲方丁『マルドゥック・スクランブル』全三巻。これだけあれば行きだけじゃなく帰りまでつきあえるはずです。

狙い通り、帰りの船内で、物語後半のほとんどを費やす怒濤のカジノシーンを一気に読み切れました。『カウボーイビバップ』第3話のデータが埋め込まれた賭けチップと設定がかぶるけど、あそこまでやれば、パクリと文句はいわれないでしょう。

さて、この『マルドゥック・スクランブル』において、いちばん魅力的な存在といえば、ウフコック(煮え切らない)という名の、人語をしゃべるネズミ型万能兵器と決めつけても異論は少ないと思われます。普段は金色の毛並みのネズミなのですが、使い手の要求によって銃器やシールドにターン(変身)するウフコック。名は体を表すという言葉通りに、ウフコックが使い手の少女にみせる態度の煮え切らなさは、多くの読み手を悶えさせたことでしょう。

僕も悶えた(笑)  ネズミ萌え。

Ufcook
 ▲今は亡き我が家のウフコック様。ツメがラブリィな彼の本名はマンセル。

実際、数年前までスナネズミと一緒に暮らしていたのですが、どうして自分はネズミが好きなんだろう?と船に揺られながら改めて考えてみて

「もしかしたら幼い日に大好きだった『トムとジェリー』の影響じゃねぇ?」

と思い当たりました。——そういえば猫も好きです、犬より。

とすると、僕は現実の猫やネズミよりも先に、アニメの猫やネズミと出会って好きになったということですね。こう思った瞬間に——人間の連想記憶とはなかなか優れたもので——何年も聴いていなかった曲の一節が脳内で再生されたのです。

生まれて初めて見るものはいつでも テレビからで…

ああ、スパンクハッピーの『チョコレート・フォークソング』だ!
やばい、いますぐ、この瞬間に聴き返したい!
しかし……ここは自分の部屋じゃなく太平洋上の船のなか。

なんとかしてよドラえも〜ん!

……と。いや、ドラえもんを呼ぶまでもなく、あるじゃないか、
いくら詰めこんでも大きさも重さも変わらない音楽の四次元ポケットが!

(ジャーン) あ い ぽ っ ど〜

リュックの中の60G iPodの存在を思いだして、
僕はすぐさま取り出しクリックホイールを回したのでした。

20060829_mardock_1

「自分の持ってるCD全てを軽々とポケットに入れて、いつでもどこでも」
そんなiPodのコンセプトを、
これでもかというくらい鮮やかに実感させられました。

次は「自分の本棚をポケットに入れて、いつでもどこでも」という未来を! 
僕が生きているうちに……と狂おしいまでに激しく希望!

Googleあたりが「図書館をサーチして端末に呼び出す」という形で実現しそうだけど、船の上って携帯電波も圏外なんですよね(汗)

今回は「容れ物」という伝統的思想を進化させたiPodならではの活躍でした。
そういう読書端末が欲しいと海の中心でワガママを叫んでみます。

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2006年7月13日 (木)

ゼーガペイン#15 リインカーネーション

今日のゼーガペイン——

やってこない夏休みの終わり。
「あなたは舞浜の夏を
100回以上生きているのよ」

で、

涼宮ハルヒを思いつくヤツはガキ

ビューティフルドリーマーを思いつくのはオヤジ

……え? 僕ですか?

神林長平マニアの僕としては
『甘やかな月の錆』早川文庫『言葉使い師』所収)
は外せませんね、やっぱり。

「ぼくのママはきれいなひとだ。」から始まるあの小説。

ほんとうに愛している人を腕の中にいだくため。
——ループから抜け出したからそう思えたのか?
——そう思えたからループから抜け出せたのか?
行き着く先にあるのは、錆びつくこと、汚れることを許された世界。
「コム、あなたはわたしの子供じゃないみたいよ」

神林は「雪風」と「海賊」しか読んだことがないなぁ、
という人にもぜひ触れてほしい、神林長平の別の顔です。

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2006年6月28日 (水)

