2008年1月 2日 (水)

新年からツイてる話・鏡音リンはレンの女装姿ってことで

いま正月を北海道の実家で過ごしているところです。
ボーカロイド・初音ミクも実家は北海道ですね。
(初音さんの実家→クリプトン・フューチャー・メディア) 

鏡音リン・レンという姉弟?兄妹?が新たに加わったボーカロイドシリーズですが、リン・レンといえば、北海道に飛ぶために羽田空港へ向かう電車の中で、

「いま覚醒して気づきました!
 
鏡音リン・レンはレン(♂)が本体で
 リンは女装した同一人物
ですね!」

という携帯メールをゼミの学生からもらい、おお、その発想はなかったわ、両方とも「ツイてる」んですね(何がだ!)こりゃ縁起が(・∀・)イイ!……とすぐさま返信し終えて気づいたら、モノレールの乗換駅を乗り過ごしてました(汗)    まあ、品川まで行って京急に乗ればいいんでOK。……それにしても、僕が担当してる学生たちは、性別越境モノが大好きな先生の空気を読みすぎです。男女見境なく女装少年の魅力に覚醒させるのは人類の行く末的にまずいよね(←教育者的な意味で)

しかし、鏡音リンのアイテムが、黄色い重機的&ジョジョ的な意味で「ロードローラー」に決まりそうだとは、ホントにニコ動文化は先が読めなくて面白いですよRinね! ネギ娘の次は重機ロイド&ショタロイドかよ、

 
以下ニコ動の関連動画 WRYYYYYYYYYN!

 すべての元凶→→→→→→→sm1667273 
 重機以外もう考えられない→sm1925468  
 舗装最速伝説→→→→→→→sm1924663
 正月なのに盆の予定が決定→sm1908386

    画像はsm1925468より。まさしく暴化ロイド→

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2005年10月24日 (月)

すべての男は消耗品/スナネズミ一周忌

今日の3年のゼミで俎上にのせたのは、村上龍のエッセイ「すべての男は消耗品である」VOl.1。このシリーズは続刊がたくさん出ているが、一冊目のこれは山田詠美の辛辣な解説が巻末にひかえることによって断然おもしろくなった本だ。男を卑しめ女を持ち上げる龍の視点は、ある意味男尊女卑的な放言だけど、山田詠美は「フェミニズム的な観点からではない。言い切った物言いの下に、常に逃げ道が用意されているからひどいのである」と鋭く看破する。こういうスリリングな本づくりって魅力的だと思う。ゼミでA君が指摘したように、この二人案外似てるところがあって、攻撃のやり方も同種の皮肉というところなんてそっくりなんですけどね。

一年前の今日、10/24は、飼っていた最後のスナネズミが逝去した日でした。
うちで生まれ育った五つ子のうちのひとり。
同じ育ちの五つ子でも、性格とかクセとかが違うんですよ、ネズミでも。
生まれながらにもっているもの、そして環境から得て積み上げる感受性……
生き物っていうのは、やっぱりバラバラで
その人がどんなふうに世界を見ているかなんて絶対にわからない。
でもそこがいいんだと思います。
取り替えのきく消耗品なんかじゃない。

20040731【昨年の日記】2004年10月24日(日)マンセル逝去
マンセル スナネズミの母フラゴオラから2001年2月9日に生まれた五つ子のひとり。オス。兄弟でいちばん慎重な性格。手でひまわり種をあげれば際限なく食いつく兄弟とは違って、こぼれた種を自分で探して食べていた。過保護をうけつけないプライドが感じられた。粗食(生米)を好む。
 中越地震の翌日。近ごろめっきり弱っていたし今朝は10度まで冷え込むということでミニケースに入れてふとんのなかで暖めて寝た。5時半、ごそごそ動いている。が、六時半、永眠

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2005年5月23日 (月)

クイック・ガール・リミックス

2000年にテレビ東京の深夜帯で放映されていた、どのジャンルに分類すればいいのか困惑してしまうようなイカれたショート・ムービーのオモチャ箱的番組、
バミリオン・プレジャー・ナイト

僕とほぼ同年代のクリエイター・石橋義正氏のあやなす奇妙な映像に、警戒感を剥ぎ取られたままどっぷりとハマってしまった日々を、いまも鮮烈に覚えている。
DVDは、もちろん5巻すべて購入してしまった。

