2006年6月 6日 (火)

仮想現実ものとズゴックのツッコミの手

天気予報は夕方の雷雨を予想していたので、バイクじゃなく電車で所沢に出校することにしました。駅前の本屋で、学生から薦められたコミック・篠房六郎『ナツノクモ』の1,2巻を買い、電車内読書。

ネットゲームと、オンラインによるカウンセリングを融合させた世界が描写されていきます。けっこう夢中になって、所沢に着くまでに1巻は読了しました。

仮想現実ジャンルにおける、
「ちゃんと現実のほうに生身の肉体がある系」の作品ですね。
リアル肉体の死、キャラクターとしての死、データ消滅、という三つの死の形をちゃんと区別してストーリーに活かしているところがなかなか良い感じです。

一方「生身の肉体は存在しないor眠っている系」といえば、いま放映中の『ゼーガペイン』です。いわゆる日本のロボットアニメなのですが、データのみの存在となってしまった人類が、物理的な現実に干渉するためのマシン(幽霊の乗り物みたいなもの)として巨大戦闘ロボを使っているところが目新しいところです。

『ナツノクモ』と『ゼーガペイン』をアタマのなかで対比させながら、ふと、絵画盗作で最近話題の和田氏のことが浮かびました。和田氏がパクリ元のスーギ氏と一緒に写っている場面はありません。それは日本とイタリアだから、というもっともな理由からですが……

なりきり仮想現実的にいうと、
和田氏はスーギ氏のPC(プレイヤーズキャラクター)で
二人は同一人物だった——という衝撃のオチが一番面白いんじゃ?

で、じつはテレビのワイドショーも
「フェィクギャラリーVer.1.0」とかのネトゲ実況してるだけ。
裏で糸をひいてるのは文化庁。
それに感づいた公安9課が……

……なんておバカなことを妄想してしまいます。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

昼休みにゼミ雑誌ガイダンスを終えてからゼミII。

先週、参考に『村上龍料理小説集』からの抜粋を参考に渡して、
味や匂いや手触りなど、言葉で説明しづらいものを表現せよ
(ショートストーリー、エッセイ、評論など形式は問わない)
というちょっとやっかいな課題を与えたので、

何人やってこれるかな? とヒヤヒヤしていたのですが杞憂でした。

視覚を奪うことによって匂いを際立たせる話や
チョコレートの味から本来ないはずの汗や涙のしょっぱさを透析する詩や
自分を無意識に縛っていた人間に同じ匂いを帯びた人によって気づいた話や
姉的存在の皮肉に苦笑いを返す瞬間に百合の残り香でトリップする話や
『美味しんぼ』と『将太の寿司』にみるウンチク芸とリアクション芸の分析や
目的を限定しない、散歩という行為に匂いを重ねる散文や
言葉にしづらい感触を、文章ではなく漫画で表現してきた人までいました。

いつも思うんですが、
突拍子もない課題を出したとき、意外と答えがかぶらないのがすごい。
こちらが最悪の事態を想定しても、奴らは必ずその斜め上を行くのです(笑)
いい意味で。

H菜さんの漫画で、ツッコミの手がズゴックになってるところに、僕は少々訝りながら(最近偶然にしては周囲にガンダムねたが多すぎる…)と思ったのですが、その部分の作画に特別アシスタントとして「百式Tシャツ」のMさん(6/2のエントリ参照)が招かれていたということで納得しました(笑)

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2005年11月 1日 (火)

レーダーホーゼン

明日から芸祭期間というこの日、ゼミに誰も来なかったらどうしようと少々不安になりつつ、本日のメニューに村上春樹の短篇『レーダーホーゼン』(『回転木馬のデッド・ヒート』に収録)のコピーをたずさえて所沢のゼミ室1へ。

これは僕がものすごく気にいってる話なのです。『回転木馬のデッド・ヒート』のなかでは文句なく一番。でも、学生だったころは(うーん、15年くらい前か)『今は亡き王女のための』が一番だと思ってました。その当時、自分が悩まされていた人物に似た人がそこにいたからでしょう、たぶん。お気に入りの作品というのは、えてしてその種の短絡的な理由から選ばれるものなのです。

で、『レーダーホーゼン』なのですが、これは短くまとめてしまうと(あらゆる優れた小説がそうですけど、本来の長さでしか成立しえないのを承知で)普通に家庭を大事にしていた主婦が一人でドイツに出かけた時、夫に土産として頼まれたレーダーホーゼン(半ズボン)を買いに行ったお店で、存在しないお客様には売れない……つまり、この場で実際に履いて寸法合わせをできない人には売れない方針なのだと聞かされ、夫の代わりにレーダーホーゼンを試着してもらうために夫に似た人を探してきて、その採寸風景を眺めている30分ほどの間に、突然、離婚を決意するという話——を、小説家(春樹)がその娘さんから聞くというもの。