フラッタ・リンツ・ライフ

6月26日(誤認してました。25日だったらしい(汗) )は、
森博嗣の『スカイ・クロラ』シリーズ最新作の発売日でした。
空色、茜色、灰色ときて、4作目の『フラッタ・リンツ・ライフ』は
何色の雲海で表紙を埋めるのだろう、と期待しながら書店に向かいました。

正解は、紫色。

ジミ・ヘンドリクスのパープルヘイズが、脳内で自動再生されるような紫色。そして、何日かかけて読了し、全く期待を裏切ることのない出来に舌を巻いているところです。

今回のベストシーンは、p78〜79。
戦闘機の格納庫の天井に引っかかった模型飛行機に気づいて取りはずしたクリタが、その飛行機を飛ばそうとプロペラのゴムを巻くところ。「子供の頃は、ちゃんと数を数えてゴムを捲いたのに、どうしてこんないい加減な人間になってしまったのだろう」と思うところから、p79最後の行、「どうして、こんな良い子なんだ?」と思うところまで。

最高に良いシーンです。もちろんそれは、この2ページを引用してみせてもわからないたぐいの——『スカイ・クロラ』シリーズの既刊3冊を読み、この『フラッタ・リンツ・ライフ』を読んで、はじめてしみてくる良さなのです。

……と、言うからには、ちょっとシリーズについて説明しなくてはなりませんね。

『スカイ・クロラ』シリーズは、出版社の解説によれば「戦争を仕事にしなくては生きられない子供たちの寓話」とあります。もちろんそれは正しい説明なのですが、実際に読み進めていくと、じつは「戦争でなければ死ねない子供たちの寓話」でもあると気づかされるのです。

戦争が国家を離れたショーと化し、民間企業が代行して戦闘機による空中戦を行う世界。そこでパイロットとして登用されている子供「キルドレ」は、歳をとりません。時間制限をまぬがれた命を手にしている……というより、背負わされている者たちが選択するのは、殺さなければ殺されるかもしれない戦闘機乗りという職業なのです。

不老の存在が生の実感を感じられるのが、いつ墜とされるともしれない空を飛んでいる時だけだ、というのは、普通人の僕にもなんとなく想像がつきます。それは不死ではない僕らにも、自分が何に傷つくのかを知らない(怖い物知らずな)子供時代があったからだと思います。

 恐ろしいものの形を
 ノートに描いてみなさい
 そこに描けないものが
 君たちを殺すだろう

 (「吹雪」作詞・曲:中島みゆき)

そう、こんな歌もありました。
自分の死の形を死の直前まで知ることができないのは一つの真理です。

たとえば、望むもの全てを当然のように手に入れてきた美しく利発な少女が、たった一度の失恋で自我を崩壊させてしまうようなことも「死」の一種でしょう。

自分自身が「望まれないもの」とされたとき、それまでの彼女にとって人生の「視野外」であり「存在しない場所」だったところに突き落とされてしまうわけです。ほんとうに命を落とすわけではないけれども、人はそれも「死」と呼びます。心の死、社会的な死……死にながら生きてかなければならない死。

そんな「死」の存在を知らずにいられるうちなら、僕らは不死の子供でいられるような気がします。実年齢とはかかわりなく。

『スカイ・クロラ』文中に、キルドレのパイロットが同じ空気を漂わせる者に「怒っているようにも、喜んでいるようにも、見えない。感情がない、感情のスイッチを切っている、そんな様子だ。やっぱり、同じ種族。僕たちは、そういう人間、そういう子供なのだ。でも、仲間に出会えて嬉しい、といった感情でさえ、僕たちにはないのだから、つまり無意味。理屈がさきにあって、その理屈で感情がある振りをする。ずっとそうしてきた、子供のときから。」という場面があります。

もしその描写をまるごと信じるなら、彼には子供時代がない、と言えるでしょう。

僕が思うに、許される限りわがままをつくすのが子供で、たしなめる者がいなくても自分を律する基準を超えないのが大人です。キルドレの感情には生まれながらのリミッターがかかっているようで、つまり彼らは「子供=キルドレ」という呼び名とは逆に、最初から大人なわけです。