バミリオン・プレジャー・ナイト(以下VPNと表記)は知らなくても、その1コーナーだった、動かないマネキンによるアメリカン・ホームドラマ「フーコン・ファミリー」は、のちに『オー! マイキー 』シリーズとして放映され、(現在、新シリーズ放映中)ひそかな人気を博していたので、記憶に引っかかる方がいると思う。あの微妙な違和感と乾燥した笑いのセンスは、まぎれもない石橋監督の資質の現れだ。

さて、なぜ今ごろになってVPNなのかというと、僕が担当するゼミの学生に「映像を文章で描写する訓練」を課そうと考えたときに、記憶の中からヒットした最高の適役がVPNの1コーナーとして放映された『クイック・ガール』(DVD Vol.4に収録。Web配信はこちらのVol.6)だったからだ。

17分間の映像作品『クイック・ガール』の登場人物は、殺し屋の若い女が4人。
セリフはほとんど皆無。
彼女たちのバックに何が存在し、何を目的として殺人を行うのかも不明。

この素材から、文章を作れ。
それが僕の課したトレーニングだ。

文章による安直な写生なら、ハードボイルド小説になるだろう。それも良い。
パロディやサイドストーリーをふくらませてもいい。
映像は神(カメラ)の視点の三人称だが、
4人の女のうちの一人に絞って、彼女の一人称で世界を見直してもいい。
あるスタイルとか、登場人物の感情(猜疑心や恐怖)だけをサンプリングして
リミックス・バージョンをトラックダウンしてもいい。

何も語られない作品だけに、自由だ。
だが、
学生たちには、制約のなさが制約になるかもしれない。

さらに『クイック・ガール』はラストに仕掛けがあって——

(以下ネタバレにつき、文字色を白にしています。読んでもかまわない方は、Macならコマンド+A WindowsならCtrl+Aで反転表示させてください)

突然画面が停止し「ここで問題です。4人のうち一番最初に殺されたのは誰だったでしょう?」と司会者の高らかな声で問われ、いままでのスタイリッシュな映像が、安っぽいクイズ番組のセットの中で、問題を見せるモニタの中に押し込まれてしまう。解答者席にいる4人の女性は、名前も服装もメイクも違うが、殺し屋の4人と同じ女優さんだ。そして、彼女たちは皆、自分が演じた役が一番最初に死んだと解答のフリップに書き入れる。

「正解はマリーです」マリーであり正解の解答者でもある女は、ハワイ旅行を獲得して喜び、はしゃぎまくる。祝福のなか、いつの間にか彼女の手に銃が握られていて、笑いながらスタジオにいる人間を撃ちはじめる。全員を倒してガッツポーズをキメる彼女にエンドタイトルが重なる。

ちゃんと見ていると判るが、最初に死んだのはマリーではない。4人による殺しの循環になっていて、一番最後に死んだ女を殺した女が一番最初に死んだことになってしまう。このような矛盾をはらんだ展開になっていて、最初に死んだ女も最後に死んだ女も存在しないのだ。

ゼミの学生がこの『クイック・ガール』からどんな部分を切り取り、どんな料理をしてくれるかすごく楽しみにしている。
出題した僕自身がリミックスするならば、「女たちが、一番最初に死んだのは自分だと信じた」という一点だけを取り出したサイコドラマを作ってみたい。時間があれば学生たちの課題提出の際に自分のリミックスも出して見せたいのだが、はたして書く時間はあるだろうか。キビしい……

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2005年5月16日 (月)

少女監禁事件と「コレクター」

タイトルを打ったら、僕のMacは「少女換金」と変換しやがりました!
人身売買も、もちろんダメダメです!