ゼミ生のNSさん(女性)が、読み終わった瞬間、
「わかる! このお母さんの気持ち」
と大きく感嘆の声をあげたことに僕はちょっとびっくりし、遅れて来てまだ読み終わってないTKくん(男性)は思わず「ちょ、ちょっと待って。俺もわかりたい」と発言。それくらいNSさんの「わかる!」という声には力がこもっていたのです。

この短篇を「分析」することはできます。
——異国の地で、ドイツのレーダーホーゼン職人さんと日本人主婦がともにわかる言語は英語だけで、おたがいの母国語ではないため固くなってしまう言葉で「存在しないお客様には売れない」「主人は存在します」というやりとりがおこなわれ、そこで夫の存在というものへの疑問の伏線が張られます。そして代わりに試着してくれる「夫に似た他人を探す」というあまり経験しない行為の末に、探し当てたドイツの男性と職人さんが和気あいあいと冗談を言いあっている風景を目にした時、彼女のなかで「夫を他人として見る視点」が結晶し、抑圧していた嫌悪感がはじめて目に見えるカタチになったのだと。

しかし、これは「説明」でしかありません。

NSさんに「わかったっていうのは?」と問うと
「ほんとうに何の理由もなく、突然ある瞬間にその人が嫌いになって、もうそれが元に戻ることがないっていうことがあるんです。私も女だからわかるのかもしれない。自分でもどうしようもなくて、そういう自分が嫌になるのだけど……。だからレーダーホーゼン屋の30分間が彼女をそうさせたんじゃなくて、たまたま嫌いになってしまうのがその瞬間だったんですよ」

それに対しTKくんは「つ、強ぇえ! 怖ぇえ! でも女性のそういう共感を引きだせる作者はスゴい」とストレートな印象しか返せなかったのですが、しばらくしてボソリと、

「その反対として、理由もなく突然ある瞬間、好きになってしまうこともあるわけで、嫌いになる瞬間というのが、単に救いのない現象ではないとも思えるかも」

と語ってくれたのが、僕にとっても収穫というか救いでしたよ(苦笑)

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2005年10月26日 (水)

天然エクササイズバイク

最近江古田へはずっと電車通勤だったのですが、
今週の月曜日、ほぼ三ヵ月ぶりに自転車に乗ってみたら

途中で壊れました(汗

左のペダルが「ガキッ」と悲鳴を発して固着。
あとタイヤの空気も抜け気味だったのだけど
明らかにそれだけじゃない重さ。
ダイエット用のエクササイズバイクかい!(涙

汗だくになりながら江古田に到着。

これじゃいかんというわけで、火曜日、池袋で人と会う前にハンズ裏手の自転車専門店「Galaxy」へ駆け込んでペダルを買っておいたのです。担当授業のない水曜日の午前中に組みつけようと思いまして。

ちなみにマグネシウム製のペダルを選んでみました。ちょいと奮発。

しかし、室内に自転車を運び入れ、作業を始めてみると思ったより重症。ペダルよりもブレーキのほうがヤバイ状態でした。僕のマウンテンバイク(スペシャライズド社製)はマグラの油圧ディスクブレーキが奢られているのですが、パッドが錆びて戻らなくなっていたのです。そりゃあ、こぐのもメチャクチャ重いわ。

しょうがないのでブレーキキャリパーを外して分解清掃。錆だらけのパッドはとりあえずヤスリで磨いてプラサフ(さび止め下地塗料)を塗っておきました。分解して初めて分かったのですが、このブレーキ、対向2ポッドキャリパーなのにキャリパーもディスクもフローティングされてないリジッドマウント。なんちゅう設計だ! 機械が苦手な人には何を言ってるのか解らないと思いますが、この自転車についてるブレーキは、オートバイよりずっとシビアな調整が必要ってことです。キャリパーとディスクの中心合わせのためには厚みの違うワッシャーがいるのですが、そんな物のストックなんてあるわけがないので、スプリングワッシャをはさめてボルトの締め具合で微妙な調整ができるように魔改造(というより素人の浅知恵)をほどこしました。

まぁふつうの家にはスプリングワッシャもないがな(笑

そりゃ、2年のゼミ誌のタイトルが「キカイ系」にもなるって話です。
あ、ちなみに「イ系」でカカリって読むんですよ。キカ係。意味わからんて(笑

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2005年7月19日 (火)

歯車

文芸研究II(青木ゼミ2)は、今日が前期最後の回だったので、後期に制作するゼミ雑誌のコンセプトについて、学生主導で詰めていった。

で、投票によりキーワードは「歯車」 
なんとなくインダストリアル系・機械系、金属系、みたいな感じに

僕自身はこんなに人間臭いつもりなのに、昔からよく「青木さんって背中に充電ソケットついてるでしょう?」とか言われるので、そういう空気を学生が読んだのかもしれない。もしかすると、本当に僕はレプリカントやアンドロイドのたぐいで、自分がそれに気づいていないだけかもしれないな。うーん、PKディック的(笑