ところで本来のリミッターとは、エンジンが回りすぎて壊れないよう、回転数に制限を掛ける装置の名前で、機械にとっては故障せずに空を舞い続けるための実用性をもった装置です。しかし、人間は感情にリミッターをかけたからといって、しがらみだらけの社会を故障せずに泳ぎきれるとは限りません。

そんな複雑な人間関係のなかで、相手の真意が計れず疲れ果ててしまった時など、機械的な「正解のある」明快さに憧れてしまうこともあるでしょう。——そんな時こそ、この『スカイ・クロラ』シリーズのページをめくるタイミングとしてはうってつけかもしれません。


 森博嗣『スカイ・クロラ』シリーズ

 『スカイ・クロラ』
 『ナ・バ・テア』
 『ダウン・ツ・ヘヴン』
 『フラッタ・リンツ・ライフ』(すべて 中央公論新社 刊)

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2006年5月30日 (火)

次の発車と今度の発車はどちらが先?

次の発車と今度の発車はどちらが先?
……というタイトルなのに話題としては投げっぱなしです。表示を「先発/次発」に改めれば済む話なわけで、実際にしようとしてるのはすごく個人的な起床時の話です。スイマセン。

今朝目覚めのきわで見た夢に「前の」恋人が出てきて

……なんて書くと「今の」恋人がいるみたいな感じだけど、
実際そうじゃないし

こんなどうでもいいささいな言葉のニュアンスに気づくと
ふと、文章の「言外」とか「行間」の効能ってものについて
妙に真剣に考えだしてしまったりするのです。

答えなんて出ないんですけどね(苦笑)

忘れないうちにメモった夢の内容はこんな感じです。

つげ義春の漫画に出てくる目医者ばっかりの街みたいに
どこもかしこも、店という店がすべてパスタ屋の街で
恋人とお昼を食べる店を探してるんだけど、どこも満員。
ぜんぜん店に入れないんだけど、なんか気分が楽しく浮き立っていて
その人ともう年単位になる過去に別れていることは
目覚めるまで、すっぽり記憶から抜け落ちたままで……

こんな象徴に満ちた夢をみてしまうと
学生時代フロイドに傾倒していた僕は
すぐさま次のような分析をしてしまいます。

 全部同じ店、そのうえ入れない
  
 選択しようがない or 自分では決定済みの状況だが、
 その選択肢ではうまくいかない。

 別れた恋人だけどその認識がない
  
 姿を借りてるだけで無意識が別人の役を割り振っている

これはまるで新しい恋に落ちたばかりの人間の無意識だなぁ
と思うのですが、現実にそんな気配はまったくなくて (ノ∀`)

ああ、今日は所沢に講義に行く前に練馬の税務署に寄って
江古田文学の青色申告してこなくちゃなぁ……
で、授業が終わったら互助会の会議のために江古田に戻らなくっちゃなぁ、と
相変わらず仕事に追われている日々だったりします(´・ω・`)ショボーン

ぐあー 小説書く時間が欲しい。
先週遅ればせながら、小川一水『老ヴォールの惑星』を読んで強い感銘を受け
やべー、自分もこういう小説が書きてぇー、と
ものすごく創作欲が高まってるところなのです (`・ω・´) シャキーン

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2006年4月14日 (金)

授業開始・記憶と記録の話

関越自動車道・所沢インターへの誘導路脇に桜の林があって
一週間前に満開だった枝に、もう緑の若芽が混じりだしていました。
つまり天気に恵まれたので、
バイクで所沢に出校したというわけで——

さてさて、本年度最初の授業。文芸特殊講義IXです。

今日は授業選択のガイダンス的な意味もあるので、

パソコンやネットっていうのは、
 際限なく増えていく記録をうずもれさせないために
 生み出されたシステムなんだ

ということをかいつまんで話したつもりです。
もちろん芸術学部は、何かを総括して世界の全てが分かった気になるための場所ではないので、それをどう創作に結びつけるかという部分が大切なポイントです。

そこで、
うずもれる記憶、というテーマと
パソコンという道具により、かつては不可能だった個人製作が
アニメの領域でも可能になった現状をあわせて実感できる実例として、
ペイル・コクーン」を観てもらいました。