が、ここで話題にしたいのは、3ヶ月少女首輪監禁事件の「エロゲー1000本押収の"王子様"」こと小林泰剛(やすよし)容疑者(24歳)のこと。あまりにも痛いエピソード満載なので、10行でまとめるのも困難な話で……まず最初のニュースで流れた「俺は統合失調症だから捕まらない」発言。病識がある統失患者ですか、そうですか…。

やがてディテールがはっきりするにつれて、ますます痛さは加速。彼は青森県五所川原市の資産家の跡取り息子として生まれ、小学生にしてベンツの送迎で登校。「王子」を自称(周囲は蔑称として使っていたと思うが)していた。やがて北海道で結婚離婚を短期間に数回繰り返した際の女性への傷害事件では、 父親は被害者に1200万円を払い、示談を成立させた。保護観察期間中に東京でマンションを(監禁のために?もちろん親の金で)借り、ネットで知りあった少女に3万円を「家出費用」として送りつけ、従わなければ「ヤクザにおまえの家族を潰させる」発言で脅迫。そうして始まった今回の少女監禁中も月数十万円の仕送りを受けるなどじつにダメっぷりにぬかりがない。逮捕時、車で護送される際は手を顔に当てていたが、顔を隠す行為ではなく、ビジュアル系を意識したかのような「眉間に悩ましげな指をあてるポーズ」をキメるナルシストっぷりが透けて見えた。 

さて、こんな事件が起きると、決まり文句のように耳にするのが

 「妄想と現実の区別がつかなくなって犯行に及んだ」

という識者発言。妄想というガソリンを揺らして創作力を爆発させるのが身上の芸術学部で教えている僕としては、いやいや、ちょっとその解釈は違うんじゃないの? まぁ違うというのが言い過ぎでも、そう決めつけると、なにか重要なものが見えなくなりはしないかい? と思うわけだ。
 
今回の事件では、容疑者の犯行とよく似た調教モノの18禁ゲームソフト、いわゆるエロゲーが押収されていることもあり、妄想と現実の区別がつかなくなって、という説明はわかりやすい。しかし、ここで「だからエロゲーはいかん」となるのは短絡だろう。エロゲーなりアダルトビデオなりで自分を慰められる人は、社会的な基準でいえば「正しい」のだ。

で、そういう「正しい」人は、「妄想と現実の区別がついている」から、エロゲーで満足して現実に犯行を行わないの?

……逆じゃないのかな?と思う

「妄想と現実を混同して、作品にのめりこむ」力をもっているからこそ、妄想の世界で満足できるんじゃないの? で、そういう「妄想没入力」ってのは、べつに僕の職場のようにクリエイター予備軍がひしめく芸術学校に限らず、一般の世界でも誰もがある程度普通に身につけられている能力だと思う。  

監督でもないのにTVの前でサッカーや野球の監督になりきっている人はいっぱいいるよね? 正直、現実と妄想の区別がついてない。だが、それがいい。

逆に妄想と現実の区別が24時間ちゃんとついている人はコワい。
自分の欲望が妄想の世界ではけっして満たされないことを自覚しているから。

妄想で満足する能力をもっていないから、
現実に性犯罪に及ぶのだ。

(この記事途中です。つづく…)

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2005年4月25日 (月)

脱線事故とシェルタリングスカイ

授業選択のための「お試し期間」である一週間が過ぎて、ゼミIIIのメンバーが固まった。11名。文学ジャンルにはこだわらない多方面のレヴュー実践を行うゼミである。なかなか人にはわかってもらえないけれど、自分は好きでたまらない作品というのが誰にも一つはあるはずなので、それを知らない人へ伝え広めるレヴューの技術から始め、魅力に気づく力、魅力を伝える技術を養っていこうと考えている。

 ゼミが終わったあとで研究室に戻り、Macでネットニュースをチェックした時、福知山線の尼崎で大変な電車脱線事故が起こっているのを知った。死者も多数出ているらしい。

 今朝の夢を思い出した。  
 誰かと気まずく別れたあとで思わぬ事故が起こり、不意に関係回復の可能性を完全に奪われたりしたらやりきれないなぁと思う。
 しかし、相手が生きている限り希望はあるという考えもまた、ひとりよがりな幻想に過ぎないのかもしれない。 
 映画『シェルタリングスカイ』のラストで、原作者のボウルズ自身が演じていた(うろおぼえなので間違っていたらゴメン)老作家が語っていたのを思いださずにはいられなかった。こんなふうに
「一生のうちで、満月がのぼるさまを見られるのはせいぜいあと二十回くらいのものだろう。しかし人は、無限のチャンスがあると思ってしまうのだ」

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