というわけで、ゼミのメンバーに寄せてもらう原稿は 
1) 自由創作。これは文字通り縛りがないもの。
2) レヴュー。こちらは、キーワードが「歯車」(機械的なもの、金属的なもの、工業的なもの、など)と決まったので、そこから各々拡大解釈してレヴュー対象を見つけてもらう、ということに決定。

ではみんな、よい夏休みを。
僕はドゥカティの999にまたがって機械の体をタダでくれる星に行くよ(嘘)

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2005年5月23日 (月)

クイック・ガール・リミックス

2000年にテレビ東京の深夜帯で放映されていた、どのジャンルに分類すればいいのか困惑してしまうようなイカれたショート・ムービーのオモチャ箱的番組、
バミリオン・プレジャー・ナイト

僕とほぼ同年代のクリエイター・石橋義正氏のあやなす奇妙な映像に、警戒感を剥ぎ取られたままどっぷりとハマってしまった日々を、いまも鮮烈に覚えている。
DVDは、もちろん5巻すべて購入してしまった。

バミリオン・プレジャー・ナイト(以下VPNと表記)は知らなくても、その1コーナーだった、動かないマネキンによるアメリカン・ホームドラマ「フーコン・ファミリー」は、のちに『オー! マイキー 』シリーズとして放映され、(現在、新シリーズ放映中)ひそかな人気を博していたので、記憶に引っかかる方がいると思う。あの微妙な違和感と乾燥した笑いのセンスは、まぎれもない石橋監督の資質の現れだ。

さて、なぜ今ごろになってVPNなのかというと、僕が担当するゼミの学生に「映像を文章で描写する訓練」を課そうと考えたときに、記憶の中からヒットした最高の適役がVPNの1コーナーとして放映された『クイック・ガール』(DVD Vol.4に収録。Web配信はこちらのVol.6)だったからだ。

17分間の映像作品『クイック・ガール』の登場人物は、殺し屋の若い女が4人。
セリフはほとんど皆無。
彼女たちのバックに何が存在し、何を目的として殺人を行うのかも不明。

この素材から、文章を作れ。
それが僕の課したトレーニングだ。

文章による安直な写生なら、ハードボイルド小説になるだろう。それも良い。
パロディやサイドストーリーをふくらませてもいい。
映像は神(カメラ)の視点の三人称だが、
4人の女のうちの一人に絞って、彼女の一人称で世界を見直してもいい。
あるスタイルとか、登場人物の感情(猜疑心や恐怖)だけをサンプリングして
リミックス・バージョンをトラックダウンしてもいい。

何も語られない作品だけに、自由だ。
だが、
学生たちには、制約のなさが制約になるかもしれない。

さらに『クイック・ガール』はラストに仕掛けがあって——

(以下ネタバレにつき、文字色を白にしています。読んでもかまわない方は、Macならコマンド+A WindowsならCtrl+Aで反転表示させてください)

突然画面が停止し「ここで問題です。4人のうち一番最初に殺されたのは誰だったでしょう?」と司会者の高らかな声で問われ、いままでのスタイリッシュな映像が、安っぽいクイズ番組のセットの中で、問題を見せるモニタの中に押し込まれてしまう。解答者席にいる4人の女性は、名前も服装もメイクも違うが、殺し屋の4人と同じ女優さんだ。そして、彼女たちは皆、自分が演じた役が一番最初に死んだと解答のフリップに書き入れる。

「正解はマリーです」マリーであり正解の解答者でもある女は、ハワイ旅行を獲得して喜び、はしゃぎまくる。祝福のなか、いつの間にか彼女の手に銃が握られていて、笑いながらスタジオにいる人間を撃ちはじめる。全員を倒してガッツポーズをキメる彼女にエンドタイトルが重なる。

ちゃんと見ていると判るが、最初に死んだのはマリーではない。4人による殺しの循環になっていて、一番最後に死んだ女を殺した女が一番最初に死んだことになってしまう。このような矛盾をはらんだ展開になっていて、最初に死んだ女も最後に死んだ女も存在しないのだ。

ゼミの学生がこの『クイック・ガール』からどんな部分を切り取り、どんな料理をしてくれるかすごく楽しみにしている。
出題した僕自身がリミックスするならば、「女たちが、一番最初に死んだのは自分だと信じた」という一点だけを取り出したサイコドラマを作ってみたい。時間があれば学生たちの課題提出の際に自分のリミックスも出して見せたいのだが、はたして書く時間はあるだろうか。キビしい……

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