記録自体は真実でも
ありかを変えてしまうだけで
人々をだますための道具になってしまう——

その種の危うさや儚さが、
記憶の属性のひとつであることは否定できません。
そこを突くことに成功している作品のひとつだと思います。

作品を見せる前に、うずもれる記憶に対抗する手段としての検索エンジン・Googleと似た機能をネットの「こちら側」に実装している例として、Macのスマートフォルダを紹介したんですが、ちょっと上手く行かないうえに分かりづらいデモをしてしまいましたね(反省……家に帰ってからかなりヘコみました)

スマートフォルダの便利さと背中合わせの怖さは、
自分が入れなくても条件に合ったものが新たに発生したら、
(検索エンジンのクロールと同様に)
愚直に拾い集めて入れておいてくれることです。

なので、
一週間以内に変更した画像(ダウンロードしたり開いたりしたもの)
という条件で、スマートフォルダを実演して見せれば
もっとわかりやすかったかもしれません。

実用例を挙げてみます。
スマートフォルダはどこにでも作れるので、Mac使いの恋人がいる女性は、彼氏のMacの気づかれにくい場所に「画像・一週間以内」という条件でスマートフォルダを作ってみてください。

次に彼氏の家に行った時、
そのスマートフォルダの中に何が入っているかお楽しみ!

…って、マジでやらないでくださいね。冗談ですから。
世の中には知らないほうがいいことがたくさんあるのです(汗)

知らないほうがいいこと…といえば、こないだ芥川賞をとった絲山秋子の『沖で待つ』は、どちらかが先に死んだら、誰にも中を知られないように相手のパソコンのハードディスクを破壊する約束をしあう話でした。

それで、ふと個人的なことを思いだしたのですが、昔つきあっていた彼女のパソコンのハードディスクがよく異常をきたすというので、前もってバックアップをとってから、新しいハードディスクに交換してあげたことがありました。

僕はクソまじめに(あ、iPod用の曲データだけはもらったけど)彼女のバックアップ・データを作業完了後すぐさま完全消去したのですが——

それって逆に、

「なんだよ実用的データだけ欲しがって、
 私のメールとかのプライベートには全く興味もないのかよ!?」

とか思われてたかもなぁ、なんて、今になってかえりみたりするのですが

……まぁ、たいていそういうのは考えすぎってやつですよね〜(汗)   

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2006年4月13日 (木)

ゼーガペインとすぺるむ・さぴえんすの冒険

先週の第一話を観て「これを押井がやったら」という定型句というエントリを書くきっかけになった「ゼーガペイン」ですが、どうやら先週の僕の予想通りの世界観のようです。

仮想現実というと、いまだに
「マトリックス的な」という説明がキャッチーに通じてしまうわけですが、
案外SF小説では使い古された(良く言えば、歴史ある)アイテムでもあります。

そこで僕が今日のゼーガペイン2話を見終えたところで想起したのが
小松左京が1970年代に書いたSF小説
「すぺるむ・さぴえんすの冒険」
(短編集「ゴルディアスの結び目」に収録)でした。

太陽の異常で生命が維持できなくなった地球環境を脱出し、データ化した全人類と地球環境を携えて宇宙を彷徨う巨大な情報宇宙船。船内には「再生装置」によって幻出された街の環境がある。そこで一人だけ肉体をもった本物の人間として存在しているMr.A。彼は夢の中で超越的存在から、220億人の人類のデータを消去することと引き替えにした、ある取り引きをもちかけられる……

というストーリー(いまざっと読み返して書いてみました)なのですが、220億という数字以外はハッキリと覚えていました。それだけ鮮烈な小説だったのです。

そして、こりゃ、Mr.Aの「小間使い」を「メイド」に書き替えるだけで21世紀レベルで充分通じるよ、てゆーか小松作品を映像化するなら、詰め込みすぎで世紀の怪作になってしまった「さよならジュピター」より、こっちを映画化しとけばよかったのに——と思わずヒートアップしてしまいました。

そういえば「日本沈没」って、また映画化するんですよね。
小松御大の小説はスケールがでかすぎるので、
大作を映画化するのは、今の日本の技術をもってしてもヤバいような気が。

「すぺるむ・さぴえんすの冒険」ぐらいの
コンパクトにまとまった作品の方が絶対映像向きだって!

もちろん小間使いはメイド服で

……すいません小松先生。アホ発言でした(汗)

僕の手元にある「ゴルディアスの結び目」は中学生のころ(20年以上前ですな)買った角川文庫1980年版で、もう絶版ですが、運良くハルキ文庫で再刊されているので[→Amazon] 1970年代SFの輝きを知りたいという若い世代がいたら、忘れずチョイスしてほしい逸品です。

「岬にて」(宇宙船ではなく、ドラッグによるトリップで宇宙へ)
「ゴルディアスの結び目」(少女の性的虐待の傷がエルゴ領域化)
「すぺるむ・さぴえんすの冒険」
「あなろぐ・らゔ」

の4篇が収録作品です。それぞれ無関係な作品として読めるのに「すぺるむ・さぴえんすの冒険」で×××な運命を迎えた人間の情報の一部が「あなろぐ・らゔ」につながっているんだ、と気づいたときの「やられた」感といったら! ……いまだに呪縛ですよ。

そういえば個人製作アニメ「ペイル・コクーン」って、この2作品連続ネタの構造と、舞台は違えど「やろうとしていること」が似てるなぁ。もしかしたら吉浦さんも、かつて「ゴルディアスの結び目」に親しんだ人なのかも……とウェブサイトのプロフィールを見たら、僕より10歳も若いのか! これはカスってなさそうですね(汗)


えー、脱線しすぎたので話を「ゼーガペイン」に戻しまして
(と言いつつ、また日本のSF小説の話になるんですが)

神林長平の火星三部作「あなたの魂に安らぎあれ」「帝王の殻」「膚(はだえ)の下」を読了している人なら、きっと「ゼーガペイン」のオープニング&エンディングの画が味わい深く見られることと思います。

去年やっていた烏龍茶「極烏」のCMで、キムタクの身体が鳥に変化して飛び去っていき、着ていた服が中身を失って崩れ落ちるシーンは、「あなたの魂に安らぎあれ」を映像化したら、「あの」シーンはこうだろうなぁ、という美しさでしたが、ゼーガペインのオープニング&エンディングの登場人物の身体が無数の鳥や魚に分解して飛散するグラフィックスにも同じ印象を受けました。

これ以上書くと、
今度は神林長平の小説のほうのネタバレになるのでここまでにします。

ちなみにゼーガペインのオープニングテーマ曲
「キミヘ ムカウ ヒカリ」ですが
この歌詞、かなりネタバレ領域に踏み込んでますよね。

誰かが見ているビジュアル 
目の前の急な水がカラダを逆さに駆け巡る
今二人は出会った意味を想う
きっと誰かの記憶の中泳いでいるだけでも

君の背中、光の羽が空へ広がる
どんな場所もどんな過去さえも
唯一つの願いが乗り越えてゆくよ

誰も知らない世界にキミと居る
届かない言葉のかわりに黙り込む
そうして何度もキミに恋するだろう
遠い約束 闇を蹴って羽ばたいていく時まで

自分の生涯が初めて経験していくオリジナルの現実ではなく
記憶から再構成されたものだとすると、
きわめて内容に合致した歌詞。

エンディングテーマ「リトル グッド バイ」にも
「時が戻ったら 時が戻ったら 時が戻ったら」というリフレインや
「記憶の淵で時は繰り返す イメージを見た」という詞があり、
筋の通ったコンセプトが感じられますね。

そういったところも含めて、最近のアニメとは力点のズレた
心地よい古さがあるんですよ、このアニメ。
主人公も前向き体育会系だし、80年代の匂いがプンプン。
1970年生まれのオールドタイプである自分は視聴続行決定です(笑

さて、明日から日芸の新年度授業開始。

今年の授業開始日は金曜日ということで、
いきなり文芸特殊講義IXの講義が待ってます。
積極的にセカイの動きにシンクロさせていくのが身の上の授業なので
僕の持ちゴマの中でいちばん緊張する講義です。

うーむ。今年はどんなオープニングで行こうかな…

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